2023年04月02日 09:21 弁護士ドットコム
新聞社などから記事を配信されるニュースプラットフォーム「ヤフーニュース」の責任が問われた裁判。その判決が3月29日にありました。
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原告は俳優の山本裕典さん。主演舞台でコロナのクラスターが発生したことをめぐり、「今回の件で山本裕典は業界の信用を失った」などとするネット記事を書いた「東京スポーツ」と、配信先の「ヤフーニュース」を運営するヤフー社を訴えました。
東京地裁は、記事による名誉毀損を認め、東スポに165万円の賠償を命じました。一方、記事を配信されたヤフー社の責任は否定しています。
京都大学大学院教授(憲法・情報法)の曽我部真裕さんは、ヤフー社からの依頼を受けて、意見書を提出する形で裁判にかかわりました。
曽我部さんによれば「ヤフーニュースの配信責任について正面から判断した判決はおそらく初めて」とのこと。
今回の判断の理由と、その評価。そして、検討がなされなかった課題の考察について寄稿してもらいました。(編集部・塚田賢慎)
今回はヤフーニュースの配信責任の判断に焦点を当ててみます。問題となったのは、ヤフーのトップページに表示される「ヤフートピックス」記事ではなく、一般の記事です。トピックス記事などについては最後に言及したいと思います。
配信記事についてヤフー社の責任を考える場合、大きく2つの構成が考えられます。
第1は、ヤフー社を、媒体社(今回で言えば東スポ)とともに、配信記事の発信者だと捉える構成です。そのうえで、記事の取材・執筆に実質的には関与していないというヤフー社の立場を考慮した免責が認められるかどうかが検討されることになります。
第2の構成は、ヤフー社を、SNSや電子掲示板と同様、情報流通の媒介者と考え、プロバイダ責任制限法(プロ責法)3条の免責規定を適用するというものです。
今回の判決は、第2の構成をとってヤフー社を免責し、原告の請求を棄却した形です。ここから先は、まず、ヤフーニュースの基本的な仕組みを紹介し、判決の解釈を確認したうえで、残された課題について若干の検討をしていこうと思います。
知っている人は知っており、知らない人は知らない事実だと思われますが、ヤフーニュースの記事はヤフー社が取材・執筆しているわけではなく、ヤフー社と契約した媒体社(新聞社、通信社、雑誌社、ネットメディア等)から配信されています。
判決文によれば、600以上の媒体社から、1日平均6000本以上の記事が掲載され、月間のPV数は225億にのぼります(2020年6月末当時の数字)。
媒体社がヤフー社の管理サーバーにデータを入稿すると、自動的にヤフーニュースのウェブページ上に記事が掲載される仕組みです。
つまり、この間、ヤフー社が記事の内容を個別にチェックすることはありません。記事に問題が指摘された場合でも、ヤフー社が一方的に記事を削除することはせず、出稿した媒体社の判断を待つこととされています。
このように、ヤフー社は基本的には個別の記事の配信・削除に関与しません。他方、媒体社と記事配信契約を締結する際には、ヤフー社による審査がおこなわれます。この審査は実質的なもののようで、配信元候補となったメディアのうち、契約に至るのは3割程度です。
さて、判決は、ヤフー社がプロ責法にいう「関係役務提供者」に該当し、また、「発信者」とも言えないので、同法3条1項の免責規定が適用されると判断しました。
プロ責法3条1項は、インターネット上の表現によって他人の権利が侵害されたときは、関係役務提供者は、(1)当該表現が他人の権利侵害であることを知っていたとき、または(2)当該表現を知っていた場合であって、それが他人の権利侵害であることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき、でなければ損害賠償責任を負うことはないとしています。
非常にわかりにくい条文ですが、日々膨大な表現を媒介している関係役務提供者は、自身が媒介した表現であっても、その内容を個別に認識している場合でなければ、責任を問われることはないとされているのです。
本件では、ヤフーニュース運営者としてのヤフー社が、プロ責法3条1項の免責を受けられるかが問題となりました。特に問題となったのは、ヤフー社が「発信者」に当たるかどうかです。
関係役務提供者に該当するとしても、権利侵害表現の発信者である場合には免責は受けられないとしています(同法3条1項柱書ただし書)。
