2023年03月22日 06:11 リアルサウンド
現状唯一、世界最大規模のプロ野球リーグ・MLB(メジャリーグベースボール)の選手が参加できる国際大会、WBC(ワールドベースボールクラシック)が佳境を迎えている。
特にラテンアメリカ諸国の盛り上がりは相当なもののようで、1次ラウンド・プールD第4戦のドミニカ共和国×プエルトリコ戦はプエルトリコ地域内で視聴率61%(!)を叩きだしたとのことだ。(※プエルトリコは国では無くアメリカの自治連邦区)
日本でも東京ラウンドは準々決勝の日本×イタリア戦が平均世帯視聴率48・0%を記録している。
進化中のJリーグ(サッカー)、Bリーグ(バスケ)に追走されているNPB(プロ野球)だが、野球人気はまだまだ根強いようだ。
さて、ところで、なのだが。
近年はスポーツ中継が多様化している。
以前は地上波一択だったが、昨年(2022年)のサッカーワールドカップカタール大会は日本戦以外のゲームだと、地上波では放送されていないものがあり、筆者はインターネットTVプラットフォームのABEMAにかなりお世話になった。
今回のWBCもCSのJSPORTSが全試合中継し、インターネット配信のAmazon Prime Videoが日本戦と準決勝以降の全試合を配信している。
日本戦は地上波でも中継されていたが、Amazon Prime Videoが配信する情報の方が筆者には興味深く、途中で配信での視聴に切り替えた。
地上波と配信の違いを挙げていくと諸々あるのだが、Amazon Prime Videoはデータ分析の専門家を常駐させており、データを取り上げていたことが大きい。
今回は、地上波が取り上げず、配信が取り上げた「野球とデータ分析」について綴りたいと思う。
マイケル・ルイス(著)『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』は「選手のどの成績を評価するか?」についてデータ分析を取り入れた最も有名な例だろう。
MLBの老舗球団オークランド・アスレチックスの元GM(ゼネラルマネージャー。チーム編成の最高責任者)で、現在は上級副社長のビリー・ビーンを追いかけた同書はベストセラーになり映画化もされた。
映画もかなりの評判になり、ビーンを演じたブラッド・ピットは第84回アカデミー賞の主演男優賞候補になっている。
アスレチックスはMLBでも有数の貧乏球団だ。100年を越える歴史を持つ老舗球団であり、かつてはスター選手を揃えていたことがあった。リッキー・ヘンダーソン、マーク・マグワイア、ホセ・カンセコなどが在籍した1991年当時のアスレチックスは総年俸がMLBで最も高額なチームだった。
ところが1995年に当時のオーナーが死去すると状況が大きく変わる。
当時のGMだったサンディ・アルダーソンにオーナーが求めたのは「運営費の削減」だった。
アルダーソンは金をかけずにチームを強くする方法を考えた。
行きついたのが「セイバーメトリクス」だ。
セイバーメトリクスとは、アマチュア野球研究者のビル・ジェームズが考案した野球のデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法だ。アルダーソンは野球ジャーナリストのエリック・ウォーカーに「チームはどの部分に金をかけるべきなのか?」をまとめさせたが、ウォーカーはセイバーメトリクス創始者であるジェームズが自費出版した冊子を元に意見をまとめている。
チームビルドの手法を発展させたのはビーンだが、ビーンは基本的にアルダーソンの方針を受け継いでいる。
その手法でとりわけ重視されたのが打撃――特に「長打率」と「出塁率」だ。
Twitter上で有名になり、データ分析の優れた論客として活躍するお股ニキ氏は自身の著書『セイバーメトリクスの落とし穴~マネー・ボールを超える野球論~』で野球を「すごろく」に例えているが、これは言い得て妙な例えで、長打の重要性を説明する上でもわかりやすい。
すごろく的に表現するなら野球は「マスを4つ進める」ことで得点を取ることができる。
シングルヒットならば進めるマスは一つだが、ホームランなら一気に4つだ。
打率は決して無意味ではないが、不完全な指標だ。
シングルヒットもホームランも「ヒット1本」として等価に扱ってしまうためだ。
実際のところ同じ10打数3安打、打率3割の選手でも、3安打がすべてシングルヒットの選手より3本すべてが長打の選手の方が価値は高い。
10打数3安打、打率3割でもシングルヒット三本の選手と、10打数1安打、打率1割でもホームランを打った選手ならば、それぞれ進めたマス目の数3と4なので、少なくとも得点効率は後者の方が上である。
