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あのひとの二足のわらじ 第4回 声優と東大生・佐々木望(中編その1/全7回)~「演技は、本当にそこに生きている人として存在すること」

2023年03月18日 12:01  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
○新しい道を切り開くきっかけは『テニスの王子様』亜久津仁



中編の今回は、「演技者の自覚がいっそう強く持てるようになった」と本人が言葉にする、発声方法を変えてからの仕事面での変化について迫る。


──前編では30代半ばで声帯炎になり、仕事にも影響したことでむしろ声優の仕事が大好きなことが分かったと。そして、諦めたくないと10年もトレーニングをして身に付けた新しい発声方法。実践してみてから仕事面では、どのような変化がありましたか?



トレーニングしていた時期は、先生からレッスンを受ける以外はすべてひとりで黙々とメニューをこなしていた毎日だったので、「はたしてこれは本当に正しい方向なんだろうか」って、自分ではなかなか自信が持てませんでした。でも、声優の先輩方から、久しぶりにスタジオでお会いすると「今の声いいね」「大人の芝居ができるようになったね」と言っていただけるようになっていったんです。



新人の頃から見てきてくださっていた方々にそう言っていただけたのはとても嬉しく、とても励みになりました。あの頃、言葉にしなくても心配して見ていてくださっていた方々もきっといらっしゃったんだろうなと思います。一方で、「前の声だったら使ったんだけどねえ」とお仕事先に言われることも若干あって、「あああー、すみません」と内心で思うこともありました (笑)。



──辛辣な言葉ですね。



若い頃に出演させていただいた『AKIRA』『幽☆遊☆白書』『銀河英雄伝説』『鎧伝サムライトルーパー』などを当時見てくださっていた方からは、私の声や演技は今も少年役のイメージが強いのかもしれません。それほどに強い印象を残すキャラクターを演じられたのだとすると、声優冥利に尽きます。そして、これらの作品は、30年以上経ってもなお注目される重要なアニメ作品であり続けていて、そこに関わらせていただいたことも声優として生涯大切にできる宝もののように思っています。



──そうですね。私も大好きな作品です。



ただ、同時に、今を生きている演技者としては、常に声や演技を進化させたいと願っていますので、これまでもこれからも、生きている限りはきっと変化し続けていくんですよね。だから、若い頃の少年役のイメージを今もお持ちの方と、現実の私の声と演技とは乖離が生まれているのかもしれません。「昔の声がよかった」も「今の声の方が好き」も、どちらも言っていただけますが、そこはそれぞれの方の好みということなんでしょうね。



私自身は、きっかけはノドを痛めたことでしたが、そのおかげで結果的には声も技術も向上できて役の幅も広がっていったと思っています。演技者であるという自覚もいっそう強く持てるようになりました。自分には重要で必要な契機でした。こうして振り返って語れることは幸いですね。



──なるほど……。



新たな役柄の方向性を見つけたという意味では、たとえば、『テニスの王子様』の亜久津仁役との出会いがあります。亜久津役はオーディションだったんですが、まだ声帯炎が回復しきっていなくて、試行錯誤で声と演技の勉強をしていた時期でした。キャラクターの絵を見ると、大柄で目つきが悪くて言葉も乱暴で、見るからに異様な、異端な感じなんですよね、亜久津(笑)。私がそれまで演じてきたキャラクターたちとは大きくギャップがあって、「ど、どうしてこの役のオーディションが自分に?」と戸惑いました(笑)。



──オーディションの話が来たこと自体が意外だった。



はい。まだ声も本調子じゃないし、キャラも自分が合う役には思えなくて、お話をいただいたときは、どう演じようかと戸惑いました。でもすぐに、「いやこれは、これまでと違った役作りに挑戦できるいい機会じゃないか」と思ったんです。亜久津は今まで出会ってきたキャラクターとは違うタイプの人物なんだから、自分も、今まで仕事で使ったことのない声のトーンで、やったことのない演じ方をしてみたらどうだろうと。声が本調子じゃないのなら、その声も役作りの要素に入れ込んでやろう、と。



役的にはどう考えても自分じゃない気がしたので、オーディション自体はきっと決まらないだろうなと思っていたんですけどね。でも、オーディションだけでもいい、この役を演じられることが嬉しい、と思って受けました。そうやってオーディションで思い切り挑戦できたのが良かったのかどうなのか、結果、亜久津役に決めていただいて、「ええっ、ど、どうして?」とまたもびっくりしました(笑)。



──その反響はいかがでしたか?



