Text by 辻本力
Text by 服部桃子
Text by 吉本ユータヌキ
日常の小さな気づきや違和感を漫画にし、SNSを中心に人気を博している作家の吉本ユータヌキさん。2023年2月に出版された『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』では、自身が体験した仕事や日常生活におけるモヤモヤを見つめ直し、漫画と対話をとおして「自分なりの答え」を模索。思考の癖を転換し、ラクに生きられるヒントを得られる本として、注目を集めています。
吉本さんを救った「コーチング」という対話法について、そして同志である「気にしすぎな人」たちが「モヤモヤの一歩先」に進むための理想のコミュニケーションについて、本の内容を軸にお話をうかがいました。
―まずは、『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』を書こうと思われたきっかけをうかがえますか。
吉本:3年ほど前、仕事の悩みで苦しんでいたときに公認心理師(※)の中山陽平さんと出会って、コーチングを受けたことによる自身の変化に気づいたことが大きかったと思います。当時は、現在所属している「株式会社コルク」という出版エージェントに入ってすぐの頃でした。
作家・吉本ユータヌキ
吉本:それ以前のぼくは、会社勤めを経て、6、7年くらいフリーランスで、主に子育てエッセイ漫画を描いていたのですが、新型コロナウイルス流行の影響で一気に仕事がなくなってしまったんです。
そのタイミングで創作漫画にもチャレンジしてみようと、新たな一歩を踏み出したのですが、当初はぜんぜん描き方がわからなくて困ってしまい……。まず、エッセイと創作の違いからしてわからない。
それでいろいろ調べているうちに、コルク代表の佐渡島庸平さんのYouTube番組にたどり着き、それを参考になんとか新たな方向性の作品を描くことができたんです。そんな経緯から、佐渡島さんに自身初の創作マンガを読んでもらう機会に恵まれ、それをきっかけにコルクにお誘いいただき、現在に至ります。
吉本ユータヌキ著『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』(SDP)
―壁にはぶつかられたものの、順調な滑り出しのように思えるのですが。
吉本:自分的には、コルクに誘ってもらえたことで「君には才能があるよ」と認められた、という感覚があったんですね。それで、「自分は創作漫画を描ける人間なんだ!」という自信を持てた。
でも、実際にコルクに入ってみたら、そこには自分以上に才能も情熱も持った人たちがたくさんいて、なんだかすごく申し訳ない気持ちになってしまったんです。それで、「漫画家」と名乗ることが怖くなってしまい、ついには描けなくなってしまいました。
吉本:描くこと自体は楽しいし、心のなかでは「ぼくは自分なりのスタイルで描いていけばいいんだ」とわかっているんですけど、世間にとっての「漫画家」像に近づいていかなくては、という思い込みのせいで、苦しくなっていたのだと思います。そんな折に佐渡島さんからご紹介いただいたのが、公認心理師の中山さんでした。
―具体的に、コーチングとはどのようなものなのでしょうか?
吉本:手法はさまざまだと思いますが、ぼくが受けたのは、「雑談会」というものを設けてもらい、その都度、自分の抱えている悩みや感じているモヤモヤについて中山さんに話す、というのが基本的な内容です。
―その経験は、吉本さんの創作にどのような影響を与えましたか?
吉本:仕事への向き合い方がだいぶ変わったように思います。 例えば、担当編集者さんからの「ここは、もうちょっとこうしたほうがいいんじゃないですか」みたいな反応に対して、「否定された」「ダメだったんだ……」と落ち込むのではなく、ひとつの意見として一旦受け止めたうえで、「じゃあ、こうすれば良くなるかな?」と考えられるようになりました。
あるいは、編集者さんの反応があまりよくなかったり、そっけないものだったりしたときに、「これ、どうでしたか?」と、むしろ自分から積極的に意見を聞けるようにもなりました。仮に一度落ち込んだとしても、そこで終わらず、もう一アクション自分から起こせるようになったのは、とても大きな変化でしたね。
以前は、もし同じような状況にあったとしたら、その仕事が終わったあとも「これでよかったのかな?」とグジグジ悩んでいたと思います。
―つまり、消化不良というか、納得できない部分が解消されないままフィニッシュしてしまっていたかもしれない、ということですね。
吉本:はい。編集者さんも締め切りが来たからしぶしぶOKを出したんじゃないか、みたいに考えて、落ち込んでいたのではないでしょうか(苦笑)。
―ちなみに、吉本さんはコーチングを受けられて、その効果が出るまでにどのくらいの時間を要しましたか?