出塁率が高い――言い換えると「四球をよく選ぶ」これも重要だ。
四球をよく選ぶ選手を重視することにはビーンなりの野球観がよく表れている。
それは「27個のアウトを取られるまで終わらないスポーツ」と野球を定義づけたことだ。
四球はヒットと違いオーバーランなどの走塁ミスによってアウトになることが無い。
塁上にランナーがいた場合でも、(塁が詰まっていれば)そのまま次の塁に自動的に進めるので、先の塁を狙ったランナーが果敢な走塁の結果アウトになることも無い。
最もアウトになる確率が低いプレーである。
送りバントはアウトを一つ献上してしまうのでしない。
盗塁はリスキーすぎるのでしない。
四球で出塁し、塁上に出たらバントも盗塁もせず次打者の長打で生還する。
なんともつまらない作戦(何もしていないの作戦と言うのも少々語弊があるが)だが、統計学上、この方法が最も得点効率がいいのだ。
これをバントや小技などを多用する「スモールボール」と対照し、「ビッグボール」と呼ぶ。
2000年代初頭当時のMLBでこの二つの指標はあまり重要視されていなかった。
高打率の選手を雇うには高給が必要だったが、打率がさほど高く無い割に出塁率は高いタイプの選手を雇うのは比較的安く済んだ。
侍ジャパンに招集され、リードオフマンを任されているラーズ・ヌートバーはこのタイプである。
ヌートバーは2022年シーズン、108試合で打率は.228に過ぎなかったが出塁率は.340あった。
出塁率から打率を引いた指標をIsoDというが、ヌートバーのIsoDはリーグでもトップクラスだった。
まだ若手のヌートバーの年俸は下の方だが、一定以上の長打力もあり、この調子で行けば近く高給取りになることだろう。
結局、このチームビルド方針の有効性はビーンが身を以て証明した。
映画『マネーボール』はアスレチックスの2001年、2002年シーズンを舞台にしているが、アスレチックスはリーグ最低クラスの総年俸ながら2年連続でシーズン100勝の快挙を成し遂げている。(資金力のあるチームが追ってビーンの真似をしたため一時期、アスレチックスは低迷したのだが)
その結果、現在のMLBでは「OPS」という指標が幅を利かせている。
OPSは出塁率と長打率を足しただけの簡単な指標だが、有用性は非常に高く、チーム打率よりもチームOPSの方がチーム得点数との相関関係が強いことがわかっている。
今ではアメリカの野球中継で旧来の打率、本塁打、打点の打撃3部門に加えて当たり前のようにOPSが表示されている。
残念ながら日本のスポーツ番組ではMLBを取り上げるワースポMLBぐらいしか取り上げていないが。
ところでセイバーメトリクスはいかにも机上で考えたような代物だが、それもそのはずで創始者であるビル・ジェームズは野球経験がない。採用したアルダーソンも弁護士出身で野球経験は無い。経験が無いからこそ先入観を排して臨むことが出来たのだろう。それを短期間とはいえMLBでの選手経験があるビーンが採用したのだから、ビーンの思考の柔軟さには驚きだ。
なお、現在のMLB各球団のGMは野球経験の無い人物の方が圧倒的に多い。マイアミ・マーリンズのGMキム・アングは何と女性だ。もちろん野球経験はない。
さて、かなりの長尺で長打率と出塁率の重要性を説明してきたが、それ以外の指標は決してどうでも良いわけではない。
打率は低いよりも高い方が良いし、三振は確実にアウトになってしまうので、三振数も少ない方がいい。
これらをまとめると、最高の打者とは「高打率を残す打撃技術」「長打を量産する長打力」「四球を多く選ぶ選球眼」「三振をしないコンタクト能力」を兼ね備えた選手と言うことになる。
あまりにも当たり前の結論だが、これらの条件をすべて備えている選手は非常に少ない。
昨年のMLBでナショナルリーグの本塁打王になったカイル・シュワーバーは46本塁打を放った一方、リーグ最多の200三振を喫している。
同じく、昨年のMLBでアメリカンリーグ新記録の62本塁打を打ち、記録的な猛打でMVPも受賞したアーロン・ジャッジも175三振とかなり三振は多い。
ジャッジは一度目の本塁打王を獲得したシーズンに、リーグ最多三振も喫している。
三振は本塁打のコストなのだ。
加えて、「打率が高い」ことと「三振が少ない」ことは必ずしも一致しない。
2002年シーズン、.250にも届かない低打率だったシュワーバーと違い、ジャッジは.311とかなりの高打率を残している。だが、ジャッジの三振数はかなり多い。
