2023年03月12日 10:01 弁護士ドットコム
日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。
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トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。
今回紹介するケースは、引っ越し会社の作業中になくなったとされた顧客の財布を探すため、会社に戻ってきた作業員に対し所持品検査などをしたことは違法だとして、損害賠償を求めて提訴したという事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。
こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
裁判例をザックリ解説します。
「顧客の財布がなくなった!」
引っ越しを行う会社で起きた事件です。
Xさんは引っ越し作業員です。
上司が「キミまさかお客さんの財布を盗んでないよね?」
みたいな感じでXさんの身体を検査しました。
この事件、顧客のチョンボでした。
翌日、財布は顧客のところから発見されたんです。
~ 結果 ~
裁判所は「こりゃ違法だわ」と判断。
会社に対して30万円の賠償を命じました(日立物流事件:浦和地裁平成3年11月22日判決)
身体検査なんぞ、よほどのことがない限り実行できません。
以下、事件の内容と過去のプライバシー裁判例などを解説します。
ある日、Xさんは他の従業員3人と一緒に顧客Aさん宅の引っ越しを行いました。
Xさんが玄関で梱包作業をしていた時、
下駄箱の上の【財布らしき物】が邪魔だったので台所へ移動させました。
朝から夕方にかけて引っ越し作業を終え、営業所に帰っていたところ・・・
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▼財布がなくなったー!
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顧客Aさんが営業所にTELをしました。
営業所長Yが電話を受けたところ、顧客Aさんは強い口調で、
「財布がなくなったから急いで調べてほしい」と言いました。
顧客Aさんは銀行関係の方だったようです(判決では「銀行の者」と記載)。
営業所長Yは「よりによって銀行関係の方かよ、エライこっちゃ...」と考えたのでしょう。
引っ越し作業をしていた従業員の所持品検査を決意します。
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▼ ブラインドをピシャ
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電話を終えた営業所長Yは、
自分がいた守衛室のブラインドを閉めました。
他の従業員に見られずに所持品検査を実施するためです。
そこにいた従業員は「所持品検査をしたら問題になりますよ」と言いましたが、
営業所長Yは聞く耳を持ちませんでした。
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▼ 身体検査&所持品検査
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Xさんが営業所に戻ってきました。
営業所長は顧客Aさんの財布がなくなったことを伝え、
引っ越し作業の状況を尋ねました。
Xさんはその日の作業状況を伝えました。
すると営業所長Yは、
Xさんのポケットの中身をすべて机の上に出させ、
服の上からXさんの胸、腹、腰にかけて触りました。
腰あたりに固いものを発見!営業所長Yは「これは何か?」と尋ねたところ・・・
・・・腰痛防止ベルトでした(ここも損害賠償額アップに繋がったと思います)。
さらに営業所長Yは、
車の運転席のダッシュボードを開けたり、
運転席の背もたれを剥がしてホーム袋を取り出したり、荷台も調査しました。
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▼ 顧客Aさんのチョンボ発覚
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翌朝、Xさんは自分への疑いを晴らすべく、
引っ越しセンターと顧客AさんにTELしました。
すると、顧客Aさんの所から財布が発見された、と。
おいおいAさんよ...
