2023年03月24日 19:01 弁護士ドットコム
死産した双子の赤ちゃんを自宅に放置したとして、死体遺棄の罪に問われたベトナム人の元技能実習生の裁判で、最高裁第2小法廷(草野耕一裁判長)は3月24日、有罪とした1審・2審判決を破棄して、逆転無罪を言い渡した。
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今年2月に弁論が開かれて、有罪判決が見直される可能性があった。
この日の判決を受けて、無罪となったレー・ティ・トゥイ・リンさん(24)と弁護団、支援者は都内で記者会見を開いた。
リンさんはオンラインで参加して「本日の無罪判決により、私と同様に、妊娠して悩んでいる技能実習生や女性らの苦しみを理解して、このような女性は、捕まえたり、有罪として刑罰を加えるのではなく、相談でき、安心して出産できるような環境に保護される社会に日本が変わってほしいと願います」とコメントした。
リンさんのとった行為が、違法な「遺棄」とされるのかどうかが争点だった。最高裁はどのように判断したのか。
リンさんは技能実習生だった2020年11月15日、熊本県内の自宅で死産した双子の遺体をタオルで包み、段ボール箱に入れた。箱は二重にし、セロテープで止めた。
強制的に帰国させられることをおそれ、雇い主や監理団体には妊娠したことを明かすことができず、孤立出産だった。翌日に病院に死産を告白し、死体遺棄の罪で同11月19日に逮捕、同12月10日に起訴された。
遺体をタオルで包み、名前を付けただけでなく、弔いの手紙を添え、そばで一晩過ごしたということから、弁護団は「遺棄」にあたらないとして、無罪を主張したが、1審・熊本地裁で懲役8カ月・執行猶予3年、減刑されたものの2審・福岡高裁では懲役3カ月・執行猶予2年の有罪判決が続いた。
赤ちゃんの遺体を段ボール箱に入れたうえ、自室の棚上に放置したとする行為について、1審では「遺棄」にあたるとされた。2審は、1審判決を破棄して遺体の放置にはあたらないが、一方で、テープで蓋をとじ、箱を二重にする行為が「隠匿」にあたるとした。
最高裁は、「遺棄」の判断にあたっては「その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある」とした。
それを踏まえて、リンさんの行為は「それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう『遺棄』に当たらない」という考えを示した。
主任弁護人の石黒大貴弁護士は、「タオルや手紙を同封する行為は、習俗上の埋葬等と相入れないものとは言えず、矛盾するものではない。そうすると、刑法190条の要件には該当しないとした。最高裁がわれわれの主張を真正面から認めてくれた」と喜んだ。
弁護団の松野信夫弁護士は、リンさんのように死産した技能実習生が、死体遺棄罪で起訴されるケースと不起訴とされるケースのそれぞれにおいて、「弁護士から見て、起訴と不起訴の区別が正直よくわからないところがあった」とし、今回の最高裁判決で従来より客観的な判断が示されたことによって、同様の出来事が刑事事件化されることにブレーキがかかるのではないかと期待をよせる。
リンさんが孤立出産した背景には、技能実習生が妊娠した場合に、解雇されたり、中絶させられたりする悪質なケースもあることの影響が考えられると弁護団は指摘する。
最高裁の判断の中には、「孤立出産に追い込まれたすべてのお母さんの行動は犯罪に問われないというメッセージがこめられているのではないかと思う」と石黒弁護士は指摘。「孤立出産は犯罪ではなく、保護されなければいけない悲しい出来事だという意識に社会をかえていかなければいけない」と強くうったえかけた。
最高裁判決に至ったのは、今年1月31日に上告した際に、国内外からの意見書127通を最高裁に提出できたからだと弁護団は強調する。意見書は、ウェブサイトをつくって募り、リンさんの孤立死産の当日の行動について、妊娠出産経験者らのリアルな声を求めた。
このウェブサイトを作ったのが、「コインハイブ事件」で同じく最高裁で無罪判決を獲得したウェブデザイナーの諸井聖也さんだった。
リンさんの弁護団には諸井さんの代理人をつとめた平野敬弁護士がいることから実現した。諸井さんは「私も最高裁で無罪をもらいました。今回はデザイナーとして関わることができて本当にうれしいです」と笑顔を見せた。
会見にオンライン参加したリンさんは、最高裁判決を直接聞くこともなかった。
背景には、ネットのバッシングや辛辣な報道が影響しているという。リンさんは「ニュースやSNS上でいろいろ嫌なことが書き込まれて、それらを見るたびに何度も心が苦しめられ、心が折れかけました」とつらい心のうちを明かした。
会見では、事件扱いした捜査機関への批判や、外国人技能実習生をとりまく日本が抱える問題への批判だけでなく、事件を報じたマスコミの報道姿勢にも向けられ、実名報道の基準などの見直しがもとめられた。