ヤフー社の発信者該当性について、本判決は、プロ責法の文言を単純に当てはめ、該当性を否定しました。
同法2条4号は、「発信者」を次のように定義します。
「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をいう」
そして、前述の通り、ヤフーニュースでは、媒体社によって自動的に記事が掲載される仕組みになっており、ヤフー社が事前に記事の確認等をしないといったことから、判決はヤフー社が「発信者」に該当しないとしました。
ニュース配信記事に関し、ヤフー社の責任が問われた裁判例として知られているものが過去に1件あります。
「ロス疑惑」の主役・三浦和義氏が2008年に死亡した際、1985年の逮捕時の手錠姿の写真を掲載し、それがヤフーニュースで配信されたことなどが肖像権侵害による遺族の敬愛追慕の情の侵害だとされた判決です(東京地判2011年6月15日)。
この判決では、プロ責法との関係については言及されず、「人の人格的利益を侵害するような写真が掲載されないよう注意し、掲載された場合には速やかにこれを削除すべき義務を負う」とし、実際にヤフー社の責任が認められました。
しかし、このような考え方をとると、ヤフー社は、ヤフーニュースに掲載する前にすべての記事をチェックすることを余儀なくされることになりかねません。そうすると、多数の記事を掲載することはできず、現状のようなサービスを提供することができなくなってしまいます。
私は本件でヤフー社の依頼を受けて意見書を作成しましたが、上記のような問題意識も踏まえ、ヤフーニュース運営者としてのヤフー社にはプロ責法の免責規定が適用されるとの見解を示しました。したがって、今回の判決の結論には同意します。
しかし、ヤフー社と(プロ責法の免責規定の典型的な適用対象であった)電子掲示板運営者とを単純に同視するような判断に対し、違和感を持つ読者も少なくないのではないでしょうか。実際、先述したヤフーニュースの仕組みを知らないユーザーも多く、そうしたユーザーは、まさに媒体社ではなく、ヤフーによって提供されたニュースとして記事を読んでいるのですから。
その他、ヤフーニュースの仕組み全体を考えると、ヤフー社と電子掲示板運営者とを完全に同視することはできず、筆者としては、ヤフー社にはプロ責法の免責規定が適用されるとしつつ、免責規定の解釈においてその特殊性を考慮すべきであると考えます。
すなわち、免責規定における「相当の理由」について、ヤフー社に関しては、電子掲示板運営者の場合よりも厳格に(責任が認められやすい方向に)解釈をすべきだと考えるものです。
ただ、今回の判決では、「相当の理由」については、原告が主張立証をしていないという理由で判断せず、今後の課題となります。
なお、念のため、同じヤフー社のサービスであっても、ヤフーニュースのコメント欄や「ヤフー知恵袋」の投稿などについては、電子掲示板運営者と同様に考えられます。
最後に、いましがた述べた「相当の理由」の判断の問題のほか、本判決では判断されなかった課題についても若干触れます。
ヤフーのトップページに掲載されるヤフートピックス記事は、これまで説明してきた方法で入稿された記事から、ヤフー社内のヤフーニュース編集部によって選別され見出しが付けられたものです。
配信記事についてのヤフー社の責任を考える場合には、本件のような一般記事と、トピックス掲載記事とでは区別される必要があると思われます。
トピックス記事については、ヤフーニュース編集部の実質的な関与があります。ただし、当該記事の取材・執筆をおこなったわけではないのは一般記事と同様であり、トピックス記事についても、単純に発信者として責任を負わせるわけにはいかないのではないでしょうか。
そこで、たとえば、通信社配信記事について、配信先の地方紙等が通信社の主張しうる免責事由の援用を認めた判例(最判2011年4月28日民集65巻3号1499頁)や、新聞広告の内容について新聞社の責任を限定した判例(最判1989年9月19日)を参考にすることなどが考えられます。
これに対して、アクセスランキングやおすすめ記事に表示された記事については、SNSのコンテンツ・モデレーション(投稿監視)と類似性が高く、SNS事業者にもプロ責法の免責規定が適用されると考えられている以上、本件と同様に、プロ責法の免責規定の対象になるのではないかと考えられるところです。
【曽我部真裕】京都大学大学院法学研究科教授。放送倫理・番組向上機構放送人権委員会委員長。一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構共同代表理事