Text by 後藤美波
Text by 荘司結有
世界最大規模の米軍基地を抱える沖縄を舞台に、女性バディが性的暴行事件の真相を追う『連続ドラマW フェンス』が3月19日からWOWOWにて放送される。脚本を手がけたのは、ドラマ『アンナチュラル』(2018年)、『MIU404』(2020年)、映画『罪の声』(塩田武士原作・2020年)など、社会派エンターテイメントを数多く送り出してきた野木亜紀子。NHKドラマ『フェイクニュース』(2018年)でタッグを組んだプロデューサー・北野拓が企画を打診し、実現に至った。
野木が描くのは、昨年に本土復帰50年を迎えてもなお重い基地負担を抱える沖縄の現在。松岡茉優が演じる東京の雑誌ライターの「キー」が沖縄に向かい、宮本エリアナが演じる、米兵からの性的暴行被害を訴えるブラックミックスの女性「桜」に出会い、米軍犯罪捜査の高い壁に阻まれながらも、沖縄の複雑な事情が絡み合った真相へとたどり着くクライムサスペンスとなっている。
住民を巻き込む激しい地上戦となった沖縄戦を経て米軍統治下となり、沖縄は基地の存在から派生するさまざまな問題を抱えている。本作では「ある性的暴行事件」を軸に、沖縄の複雑な事情やそれに翻弄される登場人物たちの葛藤がつぶさに描かれている。野木と北野にドラマ実現に至った経緯や取材のアプローチ、沖縄に寄せる思いなどを語ってもらった。
─北野さんはNHK記者として沖縄に赴任していたそうですね。
北野:ぼくは入局してすぐ沖縄に赴任して、3年半ほど暮らしていました。社会人として地元の方々に育ててもらったし、妻も沖縄出身なので、きちんとこの地に寄り添ったものをつくりたいとはずっと考えていて。これまで沖縄を舞台にしたドラマは、本土の人が見たい「癒やしの島」として描いたものか、もしくは反戦や反基地の考えが色濃く出るものに二分されていたと思うんです。それだけでは描けない、複雑で多面的な沖縄の現在を描く作品を、復帰50年のタイミングでつくれないだろうかと考えました。
─本作は沖縄での米軍犯罪捜査が大きな軸となっています。記者時代の経験からこのテーマを思いついたのでしょうか?
北野:沖縄時代の大半は警察担当で事件記者をしていたのですが、米軍犯罪の多さに驚いたんですよね。日常的に米軍関係者による飲酒運転や交通事故、住居侵入などが起きているし、表には出ずとも性犯罪もありました。日米地位協定(※)はどうしても不平等感が強く、例えば公務中の事件事故なら日本側に第一次裁判権はなく、公務中かどうかの判断も米軍側が通知し、日本側はそれを受け入れるだけ。公務外だとしても一旦基地の中に逃げ込まれてしまえば、日本側の捜査は自由にできず、制限を受けてしまいます。
僕の赴任中には読谷村で米兵によるひき逃げ死亡事件があったのですが、公務外の事件で容疑者が基地の中にいて、県警は思うように事情聴取ができないということがありました。そのような米軍犯罪への県警側の忸怩たる思いや、遺族や被害者が直面する不条理を間近で感じてきました。本土の人にはあまり知られていませんが、沖縄では生活にものすごく密着した問題なので、米軍犯罪捜査のクライムサスペンスドラマをつくれば、さまざまな立場の人の思いを描けるのではないかと思ったんです。
北野拓(きたの ひらく)
1986年生まれ。NHK入局後、報道記者・ディレクターを経て、現在はNHKエンタープライズドラマ部シニア・プロデューサー。主な演出作は宮崎発地域ドラマ『宮崎のふたり』(脚本:安達奈緒子 / 出演:柄本明・森山未來・池脇千鶴 / ギャラクシー賞奨励賞)。主なプロデュース作は土曜ドラマ『フェイクニュース』(脚本:野木亜紀子 / 出演:北川景子・光石研 / ギャラクシー賞奨励賞)。
─初めから野木さんに脚本を託すつもりだったのでしょうか?
