2023年03月09日 10:31 弁護士ドットコム
山形県内で女子更衣室に盗撮目的でスマートフォンを設置したとして、県迷惑行為防止条例違反(卑わいな行為の禁止)と建造物侵入罪に問われた男性に対する裁判を巡り、山形地裁と仙台高裁で異なる判断が出た。
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山形地裁(土倉健太裁判官)は2022年3月、建造物侵入罪について「身体の全部が入っていなければ成立しない」として無罪と判断。一方、仙台高裁(深沢茂之裁判長)は2023年1月、「身体の大部分が入っていれば成立する」とし、一審判決を破棄し、有罪とした。
刑事弁護に詳しい神尾尊礼弁護士によると「『身体のどこまで入れば侵入といえるか』は、確定的な判例はない」という。詳しく解説してもらった。
一方、仙台高裁は
①明確に区画された独立の空間である女子更衣室内に
②盗撮するためにスマホを設置するという目的を達するのに十分な時間といえる5秒程度
③頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部及び左足全部を少なくとも入れていた
と認定し、有罪としました。
刑法の謙抑性という大原則を守るべきではないか、結論からみて不当だから有罪にしてよいというのは乱暴だと私は思います。
また、刑法には不意打ちをしないという原則もあります。従来処罰の対象でなかった行為が、ある日突然、対象になってしまったら日常生活が萎縮してしまいます。
本件のような侵入は、通説では建造物侵入罪として問われていなかったのですから、少なくとも建造物侵入罪は成立しないとされるべきでしょう。特に「社会通念」というあいまいな基準にしてしまうと「犯罪にしたいから犯罪になる」といった結論ありきの議論になってしまいがちです。
例えば釣銭詐欺という類型があります。
釣銭が多いことに気付きながら受け取った場合=詐欺罪が成立釣銭が多いことに家に帰ってから気付いた場合=詐欺罪は成立しない
後者は、気付いたときにはすでにお金が移転していて、行為(不作為)と処分行為に因果関係がないので、詐欺罪には当たらないのです。詐欺の行為というのは「騙してお金を取った」ですので、因果関係がない以上、結論が分かれるのは逆に当然といえるのです。
もちろん、後者の場合でも無罪放免ではなく、遺失物等横領罪が成立したり、民事上の賠償責任を負ったりします。建造物侵入に関しても「その罪にはならないけれど、他の罪が成立する」という結論が妥当のように思います。
盗撮に関しては、処罰する「法律」がありません。国による統一的な規定がない、という意味です。原則として各地の迷惑行為防止条例によって処罰されてきました。都道府県ごとに適用される条例が変わることになります。
スマホなど撮影機能のあるデバイスが増えたことにより、盗撮の被害が増え、2つの問題点が指摘されていました。
①都道府県をまたぐ場合や、どこの都道府県での行為か分からない場合、どうするか。同様に国法がない痴漢行為が旅客機内で行われた場合、適用される条例が分からないことがあった。
②条例によって文言にばらつきがある場合、どうするか。例えば「公共の場所」での行為が禁止されている場合、学校などでの盗撮・痴漢行為が対象から漏れてしまうが、東京などでは「学校」も対象に含まれていて、行為地によって処罰されるかどうかがまちまちになる。
現在、法制審で新設される方向で議論されている盗撮罪は、こうした問題点を払拭すべく、国法として規定しようというものです。日本国内であれば①のような適用法令が分からないということもなくなりますし、②のような文言のばらつきも解消されます。
このように、時代に合わせて刑罰の対象を拡大させたい場合、法律を制定するという手段によるべきであり、建造物侵入の二審のように解釈によって拡大させるのは適切ではない、と私は考えます。
【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com