「高打率を残す」と「三振をしない」は必ずしもイコールではない。
打率を残すには四球を選ぶ能力も重要になってくるので、深いカウントまで行くことが多い=三振が多くなりがちなのだ。
昨年のNPBで記録的な猛打をふるい、史上最年少の三冠王を獲得した村上宗隆はありとあらゆる打撃指標がトップクラスだったが三振は多い。リーグ最多三振は2度あり、レギュラー定着以来、毎年3桁の三振を喫している。
三振が少ない選手に多いのは早いカウントから打っていくタイプだ。
昨年のアメリカンリーグ首位打者を獲得したルイス・アラエスは典型的なフリースウィンガー(早打ち)タイプだ。
コンタクトが上手く早打ちなので、三振は少なく、2022年の三振43個はシュワーバーの約5分の1、ジャッジの4分の1以下だ。
しかし、打率.316に対して出塁率は.375と打率が高い割には物足りない。
僅差で首位打者を逃したジャッジの出塁率は.425で、出塁率では圧勝している。
アラエスは本塁打数も一桁、OPSは.795で総合的な攻撃力はジャッジ(OPS1.111)と比べて大分落ちる。
低打率だったシュワーバー(打率.218、OPS.827)と比べても落ちる。
三振を減らすには「追い込まれる前(早いカウント)から打つ」ことの他に「長打を捨ててコンタクトに徹する」のも近道だが、そうすると出塁率と長打率は伸びなくなる。
「パワプロ」の通称で知られる人気野球ゲーム「実況パワフルプロ野球」では「強振」を選択すると長打が出やすくなる代わりにミートカーソルが小さくなり、コンタクトが難しくなるが、感覚的にパワプロのゲーム設計はいいセンをついているのかもしれない。
しかし、ごくまれに四球を大量に選び、長打を量産しながら、高打率を残すようなとてつもない打者が登場する。
2000年代のMLBで怪物級の活躍をしたバリー・ボンズがその最上クラスの例だ。
ボンズはMLBの通算本塁打記録とシーズン本塁打記録を保持しているMLBの歴史に残る怪物打者だが、長打を量産しながら高打率を維持し、四球を大量に選び、三振は驚くほど少なかった。
新記録の73本塁打を打ったシーズンも凄かったが、2004シーズンもすごい。
打率.362、45本塁打、101打点、出塁率.609(MLB歴代最高記録)、長打率.812。
OPS1.422(MLB歴代最高記録)と超一流のスラッガーの成績を残しながら41三振しか喫していない。
三振は本塁打のコストだが三振数が本塁打数を下回っている。
四球を多く選ぶと三振数も増えがちだが、232四球に対して三振数は1/5以下だ。
この年のボンズはさんざん警戒され、232四球のうち120は故意四球(敬遠)だったが、その分を差し引いても三振数の方が四球数より圧倒的に少ない。薬物問題さえなければ確実に殿堂入りしていたことだろう。
なお、余談だが通算四球数でMLB歴代一位を記録しているのはボンズだが、敬遠を除くと1位はリッキー・ヘンダーソンだ。年間と通算の盗塁記録保持者として知られるヘンダーソンはとにかく粘り強く四球が多かった。移籍の多かったヘンダーソンが最も長く在籍した球団はアスレチックスである。ビーン好みの選手だったのだろう。
「高打率を残す打撃技術」「長打を量産する長打力」「四球を多く選ぶ選球眼」「三振をしないコンタクト能力」を兼ね備えた選手は殿堂入りプレーヤーでもそれほど多くない。
すでに殿堂入りしている選手ならばフランク・トーマス、チッパー・ジョーンズ、エドガー・マルティネス、まだ引退したばかりだが殿堂入りが確実されているアルバート・プホルスなどの全盛期がその例に当たる。
加えて彼らは全員鈍足、あるいは少なくとも俊足ではない。内野安打で打率を稼げないため、全盛期のイチローのように当たり損ねがヒットになる確率は低かった。足で稼いだヒットを殆ど期待できないにも関わらず高打率を残しているのだ。
日本プロ野球のレジェンドだと、史上最多の三冠王を三度獲得した落合博満氏がその例だ。
特に二度目の三冠王を獲得した1985年はキャリアハイのOPS1.244を記録し、高打率(.367)、長打を量産(52本塁打)、四球を選ぶ(101四球、出塁率.481)にもかかわらず、三振は四球の半分以下、わずかに40だった。ちなみに落合氏も鈍足である。
強打者の代名詞的存在である王貞治氏の打撃成績も凄い。
1974年は2年連続の三冠王に加え歴代一位の出塁率.532、158四球、OPS1.293を記録している。それでいて44個しか三振していない。
現役の日本人選手だと非常に精度の高い打撃成績を残しているのが吉田正尚だ。