北野:僕の初プロデュース作『フェイクニュース』を一緒につくったのが野木さんです。野木さんはサスペンスの構成に定評があるのはもちろんですが、丁寧に取材をしたうえで、社会問題をエンタメにして届ける力があり、僕が心から信頼している方です。野木さんが書いてくれたら、エンタメの力で沖縄の現実が多くの人に届けられるのではないかと思ったので、真っ先に企画を持っていきましたね。初めは本土から来た男性と沖縄で生まれ育った女性の刑事バディもので考えていたのですが、野木さんから「ブラックミックスの方を主演にしたほうがいいのでは」と提案してもらったんです。
野木:当初は、5話構成のうちの1話でブラックミックスのエピソードを入れたいと言われました。過去に北野さんがアメリカと沖縄のミックスの人たちを取材していて、彼らに対する差別やアイデンティティーの問題を扱いたいと。そのテーマを扱うならメインの一人にしたほうが、芯を食った話にできると思ったんです。
野木亜紀子(のぎ あきこ)
脚本家。代表作に映画『罪の声』『アイアムアヒーロー』、ドラマのオリジナル作品に『アンナチュラル』『MIU404』『コタキ兄弟と四苦八苦』など。『獣になれない私たち』で『第37回向田邦子賞』を受賞。
─ただ当初、野木さんは「とてもじゃないけど背負えない」とその企画を断ったとドラマの発表時にコメントされていましたね。
野木:沖縄の歴史や日米地位協定を本当に深く勉強しないと書けないと思ったんですよね。ちょうど『MIU404』の脚本を書き終えた直後で疲れていたのもあり、かなりの社会派作品にならざるを得ないし、また刑事バディものが続くというのもあって「ほかの人にお願いしたらどうかな?」とさりげなく流していたのですが……。
─最終的に脚本を引き受けたのはなぜでしょう?
野木:いろいろと考えるなかで、いまこういうテーマの作品を出そうと思ってもなかなか実現するものではないと思い始めたんですよね。例えばほかのプロデューサーから同じ企画を打診されても、引き受けなかったと思うんです。なぜならドラマのプロデューサーで、報道に詳しい人ってそんなにいないんですよね。
野木:社会的なテーマを正面から扱うときに、報道の経験や知見がない人と組むのはすごく怖いんです。知識やリサーチ能力のない人と組んでしまうと、すべて自分で調べなければいけないし、一人で背負わなければいけなくなるので。一人でできることには限界があるし、私だけの目線では絶対に行き届かない部分が出てくると思うんです。特に沖縄の問題は現在進行形で長年にわたって議論が続いているセンシティブなものですし、いまもその地で生き続けている人たちがいる。いい加減な作品にはできないし、とても自分一人では責任が負えないと思いました。
ただ北野さんが沖縄に長く身を置いて取材していたことは大きなアドバンテージですし、彼としかつくれないドラマではあるなと。それとこの企画にWOWOWが手を挙げてくれて、さらに沖縄出身の高江洲(義貴)プロデューサーも加わることになって。
北野:WOWOWの高江洲さんに企画を相談させていただいたときも「沖縄の人が見てリアリティーのあるドラマが生まれていない」と同じ思いを持っていたんですよね。
野木:企画って奇跡的なタイミングがあるんですよね。これを断ったら今後、私がこのテーマで書くことはないだろうし、ここまで座組が整ったら、やったほうがいい、やるべきなんじゃないか……と挑戦する気持ちになりました。
─『フェンス』はフィクションでありながら、沖縄が抱える問題や、さまざまな立場で絡む登場人物たちの心情がリアルに描かれています。現地での取材はどのように進めていったのでしょうか?
野木:トータルで30日以上滞在して、朝から晩まで現地の方々にお話を聞きました。東京に戻ったあとのリモート取材を含めると、結果的に一般の人から警察関係者、弁護士、性被害の支援団体、産婦人科医の先生まで、100人以上の方にお会いしましたね。高江洲さんが地元人脈でつないでくれて、友達の友達まで紹介してもらって。北野さんももともと人脈があったので、普通は会えない立場の方にもお話を聞くことができました。
北野:記者時代の人脈をフルに活用し、なかなか取材が難しい方々にも取材させていただきました。青木崇高さん演じる伊佐のバックグラウンドになった県警OBや、米軍捜査機関の職員など、ドラマに登場する実際の立場の人には全員会うことができたと思います。
青木崇高演じる沖縄県警中部署渉外警ら隊所属の警察官・伊佐兼史と、ダンテ・カーヴァー演じる米軍の上官・ハリス
─作品全体を通して性暴力被害とそのトラウマが大きなテーマになっています。さまざまな立場の女性たちが、また別の女性に手を差し伸べていく「女性の連帯」が描かれているようにも感じました。
野木:性暴力被害の支援団体の関係者や産婦人科医の先生からいろんなお話を聞いたのですが、もう深刻どころではなかったというか……。祖父のような身内からの性被害もかなり多いそうなんです。
ただ実際に取材してみると、現場でさまざまな立場の方々が「なんとかしよう」と奮闘していることも知って、新垣結衣さん演じる精神科医・城間薫の役などを増やしていきました。それほど女性の連帯を描こうという意識はなかったのですが、いろいろな女性たちの物語にしたいというイメージはありました。
─性被害のトラウマを抱える女性たちに対して、「あなたは悪くない」という言葉が繰り返されるのが印象的でした。
野木:その言葉が一番大事なんですよね。被害にあった女性は自分を責めてしまうので、何度も何度も言ってあげないといけないそうなんです。
日本のドラマで性被害を扱う場合、一つのエピソードとして完結してしまうと感じていて。実際はそんな簡単に終わるものではないし、被害のトラウマは続くものだと思うんですよね。
取材で聞いた話なのですが、40年前に性被害にあった方からも未だに「苦しい」という電話がかかってくるそうなんです。そこまでは想像できていませんでした。そういう現実をドラマとして見せていかなきゃと思ったんです。
新垣結衣演じる精神科医・城間薫は、性被害に遭った女性たちに寄り添い、電話相談に応じる
─性的暴行事件を軸に、沖縄がゆえに抱える社会的問題やそれらに対する複雑な感情を描くなかで、重いテーマとエンタメの両立の難しさもあったのではないでしょうか?
