2023年03月25日 09:31 弁護士ドットコム
つけ麺を頼んで「なんで麺が冷たいんだ!」などと怒鳴り散らし、暴行した男性客(40代)を私人逮捕したラーメン屋の店主が話題になった。
トラブルがあった2月16日、被害にあった「麺処まるわ」(千葉県千葉市)のツイッターには「急遽閉店し私人逮捕後に通報いたしました」と綴られていた。
「私人逮捕」は一般人(私人)による現行犯逮捕のことをいうが、限度を超えれば、違法となることもある。店主は細心の注意を払って男性客を拘束し、すみやかに警察に引き渡していた。
なぜ、私人逮捕について知っていたのか。味を追求するように、物事をとことん突き詰めるラーメン店主だからこその理由があった。
「麺処まるわ」は、千葉都市モノレール作草部駅から歩いて2分もかからない場所にある。店内には、4人がけ、2人がけのテーブル席が1つずつと9席あるコの字型のカウンター。店主の庄野勇さん(40)と生後8カ月の娘を背負った妻が出迎えてくれた。
トラブルがあった2月16日は、8人の客がカウンター席に座っていた。問題の男性客は、出入り口からもっとも近い席に座った。
注文したのは「濃厚煮干しつけ麺」。冷たい水で締めた細麺を、あたたかい魚介たっぷりの濃厚スープに少しずつ入れながら食べるものだ。
男性客は突然「なんで麺が冷たいんだ!」と大声をあげた。庄野さんはカウンター越しに説明し、冷めてきたつけ汁をあたためるために用意した電子レンジも案内した。
ところが、男性客は「お前ら、ぶっ殺すぞ」と立ち上がった。妻と娘に向けられた暴言に、庄野さんは客席側まで出て、出口を塞いだ。
すると、客は振り上げていた右拳を振り下ろし、庄野さんの左手首にぶつけてきた。痛みが走ったが、威力業務妨害、暴行の現行犯で私人逮捕する旨を説明して取り押さえた。客の身体に直接触れないように、上着の襟元、右袖を掴んで拘束した。その後、カウンターに座っていた他の客が通報して引き渡し、警察署に被害届を提出した。
スムーズに実行された「私人逮捕」だが、庄野さんはどこで知識を得たのだろうか。「子どものころに『池袋ウエストゲートパーク(I.W.G.P)』の原作などを読んで、分からないことばがあれば、すぐに調べていました。曖昧なままにしておくのは、気持ち悪いんですよね。『私人逮捕』は普段使うことはありませんが、スッと出てくることばでした」
40歳の庄野さんは「新世紀エヴァンゲリオンをリアタイで見ていた世代」。当時の「オタク」とよばれる人たちは「考察好き」が多く、庄野さんも「どういう意味なんだろう」と疑問に感じることがあれば、とことん調べ尽くした。
読書家でもある。中学生のころからヒップホップに打ち込み、周囲に「ものを知らないと、語彙力と説得力が出ない」と言われていたためだ。
「学校で教えてくれないから分からない、というのは、見て見ぬふりをしているだけだと思います。自分で調べれば、簡単に出てきますから」
大人になってからも情報のアップデートは欠かさない。庄野さんにとって身近な法律である食品衛生法などは、自分で情報を得ようとしなければ、法改正を見逃してしまうこともあるため、自ら入念に調べる。客として店を訪れる警察官や、ヒップホップのライブでセキュリティに関わる人たちに直接トラブル時のノウハウを教えてもらうこともある。
「今は縮んで183センチ」と語る庄野さんは身長が高く、大柄だ。格闘技の経験があると勘違いされることもある。常に「加害者にならない」ために細心の注意を払っているという。
「学生時代に教員免許を取りに行ったことがありますが、僕の場合は大きな声で注意しただけで、体罰にあたる可能性があるんです。見た目は変えられないので、相手にこわい印象を与えないように、常に意識しています」
どんなに注意していても、加害者になるリスクは誰にでもあると庄野さんは指摘する。自身もバイクで交通事故の加害者になってしまったことがある。
「雨が降っていたので、減速して時速20キロで走っていました。すると、坂道から突然、泥酔したまま無灯火で壊れかけの自転車に乗った90代の高齢男性がつっこんできて、衝突してしまったんです」
相手の男性はすり傷だったが、庄野さんは歯が折れ、肩粉砕骨折と全身打撲のケガを負った。しかし、庄野さんの「前方不注意」と判断されたため、相手に治療費と慰謝料約30万円を支払った。松葉杖をつきながら5、6回ほど現場検証にも向かったが、いつまで経っても相手は現れなかった。
「事故から約半年後に過失致傷で逮捕されました。現場検証が進まないことも原因のようでした」
2000年代初頭で、自転車の飲酒運転などに対する罰則などが盛り込まれた改正道路交通法が施行される前のことだった。
勾留期間は23日間に及んだ。結局、略式裁判で罰金刑を言い渡され、20万円を支払った。
何かトラブルが起きた時、注目が集まるのは「先に声をあげた側」の一次情報だ。あとから「事実と異なる」と否定したとしても、不利な状況に置かれることもある。今回は他の客の目もあったため「公平」な状況だと判断できた。「人が見ている前で、どう対処すべきか」を考えた結果の行為だった。
注意深さと探究心があったからこそ、知識や経験を自身の血肉にし、「加害者」にならずに私人逮捕することができた。そんな庄野さんのこだわりが詰まったラーメンを食べに、今日も客が「麺処まるわ」を訪れる。