2023年03月07日 10:21 弁護士ドットコム
令和5年2月末、各メディアが一斉に青森県警察の不適切事案を報道しました。タクシー運賃の支払いをめぐって、客が運転手に暴力をふるい、全治7日程度のケガを負わせた傷害事件について、現場の警察官が被害者の意向に反して「微罪処分」で片付けようとしたという事案です。
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多くの方は、今回の報道で初めて「微罪処分」という用語を耳にしたのではないでしょうか。なぜ現場警察官は半ば強引に、この聞き慣れない微罪処分で収めようとしたのか解説します。(元警察官/ライター・鷹橋公宣)
FNNプライムオンラインなどの報道によれば、事件は今年(2023年)1月に起きました。
お金を持たずにタクシーに乗車した50代男性が、降車時に運転手と口論し、運転手に全治7日間程度の怪我をさせた他、車の一部も破損させます。通報を受けて駆けつけた警察官は運転手に、「『微罪』っていう処理があるので、それでもいいかな?」と持ちかけたそうです。
報道を受け、警察官の対応についてネットでは「面倒だから?」などと呆れる声が多数あがりました。
警察が犯罪捜査をした場合、原則として検察官に送致しなければなりませんが、「検察官が指定した事件」については、例外的に送致しなくてもよいとされています(刑事訴訟法246条)。微罪処分もこの例外に該当するとされています。
具体的には、警察捜査の基本を定めている「犯罪捜査規範」の第198条~第200条に規定されている手続きです。犯罪事実が極めて軽微な犯罪にのみ適用できる手続きで、微罪処分となった場合は検察官への送致を要しません。
刑事裁判を提起できるのは検察官だけなので、検察官への送致を要しないということは実質「お咎めなし」です。
ただし、微罪処分による処理が可能な事件には条件があります。
まず、対象となるのは、あらかじめ各地方検察庁から指定された犯罪だけです。各都道府県によって若干の差がありますが、おおむね窃盗・詐欺・横領・暴行・賭博などに限られています。たとえ被害が軽微でも、指定されていない犯罪には微罪処分を適用できません。
次の条件が「犯情が軽微で、偶発的な犯行であること」です。悪質性が低く、計画的な犯行ではないと解釈すればわかりやすいでしょう。たとえば、暴行といっても凶器を使用していない、賭博でも常習性がないといった状況が当てはまります。共犯者が存在する場合も、この条件に照らすと微罪処分にはなじみません。
さらに「被害が僅少であること」も条件です。被害額の基準はおおむね2万円以下とされているので、高額商品を盗んだり、多額の金銭をだまし取ったりしたケースでは微罪処分を適用できません。
また「前科・前歴がない」という条件もあります。微罪処分は、一度限りの特例のようなものです。たとえ軽微な事件でも、同じようなことを繰り返しているのなら反省はみられないのだから、処罰なしというわけにはいかないでしょう。
最後に「逮捕・告訴告発・自首事件ではないこと」です。これらはすべて刑事訴訟法にもとづく厳格な刑事手続きなので、警察のみで判断せず、検察官へと送致してその後の処分を委ねるのが原則となっています。
これらの条件を満たしたうえで、さらに次のような基準も原則として満たさなくてはなりません。
・被害者が被疑者の処罰を望まず、微罪処分に納得している ・警察が被疑者を厳しく戒めたうえで、身元引受人による監督が誓約されている ・被疑者が被害者に対して謝罪や弁済を尽くしている、またはこれを約束している
なお、微罪処分は成人が起こした事件を対象としているので、未成年には適用されません。
今回の事件は、無抵抗な被害者に対して執拗に暴力をふるってケガを負わせた傷害事件です。それなのに、問題の現場警察官は、刑法の定めでは「暴力を受けたがケガをしていない」という事案に適用される暴行罪で処理しようと話を進めました。
たしかに、報道を見る限りでは出血を伴うような外傷は見られなかったようですが、何度も握り拳で顔面を殴っているので、腫れや皮下出血といったケガが認められたはずです。
しかも、被害者は「ちゃんとやってほしい」「被害届を出したい」と述べており、微罪処分を望まない、つまり「お咎めなしでは許さない」と明言しています。各条件に照らしても、微罪処分では処理できない状況だったのは明らかです。
それなのに、なぜ現場に駆けつけた女性警察官は「運転手さんも拘束しなくちゃいけない」などと被害者を柔らかい口調で脅しつつ、罪名をねじ曲げてまで強引に微罪処分を勧めたのでしょうか?
最大の理由は「微罪処分ならカンタンに事案を処理できるから」でしょう。
正式に被害届を受理する場合は、少なくとも、代書による被害届の作成、被害者の供述調書の録取、被害者立会いのもとでの写真撮影、容疑者の取り調べと供述調書の録取などの捜査が必要になります。
事件の発生は深夜でしたが、これらの捜査を尽くせば夜明けまでかかるのは確実でしょう。 ところが、微罪処分なら必要な情報がひとつにまとめられた簡易的な様式の書類を作成するだけで済みます。
この「カンタンな書類作成だけで済む」という点は、現場の警察官にとって大きなポイントです。
今回の事件で「微罪でいいよね?」と押し付けたのは、女性の警察官でした。すると、微罪処分の書類もこの女性警察官やペアの勤務員が作成するというのが当然の流れですが、カンタンな書類作成だけで済むので、交番勤務の地域警察官に丸投げできてしまうのです。
丸投げされた地域警察官にとっては迷惑な話…かと思えば、そうでもありません。微罪処分を処理すれば、その地域警察官にとっては「刑法犯の検挙数1件」という実績が与えられます。
日ごろから勤務実績を口やかましく言われる地域警察官にとっては、まるで「棚からぼたもち」のように刑法犯の検挙が手に入るというだけでも嬉しい話だったはずです。
こういった「面倒なのでカンタンな処理で済ませてしまいたい」「実績をもらえるなら喜ぶだろうし、地域警察官に丸投げしてしまいたい」といった心理が、今回の不適切事案につながったのだと推察されます。
今回起きた青森県警の不適切事案は、表面的には「事件化すべき事案を正しく扱わなかったという職務怠慢」という点が大きな問題点のように見えてしまいます。
たしかに「自分が被害者になったら…」と考えたとき、厳しく対処してほしいのに微罪処分で片付けられてしまうかもしれないと想像すれば、誰もが警察への不信感を抱いてしまうでしょう。
警察への信用失墜を招いたという意味では、厳しく批難されるのも当然です。
しかし、問題はそれだけではありません。もっと大きな問題となるのは「微罪処分」という手続きの誤解です。
今まで微罪処分という手続きの存在を知らなかった人が多いなかで、今回の不適切事案を通して「ちょっとした事件なら微罪処分で済まされるかも」という誤った期待をもってしまう人がいるかもしれません。
一度限りなら捕まっても微罪で許してもらえるといった誤解が広がれば、万引き・置き引き・自転車盗・軽微な暴行といった生活に密接する犯罪が増加してしまうおそれがあります。
本来は微罪処分の対象ではないのに、自分が楽をしたいからといって微罪処分を押し付けようとする警察官がいるという現実は、誤解の拡散に拍車をかけるでしょう。
全国の警察には、微罪処分の厳格な運用が求められます。
【プロフィール】 鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年、広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。