アニメで亜久津が初登場した回のエンディングテロップに「亜久津仁:佐々木望」とあるのを見て「佐々木望? 声が違う! 同姓同名の別人では?」と驚いた人がいたという話を後で聞いて、ちょっと面白かったです。昔の少年役のイメージをお持ちの方だったのかもしれません。でも、声優自身の声の変化はあったとしても、演技なので役柄が違うと声のトーンも出し方も喋り方も当然、意図的に多少は変えますから、他の作品で聞く私の声と違って聞こえるのは、ある程度は当たり前なのではとも思うんですけどね。

私たち声優にとって、というか私だけかもしれませんが、アニメファンの方が声を聞いてどの声優なのかすぐに分かっていただけることもありがたいことですが、逆に、「聞いても誰なのか分からなかった、びっくりしたよ」と言われることも、ある意味で嬉しかったりします。特に、このような新しい声の使い方や演技にトライしてみたときに、そう思います。亜久津は、声のトーンも呼吸のリズムもイントネーションのうねり方も、新しいやり方でやってみた役でした。まだノドが回復しきれていなくて訓練中だった当時の自分にとって、すごく手ごたえを感じさせてくれた出会いになりました。

○発声の工夫が役作りに結実した『MONSTER』ヨハン・リーベルト



──他に、もがいていた時期の努力が役作りに結びついた体験はありましたか?



声の訓練をし続けてきたことと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、声優であっても、演技の本質は声自体ではなくて、「生きている人を演じる」、いえ、「生きている人として動き、しゃべる」ということだと思うんです。声優なので役作りには声自体も意識して考えていかないといけないですが、それ以前の根本として、演技は、本当にそこに生きている人として存在することだと思っています。二次元のキャラクターであっても、その作品のなかで本当に生きている人間を演じるんです。



だから、「この役はこんな声」、たとえば、悪役は低い声とか子供は甲高い声のように類型的な捉え方をしてしまうと、演技として間違いとまでは言えないにしても表層的な表現にとどまってしまうように思います。現実の人間は、場面や感情や相手によって高い声も低い声も出したりしますよね。だから、このキャラクターはこの声、のように演技者が最初から決めてしまうと、その役が人間として生きることを狭めてしまうことになりえます。少し話がそれましたが、訓練していた当時に出会った役で、私にとって大きな意味をもつもう一人は、『MONSTER』のヨハン・リーベルトです。



──亜久津とはぜんぜん違うタイプの人物ですね。



ええ。ヨハンは、ずば抜けて知能が高くてカリスマ性もある、人間離れした人物です。淡々と言葉で人をコントロールしたり、追い詰めたりするんです。見た目は美しいけど内面は果てしなく闇が深くて見えない。そういう人物はどんな声を出すんだろう、どんなしゃべり方をするんだろう、と発声と演技の両方から考えていきました。そして、発声については、声を前に飛ばさない出し方でやってみようと思ったんです。



──前に飛ばさない?



っていうのも変なんですが。声はどうやったって前に出ますからね。でも、あくまでイメージとして、直線的に相手に向かうのではなくて、気体のようにふわんと拡散して相手を包み込むような声の出し方を試みたということなんです。声の出し方は役によって、シーンによって、相手によって、色々と変化をつけられます。



日頃からそういうことを考えて訓練していれば、新しい役をいただいたときにそれを取り入れてみることができます。試行錯誤になるのでうまくいかないこともありますが、実際に役の演技に活かせたときは本当に嬉しいんですよね。亜久津もそうでしたし、ヨハンのときも、私自身が模索していた時期に出会ったキャラクターで、新しい声の出し方で演じることができた役だったので、とても思い出深いんです。



──私、野球が好きなのですが、速球で相手バッターをねじ伏せていたピッチャーがケガをして、変化球やコントロールを身に着けて軟投派になるイメージに近いのかな、と感じました。



あぁ、確かに! 直感とか本能的な感覚で演じていた若い頃の私は、いわば直球勝負というか、球種がストレートだけだったのかもしれません。とはいえ役によっては多少の変化球も持っていましたよ(笑)! でも、一度大きなケガをしたことで、自分の特性だったストレートの投げ方を見直すきっかけになりました。「そもそも球を投げるとは」みたいに、「そもそも声を出すとは」とか「そもそも演じるとは」のように基礎から勉強をし直して、その過程でいろいろな技術も身に付けられたんです。



体づくりをして発声や演技を勉強すればするほど、役を作っていくことの面白さがさらに感じられて、声優の仕事に対する愛着もいっそう深まりました。今はたぶん、カーブやシュートも投げられるようになっていると思います。役によって、時にはシンカーやナックルも投げたいですね(笑)。ストレートも投げますが、訓練をしたことで、以前のストレートと質が異なる、別のストレートを身に付けたと自分では思っています。



性格的にはずっと直球型の人間なので、今の演技も基本的には変わらず直球勝負なんですが、選択できる球種が増えたことで工夫できる余地が広がりました。変化球を持っているからストレートも活きる、みたいな。ずっと野球の例えですみません。私も野球好きなので (笑)。

○佐々木望 書き下ろし書籍情報


著者 : 佐々木 望

出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)

発売日 : 2023年3月1日

単行本 : 304ページ



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