吉本:効果を実感するのに、1年以上かかりました。コーチングというもの自体を受け入れるまでにもかなりの時間が必要でしたし、明快な「答え」がなかったのも、その大きな理由です。
正直に言えば、中山さんに対して「コーチングを受けているのはぼくなのに、なんでこっちにいろいろ聞いてくるんだろ?」「アドバイスが欲しいんだけど」とずっと思っていましたしね。それから、モヤモヤ話をしていると「そのとき、どんな感情を覚えましたか」みたいなことを聞かれるんですけど、それがすごく怖かったです。
―自分の感情を、あらためてしっかりと見つめることに抵抗があったわけですね。
吉本:だって、日常的に自分の感情を問われることって、そんなに多くないじゃないですか。しかも、「こう思った」と答えても、「そのさらに奥にある気持ちは?」とか聞かれたりするんですよ。どんどん自分の心が裸にされていくようで、やはり最初は強い抵抗がありました。でもきっと、話を聞いている中山さんにはわかったんでしょうね。相手が本心から言っているわけではないな、本当に願ってることがほかにあるんだろうな、って。
だから、これは強調しておきたいのですが、この本を読んでも、なかなか解決できない問題は絶対にあります。それで、解決できない自分はダメなんだ、と思い込んでしまう方もいるかもしれません。でも、その考え自体が思い込みである、ということに、時間をかければ気づくことができるはずです。
―ゆっくりと、しかし着実に効果はあったということですね。では、コーチングならではの特徴みたいなものは、どのへんにあるのでしょうか?
吉本:先ほども少しお話ししましたが、やはり、一般的な悩み相談などとは違って、中山さんからのアドバイスや意見みたいなものがほとんどないことですね。「そうなんだ、そうなんだ」と共感しながら聞いてくれて、その後に「で、どうしたいと思ったの?」「じゃあ、これからどうする?」というような問いかけがある。なので、基本的にはぼくが1人でずっと喋っている感じでした。
これを1年間ほど続けていくなかで、自分が他人の目や、他人からの評価をすごく気にする性格だということに気づいていきました。ぼくには、他人から期待されたら、それに応えなければいけないという、ある種の強迫観念があって、「自分がどうしたいか」ではなく、「他人からどう思われたいか」という考えに縛られて生きてきたことがわかってきたんです。
―ご自身の思考の癖、みたいなことでしょうか。
吉本:そのとおりです。遡って考えてみれば、いろいろと思いあたることがありました。ぼくは18歳の頃から7年間ほどバンド活動をしていたのですが、そのときもお客さんからの期待に応えなきゃいけない、と思いながらやっていたな、って。さらに遡れば、小さい頃から親の期待に応えなきゃと、無意識のうちにプレッシャーを感じていたことも思い出されてきました。
そうした思考の癖が染みついていて、それが漫画を描く仕事にも大きな影響を与えていたのだと思います。そのことに気づけたことで、ぼくはすごく楽になったんですね。
―抱えている問題が可視化され、ご自身で意識できるようになったことで、解決への糸口が掴めた、と。
吉本:はい。自分の周囲を見渡すと、似たような悩みを抱えている人がいっぱいいることに気づいたんです。本のタイトルにもなっている、「気にしすぎな人」たち——ちょっとしたことでモヤモヤしたり、「自分なんて……」とクヨクヨしたりしていて、自分が本当にしたいことをできずにいる人たちですね。
彼ら・彼女らが少しでも楽に生きられるよう、会社員時代などに自分が経験した悩みや、近年のコーチング経験を活かすことができないだろうか。そんなふうに考えたのが、この本をつくるきっかけでした。
―本書は、さまざまなモヤモヤや悩みを例に挙げ、「どうすれば、その先に進めるか」を対話形式で考えていくつくりになっていますね。
吉本:先に進むために、中山さんの「で、どうしたいと思ったの?」「じゃあ、これからどうする?」という問いかけがあったのだと思います。ぼく自身に関して言えば、例えば何か問題に直面すると、ついつい悪いほうへ悪いほうへと考えがいってしまう癖がありました。で、それを「自分はネガティブな性格だから」という結論で完結させてきた。つまり、そういう性格だからしょうがない、変わりようがない、とあきらめていたわけですね。でもコーチングは、そこから「じゃあ、自分はどうしたいのか?」を考えることで、その一歩先を模索することをうながしてくれました。
―自分の悩みやモヤモヤに対峙するときに、まず「自分を知る」ということが解決の第一歩になる、ということでしょうか。
吉本:そうですね、「自分の気持ちに気づく」というのが、一つ目の重要なステップなのだと思います。それでいうとぼくは、他人からどう思われているのか——いわば「人は自分にこういうことを求めているに違いない」という思い込みのなかにいたので、そこには「自分」がなかったのでしょうね。そのことに気づけたことが、思考パターンを変える大きな第一歩になったと思っています。