野木:社会的なテーマを詰め込めばいいというわけではないので毎度難しい課題ですよね。ただ今回の作品について言えば、これでもまだ一角でしかないと思っています。
一つの問題を取り上げようとすると、基地の存在によって、もつれ合う糸のようにすべてが密接に関連してくる。累積した問題の積み重ねのしわ寄せが、若い女性や弱い立場の人たちにいく現状をどう描くか悩みました。立場によって見方も変わるし、正解がわからない問題ではあるけれど、共通認識として「ここまでは事実だよね」というところは映し出したつもりです。
─沖縄が抱える問題に対して、強いメッセージ性を打ち出すというよりは、さまざまな立場から考えさせられる作品になっていると思います。
野木:いま実際に沖縄で起きていることへの想像力を持ってもらえたらいいのではないかという気持ちでつくっていたので、メッセージは見た人が受け取ってくれたことがすべてだと思っています。
北野:スタンスとしては沖縄に寄り添ったものを目指していて、沖縄の人が見ても「これはリアルだ」と思ってもらえるような作品になっていたら良いなと思っています。そのうえで、どうしたら本土の人に「自分ごと」として考えてもらえるかを意識しながらつくってきましたし、沖縄と本土の溝を埋めていきたいという思いがありました。
─リアリティーという観点で言えば、新垣結衣さんやJO1の與那城奨さんをはじめ、総勢50人以上の沖縄出身のキャストが脇を固めていますね。
北野:沖縄ことばのリアリティーを保ちたいというのが大きかったですね。近年は当事者キャスティングが世界的に主流になりつつありますし、せっかく沖縄を舞台にしたドラマをつくるなら、沖縄の人たちに一人でも多く出演してほしかったんです。沖縄を舞台にしたドラマや映画を片っ端から見て、ポテンシャルが高いと思った方々にオファーをさせていただきました。メジャー作品に出演するのは初めての方も多かったのですが、沖縄在住のキャストの方々が作品のリアリティーをより一層高めてくれたと思っています。
─主演の二人はもちろんですが、個人的に與那城さん演じる米軍基地従業員の仲本颯太が、自らの置かれた立場に揺れ動く姿に、若者のリアルさを感じました。
野木:実際にお会いした数名の基地従業員の方を投影したのですが、私はあの役に希望を託しているんですよね。いまの若い子たちもだいぶ感覚が変わってきている一方で、まだいろんなしがらみに囚われている面もあって。これからいくらでも自分の人生を歩けるはずだし、未来はあるから、そこに希望を託したいなと思ったんです。
與那城奨(JO1)演じる仲本颯太は、米軍基地従業員で桜の元恋人
─主題歌に起用されたAwichさんの“TSUBASA feat.Yomi Jah”は、まさに混沌とした問題を内包する沖縄で生まれ育った子どもたちに向けて、どう生きるかを見つけてほしいとの思いが込められています。
北野:Awichさんのライブに行って感動して、インタビュー記事を読んでいたら、今回のドラマとリンクする部分がすごく多かったんですよね。アフリカ系アメリカ人の夫を銃の事件で亡くされていて、ブラックミックスの娘さんを育てている。そんなAwichさんが「世の中をより良くしたい」とラップをしている姿が、野木さんがドラマ界で闘っている姿に重なり、この二人の「QUEENDOM」の掛け算をしたいと思ったんです。
野木:そんなふうに思っていたとは知りませんでした(笑)。私はこの曲を聴いたときに思わず泣いてしまって、もうこれしか考えられないという感じでしたね。脚本を書いているあいだもずっとエンドレスリピートしていました。私一人で何万回も再生したんじゃないですかね。
─この作品を通じて、お二人は沖縄の現状に対してどのような思いを抱いたのでしょうか?
