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ミステリ作家・芦辺拓、時代伝奇小説で新境地へ 5人の美少女が活躍する『大江戸奇巌城』が面白い

2023年03月24日 12:11  リアルサウンド

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 芦辺拓は、1990年に『殺人鬼劇の13人』で第一回鮎川哲也賞を受賞して本格的にデビュー。以後、ユニークな設定を多用しながら、常にトリックや謎にこだわった作品を発表しているミステリ作家である。2022年には、戦時下の大阪船場を舞台にした本格ミステリ『大鞠家殺人事件』で、第七十五回日本推理作家協会賞を受賞。あらためて実力を、満天下に知らしめた。そんな作者が『大江戸奇巌城』で、ついに時代伝奇小説作家という、もうひとつの顔を露わにしたのである。


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 といっても作者の熱心なファンならば、昔から時代伝奇小説への指向が、ちらちら覗いていたことをご存じだろう。『殺人喜劇の13人』以前に小畠逸介名義で「別冊幻想文学 クトゥルー倶楽部」に掲載された「太平天国殺人事件」(現「太平天国の邪神」)は、太平天国の乱を背景にしたクトゥルー神話ものだが、伝奇時代小説といってもいい内容だった。デビュー後も、『からくり灯籠 五瓶劇場』を始め、幾つかの作品で伝奇色を出している。


 だから2019年に作者が、電子書籍やムック形式のアンソロジーで、時代伝奇小説の連作を執筆したときは、ついに真正面からこのジャンルに取り組んでくれたと嬉しくなった。ちょうどその頃だろう。あるイベントで作者と会った。本書の「あとがき」で、私が「これって『オーシャンズ11』でしょ」と指摘したと書かれているが、このときのことである。いや、申し訳ないが、そのような指摘をしたことは「あとがき」を見るまで忘れていた。よく覚えているのは、時代伝奇小説に対する作者の熱い想いだ。次々と出てくる作者名や作品名に圧倒されたものである。


 その後、発表済みの三篇に、新たな話を書き下ろし、本書が刊行された。二部構成で、第Ⅰ部「江戸少女奇譚の巻」は、主役となる5人の美少女の紹介篇だ。その一の主人公は、九戸南部家に仕える江波戸鳩里斎の娘のちせ。父親が、兵学教授兼本草方兼書物調所であるため、家にある書物を読み散らかしたり、見よう見まねで簡単な医術や調薬もできるようになった。少し目が悪いが、多才な少女である。そんな彼女が、父親の代わりに、宝物の在処を突き止めることになる。暗号を見事に解いたちせだが、宝物を狙う男たちに襲われ危機に陥るのだった。


 その二は、病弱な弟の身代わりとなり、男装で昌平黌に通う浅芽が、殺人事件とかかわる。その三は、常州藩国家老の屋敷で起きた鬼女騒動を経て、捕らえられていた〝毒娘〟のアフネスが救出される。その四は、青鴫藩の末姫・喜火姫が、御家騒動に巻き込まれ、刺客に襲撃される。その五は、喜火姫に仕える別式(女武芸者)の野風が、幽霊村に迷い込む。それぞれ独立した話だが、一部の登場人物は重なっている。また、どのストーリーにも工夫があり、面白く読めるようになっているのだ。なかでもその二は、ミステリとして優れていた。


 さて、五人のヒロインの紹介が終ると、第Ⅱ部「大江戸奇巌城の巻」に突入。父親の代わりに江戸に出てきたちせが、医学館薬品会(展示会)の見物に行く。ところが剥製のはずのオランウータンが動き出し、ちせの眼鏡を取り上げて逃走。その騒動により、薬品会に持ち込まれるはずの、和製ロゼッタストーンも二つに割れてしまった。


 その騒動から何日か後だろうか。評判の兵学講義を聞きたいちせは、屋敷の縁の下に忍び込む。ところが聞幽管(補聴器の元祖)で聞いた講義は、時代遅れのものだった。さらに、またもや騒動が起こる。危機に陥った彼ちせを助けたのは、宝物騒動やオランウータン騒動で出会った浅芽だった。これが縁になりちせは、喜火姫たちのことを知るのだった。


 以後、誇大妄想の兵学者が引き起こすかもしれない大陰謀に気づいた五人の美少女が、これを阻止するために動き出す。先のオランウータンもそうだが、和製ロゼッタストーンに刻まれた文字の解読など、作者はやりたい放題。だが、呆れるなかれ、怒るなかれ。「あとがき」で作者が、「今では考証的に誤りとされるアイテムをあえて選び、〝西洋ファンタジー風異世界〟にとってかわられた感のある〝お江戸〟を取り戻そうとした」と書いているではないか。意識的にそのような世界を創り上げているのである。


 なかでも注目すべきアイテムは、奇巌城であろう。いうまでもなく元ネタは、モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズの一篇『奇巌城』である。詳細は省くが、ルパンを追う天才少年の活躍が楽しめる作品だ。タイトルにある奇巌城も、魅力的な場所である。その奇巌城を、どうやって江戸に出現されるのか。終盤まで現れないのでハラハラしたが、まさかこんな方法だとは! 作者の奇想に脱帽だ。


 また、敵味方併せて、たくさんの実在人物が登場するのも、読みどころになっている。これは、山田風太郎の明治ものを踏まえた手法だろう。その外にも、『オーシャンズ11』だけでなく、五人の美少女が集結する展開には、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』も入っているのではないか(その二に、「ほどなくして、黄昏の昌平坂を駆けだす二つの人影があった。まるで仲の良い二頭の子犬のように、何にもとらわれず自由に……」という一文がある)。あるいは終盤で登場する琉球使節は、野村胡堂の『南海の復讐王』、もしくはNHKで放送された時代劇『日本巌窟王』を意識しているのか。考えすぎかもしれないが、細かいネタを膨大に仕込んでくる作者なので、可能性は高い。エンターテインメント作品の知識があればあるほど楽しめるのも、芦辺作品の特色なのだ。


 その一方で、真摯なメッセージも発せられている。ちせを始めとする五人の美少女は、封建社会(男権社会)で、いろいろな形で抑圧されている。彼女たちの痛快な活躍は、そのような時代に対するレジスタンスといっていい。もともと伝奇時代小説は、フィクションによって、権力や巨悪を撃つという側面を持っている。だからこの点でも本書は、伝奇時代小説の本道を歩んでいる作品といえるのである。


 さらに本書の中に、「ことさらに日本を持ち上げ思い上がり、他国をさげすむ風潮は以前から目立ってきていたからです」というセリフがある。現代の日本でも通じる言葉だ。だから大陰謀を荒唐無稽だと思いながら、背筋に冷たいものが走る。本書の見逃してはならない、重要なポイントである。


 とはいえ物語は、あくまでも伝奇時代小説だ。大いに楽しめばいいのである。そういえば、作品の掲載されたムック・アンソロジーで作者は、「とにかく、そんな風にして集まった彼女たちが、どんな冒険と活劇を見せてくれるかというと、それは私の懸案の本格ミステリ+伝奇時代小説のハイブリッド『大江戸黒死館』をお待ちいただくしかないのです!」と記している。最初の構想では伝奇時代小説の世界で、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』をやるつもりだったのだろう。シリーズ化するならば、ぜひとも次は、これにしてほしい。作者でなければ書けない、とんでもない伝奇時代小説の再登場を、期待しているのである。