―「思い込み」というのは、本書において重要なキーワードですよね。例えば、本書の「自分の考えや仕事を否定されて…クヨクヨ」というエピソードでは、頑張って書いた自信のある企画書にダメ出しをされて落ち込んでしまった、という事例が紹介されています。これは、「自分の仕事を否定された=自分を否定された」という思い込みに端を発している、とも言える。日常生活では、人に自分の仕事や意見を否定されることはままあります。当然、傷つくわけですが、実際には、自分で思っているほどの否定ではないかもしれないわけですよね。
『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』p.86より
吉本:そうですね。こっちが勝手に強い否定——つまり「攻撃」のようにとらえてしまっているだけで、実際には建設的な意味合いで言っている場合も少なくないと思うんです。
こういう思考回路は一事が万事で、多くのコミュニケーション上の悩みにつながっています。例えば、仲良くしている人たちの輪に入りたいけども、水を差してしまうようで躊躇してしまう、という状況があるとします。でも、自分のそうした積極的な行動を、相手が「ウザい」「イヤだな」と本当に思うかどうかは、実際に相手に「迷惑ですか?」と聞いてみなければわかりません。
あらゆる状況とそのときの感情には、「思い込み」が介在しているかもしれないと考えてみることで、精神的にも楽になりますし、行動の選択肢もぐっと広がるのではないでしょうか。
―先ほど、「あらゆる状況とそのときの感情には、『思い込み』が介在しているかもしれない」というお話がありました。つまり、他者がどう思っているのかは、究極的には知りようがない。この本では、そこに思い悩むくらいなら、いっそ直接聞いてしまって、「ひとり相撲」を「ふたり相撲」にしてはどうか、とアドバイスしていますね。
吉本:身も蓋もない話ですけど、正解は相手の頭のなかにしかないので、実際そのとおりなんですよね。頭のなかでモヤモヤと「かもしれない」相手をつくり上げて、ひとり相撲で消耗するより、自分が 「聞きたいこと」「伝えたいこと」をストレートに相手に伝えたほうが話が早い。
例えば、本のなかに「未完成の仕事を人に見せられなくて…ズルズル」というエピソードがあります。上司に資料の作成を頼まれたけれど、中途半端なものを出すのは抵抗があって、結果的にずるずると提出が遅くなってしまった……という悩みです。
この人は、「これで大丈夫なのかな?」とか「こんなもの提出して怒られるんじゃないかな?」とか「自分では頑張ったつもりだけど、これで100点もらえなかったらどうしよう?」みたいことで頭がぐるぐるとしてしまっているわけですが、これも全部自分の思い込みかもしれないんですよね。
上司が求めている資料は、あくまで、それを元に議論するための叩き台だから20点くらいのものでいいのかもしれない。完璧さよりもスピードを求めているかもしれない。だとしたら、完璧なものを目指して時間がかかってしまうよりも、そこまでのクオリティーじゃなくても早めに提出するくらいのスピード感があったほうが喜ばれます。
理想を言えば、最初から「これはいつまでに提出するといいですか」と聞いてみたり、なかなかうまく書けないのなら、素直に「いまこういう状況なんですけど、どうしたらいいでしょうか」と意見を仰いでしまったりするのがベスト。「聞いていけないことはない」と思えたら、いろいろなことが楽になるはずですからね。
―究極的には、コミュニケーションの問題ということですね。見方を変えると、質問しやすい雰囲気を上司のほうがつくってくれたら、部下の方たちも気兼ねすることなく質問できて、理想的なコミュニケーションが生まれる気もしますが。
吉本:本書では、他人を変えることは簡単にはできないという前提のもと、できるだけ自分のなかのモヤモヤに焦点をあてて、そこから解決の糸口を見つけていくかたちをとっていますが、上司側の人に部下の悩みに気づいてもらう一つのきっかけになったらいいな、と思いながら書いたところもあります。
これは「心理的安全性」——ここでは何を言っても大丈夫と思える安心感みたいなものだと思うのですが、なんでも質問していい関係性を築くことは、部下のため「だけ」ではありません。仕事への士気やクオリティーにも関わってくるので、結果的には「みんなのため」なんですよね。
―最後に、コーチングに興味を持った方に対してメッセージをお願いします。
吉本:コーチングしてくれる人のスキルやその人との相性はとても大事です。そして、コーチングには速効性はありません。じっくりじわじわと、こういう手段があるんだな、という、いわば「考え方のストック」を少しずつ増やしていくような作業です。そして、その積み重ねが徐々に効いてくる。
ぼくは今年37歳になりますが、この年齢になっても、日々、新たな気づきがあります。だから、いつから始めても遅い、ということはありません。本書が、読者のみなさんの視点や考え方の癖を変える、ひとつのきっかけになったら、これに勝る喜びはありません。