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▼ Xさんの怒り爆発
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そりゃブチギレますよね。
Xさんは営業所長Yに対して、
「最初からドロボー扱いして!」などと言って怒りをぶつけました。
すると、営業所長Yは以下の言葉をかけました。
判決からそのまま引用します。腹立ちますよ~。
「あって良かったね。自分で客が管理してくれればこのようなことはなかったね。後味の悪い思いをさせて悪かった。胸の内にしまってくれ」
しまえるか~。
Xさんは「自分としては組合にも話してあり、絶対に許せない」と答えました。
舞台は法廷へ。
裁判所は「こりゃ違法だね」と判断。
会社に対して30万円の賠償を命じました。
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▼所持品検査できるケース
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過去の裁判例で、最高裁は以下のとおり述べました。
「所持品検査できる旨の就業規則など明示の根拠が必要。そういう就業規則があったとしても、所持品検査を必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない」(これは最高裁で示されている基準です(西鉄事件:最高裁昭和43年8月2日判決))。
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▼本件について
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裁判所は即切りでしたね。
「そもそも所持品検査できる旨の就業規則ないよね。この点で既に違法と言わざるをえない」と判断。
所持品検査の必要性や相当性の検討に進む前にバッサリ切りました。
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▼ 会社側の反論
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営業所長Yは裁判で
「Xさんの身の潔白を証明するために所持品検査をしたんです」
と証言しましたが、裁判所は受け入れず。
また会社は
「会社の信用を守り、顧客Aさんを納得させるためだった」
と主張しましたが、
裁判所は
「所持品検査は常に従業員の人権を侵害するおそれがある。なのでそれだけの理由では違法性を否定することはできない」と判示しました。
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▼Xさんのどんな権利を侵害?
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■ 名誉毀損および信用侵害
〈理由〉
所持品検査されているところを他の従業員にも見られたなど
■ プライバシー侵害
〈理由〉
身体検査によって腰痛防止ベルトの着用を暴露された
■ 自由権の侵害(身体的自由)
〈理由〉
Xさんの承諾がないのに身体検査および所持品検査
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▼ なぜ30万円?
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Q.
なんで慰謝料の金額が30万円なんですか?
A.
よく聞かれるんですが裁判官の采配なんです。
裁判官の脳内でいろんな事情がミックスされて金額がはじき出されます。
今回の裁判官がいうには「Xさんが社内で受けていた評価、本件身体検査を含む所持品検査の目的・態様・その後の営業所長Yらの対応など、諸般の事情を総合考慮」したら30万円とのことです。
まぁココは出たとこ勝負なんですが、腰痛防止ベルト暴露が加算ポイントになったことは間違いないと思います。あとは、Xさんは勤続約23年で優秀な社員だった(無事故表彰を受けたこともあった)ことも考慮されたと思います。
プライバシー関連の裁判例をいくつか挙げます。
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× 違法
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■ 会社や外での監視や尾行、私物の撮影
(関西電力事件:最高裁平成7年9月5日判決)
■ 組合活動についての情報収集のため従業員の控室に盗聴器を仕掛けた
(岡山電気軌道事件:岡山地裁平成3年12月17日判決)
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○ 合法
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メールの調査で合法とした裁判例があります。 調査の必要性と相当性があれば合法になることがあるので、
プライベートメールには注意しましょう。
■日経クイック情報(電子メール)事件:東京地裁平成14年2月26日判決
ある社員に対して誹謗中傷メールが送られたんです。
そのメールはある従業員のPCから送信されていました。
そこで会社がその従業員のPCを調査したという事例です。
この事件では必要性も相当性もあるという理由で調査OKとなってます。
■ F社Z事業部(電子メール)事件:東京地裁平成13年12月3日判決
メール誤爆事件。
女性社員が上司の批判を夫に送信するつもりが【上司に】送信してしまったんです。
オーマイガです。それを発端として調査が始まりました。
裁判所は「上司が独自の方法で調査をスタートしたことは相当とはいえないが、社員の私用メールも多いし、結論として社会通念上相当な範囲を超えた調査といえずOK」と判断しました。
裁判所の考え方としては、
私用メールにも一定のプライバシーはあるけど、
会社のPCを使ってるんだからある程度プライバシーは制限されるよ、というものです。
「プライバシーへの踏み込みが過ぎない?」と感じたら、社外の労働組合か弁護士に相談してみましょう。
今回は以上です。
これからも働く人に向けて知恵をお届けします。
またお会いしましょう!
【筆者プロフィール】林 孝匡(はやし たかまさ):【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1