5年連続で打率3割、首位打者を二度獲得している名選手なので「今さら」感があるが内容をつぶさに見ていくと凄さがより良くわかる。
レギュラーに定着して以来OPSは毎年.950以上。
昨年は僅差で3年連続の首位打者を逃したもののOPS1.008はリーグ一位だった。
吉田の三振数は一度も三桁に乗ったことが無く、出塁率は毎年4割を超えている。
4年連続で四球>三振を達成しており、例年よりやや三振が多かった昨年(2022年)ですら三振の倍近い四球(80四球、41三振)を選んでいる。
長距離砲というよりは中距離打者と言った方がしっくりくる選手だが、ここ2年は連続で20本塁打以上を放っており平均以上のパワーもある。
2021年シーズンは本塁打王を争うことは無かったが長打率.563はリーグ1位だった。
「高打率を残す打撃技術」「長打を量産する長打力」「四球を多く選ぶ選球眼」「三振をしないコンタクト能力」を兼ね備えていると言っていいだろう。WBCでも侍ジャパンの主軸として大活躍したが、今期から挑戦するMLBでも活躍を期待したい。ちなみに彼も俊足ではない。
ところで吉田と同じく、全盛期のトーマス、ジョーンズ、マルティネス、プホルスも「パワーヒッター」というよりは「パワーのあるコンタクトヒッター」「中距離打者」という印象があった。
お股ニキ氏はパワプロのように「強振かコンタクトの二択」「ゼロか100」ではなく「60-80ぐらいの力感」が最も良い結果が出るのではないかと分析しているが、彼らのような「コンタクトが上手いが当たると飛ぶ」タイプはその「60-80ぐらいの力感」で成功しているのかもしれない。
セイバーメトリクスは選手の成績を評価するための方法だが、現代のトラッキングシステムによるデータ分析は打撃の内容――「打球の質」にも迫っている。
その顕著な例が「バレル」だ。
バレルとは、長打が出やすいとされる打球の速度と角度の組み合わせで構成されるゾーンのことで、バレルゾーンに入った打球は必ず打率.500以上、長打率1.500以上になる。
バレルになる打球は最低でも打球速度158km/hが必要で、158km/hの打球は角度26度から30度がバレルゾーンになる。
閾値の187km/hになると8度から50度の角度がバレルゾーンになる。
そのため、打球速度を上げることは重要だ。
侍ジャパンの強化試合で大谷翔平の打球の凄まじさに驚かれた方も多いかと思うが、MLBで長打を量産する打者はやはり伊達ではない。(なお、この「バレル」についてAmazon Prime Videoの配信ではちゃんと取り上げられていた)
打球速度を上げるにはスイングスピードを上げるのが近道だが、スイングスピードを上げることには副次的な効果がある。
クロマツテツロウ氏の新時代の野球マンガ『ベー革』では、進学校で練習時間の限られている主人公の高校が「フィジカルを効率よく鍛えてスイングスピードを上げる」ことで練習量不足をカバーしているとの説明がある。
調子のいいバッターが「ボールがよく見えている」と発言するのをしばしば聞く。
これは、あくまで想像だが「スイングの状態が良いとバットスイングの始動を少し遅めにしてもボールにコンタクトできるので、調子の悪い時に比べて相対的にボールを見極める時間が長くなっている」ということなのではないだろうか。
この「ボールがよく見えている」というのはあくまでプレーヤーの感覚に過ぎないのだろうが、そういう感覚も大事なのだろう。
なお、長打を狙って引っ張りまくるプルヒッターの多いMLBだが、彼らはメジャーリーガー。世界最高の野球選手たちだ。
打者は短期決戦のプレーオフになると引っ張り対策シフトで空いたゾーンを狙って流し打ちしてくる。
長期戦のレギュラーシーズンと違い、短期決戦のプレーオフは一点の重みが大きく異なる。バントは2点目が取れる確率こそ下がるが、目先の1点を狙いに行くには有効な作戦だし、ここぞという場面で決まった盗塁は流れを変える。
普段なら常に長打狙いでも、目先の一点狙いならばシフトの穴をついてシングルヒットを狙うのも重要な作戦だ。
世界最高のプレーヤーたちなのだからその程度のことはやってできないわけがない。
ただ普段はやらないだけなのだ。
一発勝負のWBCでもアメリカ代表のノーラン・アレナド(本塁打王3回)、ポール・ゴールドシュミット(本塁打王1回、シーズンMVP1回)、マイク・トラウト(シーズンMVP3回、打点王1回)といった現代のMLBを代表するスラッガーが華麗な流し打ちを度々見せている
短期決戦での1点の重要性を分かっているのだろう。流石はメジャーリーガーである。