野木:取材を始める前は一般論程度というか、本土で流れるニュースの表面を知っているくらいだったんです。基地があることでこんなにも引き裂かれていることに申し訳なさを感じましたし、当たり前のように背負わされているのはすごく不公平な状況だと思いました。
数年前、普天間飛行場近くの保育園に米軍機の部品が落ちたと大騒ぎになったんですよね。基地反対とかそれ以前に「もし子どもに当たっていたら……」と親が怒るのは当たり前だと思うんです。なのに声をあげたことで嫌がらせを受けたり、SNSで一方的にバッシングされたりして、夜も眠れないような状況に追い込まれた人もいて。私たち本土の人間は当たり前のようにそういう苦しさから逃れられているわけですよね。「安全に暮らしたい」と声をあげるのはおかしいことではないのに、言葉の暴力に晒されてしまうのはなんなんだろうと思ってしまいます。
北野:本土と沖縄の溝がより深くなっていると感じました。SNSの影響で、「言葉狩り」のようなことが増え、沖縄へのヘイトの声も大きくなっています。その一方で、沖縄の置かれている不平等な現実やこれまでの沖縄の歴史に対しての興味関心はどんどん薄れていっているように感じています。
また、ぼくが沖縄にいた頃はまだ沖縄戦体験者が語り部として活動されていたのですが、この10年近くで亡くなってしまった方も多く、沖縄内部でも戦争や基地被害などの歴史を知らない若い世代も増えてきていると感じました。世代間で歴史認識に対する差が広がっているようにも思います。
─あらためて社会的なテーマをエンタメに落とし込む意義とはなんでしょうか?
野木:ドラマや映画は第一義として、面白くなきゃいけないと思うんです。面白いというのは単に「笑える」という意味ではなく、続きが気になるとか時間も忘れて見られるとか、興味を惹くものであって、そうでなければドキュメンタリーや情報番組でいいわけですから。
そうした面白さに加え、登場人物の心の動きを描くことで、自分とは遠い人間への想像力を膨らませたり、自分とは違う人間を知ることできたりするのが、エンタメの力であり醍醐味ではないでしょうか。
北野:僕は記者時代にニュースで沖縄の現実を伝えていたのですが、なかなか世の中に対して広がっていかないし、情報で人の心を揺さぶるのは難しいなと感じていました。ドラマというエンターテインメントの力を通じて、社会問題とそのなかで生きている人々の葛藤を知ってもらうことはより良い世界をつくるうえで非常に大事だと思っています。
野木:ただやっぱり社会問題を描くこと自体が偉いわけではなくて、まず大事なのは作品としてのクオリティーだと思っています。日本で社会的なテーマを取り上げると「挑戦的だ」「タブーに切り込んだ」とも言われるのですが……。今回は実際にあったことをモチーフにしていますし、それって普通のことだと思うんですよね。海外ではむしろ社会派ドラマが主流ですし、社会問題を描くこと自体が評価されるのは不思議だなと感じることもありますね。
─確かにまだ日本では社会派エンタメの土壌が醸成されていないように思えます。
野木:ドラマのプロデューサーで報道をわかっている人がまず少ないんですよね。日本の場合、社会派作品をつくりたいという思いでこの世界に入るほうが珍しい気がします。例えば、韓国は1980年代の民主化運動を題材にしたドラマや映画が山程あるんですよね。実体験として強烈な思いがあるからこそ、社会派ドラマが生まれているのだと思います。
北野:でもいまってすごく生活が苦しくなっているじゃないですか。現状への危機感は募っているし、これから社会性のあるドラマをつくる人は増えてくるんじゃないかなとは思っています。
─最後に視聴者へのメッセージをお願いします。
野木:いろいろと話しましたが、第1話は無料放送されますし、まずは軽い気持ちで見ていただき、どんな展開になるのかを楽しんでもらえたらと思います。
北野:野木さんの脚本は社会問題を描きつつも、エンタメドラマとしての仕掛けや伏線もたくさんあるので、一人でも多くの方に見てもらいたいです。ダブル主演の松岡さんと宮本さんのお芝居も見事ですし、沖縄の若手ミュージシャンたちがつくった劇伴も素晴らしいので、そのあたりも注目して見てもらえたら嬉しいです。