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ウィシュマさん事件から2年「人の命を奪った自覚なし」 悪化の一途をたどる「入管」に立ち向かう支援者

2023年03月06日 10:51  弁護士ドットコム

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スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが、適切な医療を受けることができないまま、名古屋入管の収容施設で命を落としてから、今日3月6日でちょうど2年を迎える。


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昨年3月4日、彼女の一周忌を前に国家賠償訴訟が提起されて、同12月には、亡くなる直前のウィシュマさんの状況を映した5時間分のビデオが法廷で公開されることも決まった。



だが、生前のウィシュマさんを救おうとした名古屋の支援団体「START 外国人労働者・難民と共に歩む会」で顧問をつとめる松井保憲さんと学生代表の千種朋恵さんは「提訴から1年経つが、裁判が本題に入り、審理が始まるのはこれから」と話す。



姉の死の真相究明と再発防止を訴えるウィシュマさんの妹さんたちとともに、この裁判に社会の関心が向くようにと活動を続ける2人に、事件前後で名古屋入管の体制や対応の変化、裁判の状況を聞いた。(取材・文/塚田恭子)



●自力で歩けないのに、職員は「大丈夫、大丈夫」

2011年から、名古屋入管での面会活動を中心に、外国人たちの支援活動を続けているSTART。メンバーは2020年12月中旬以降、27回にわたって、ウィシュマさんと面会していた。



「食べられない、吐いてしまう、舌や唇、手足が痺れる、痛むなど、ウィシュマさんの体調は1月中旬頃から明らかに悪化していました。そして1月28日の夜には吐血してしまいました。



2021年2月に入ると、歩くこともできなくなり、収容自体が間違っている状況でしたが、応急処置である点滴すらしないのに、処遇部門の職員は『大丈夫、大丈夫』の一点張りでした。



なぜ、点滴も打たず、外部病院への入院、治療もさせず、仮放免も認めないのか。職員との間ではいつも口論になっていました」(松井さん)



STARTのメンバーが、ウィシュマさんへの面会を重ねたのは、そのたびに体調が悪化してゆく彼女を見て「このままでは命が危ない」と懸念したからだ。



外部病院での入院、治療、それがだめなら仮放免を認めるよう、繰り返し申し入れたにも関わらず、いずれの処置も取らなかったことで、名古屋入管は最悪の事態を招いてしまった。



●「彼らは、人の命など、本当に何とも思っていない」

ウィシュマさんが亡くなる直前2週間分の映像について、入管側は当初、公開を拒んでいた。しかし、2021年8月、遺族と弁護士に映像の一部は開示されて、2021年12月には、衆議院と参議院の法務委員会でも開示された。



その後、遺族は国賠訴訟を起こす。証拠提出をめぐる原告と被告のやりとりを経て、2022年12月、法廷で映像が公開されることが決まり、現在、民事訴訟記録の閲覧手続きを踏めば、裁判所で視聴することが可能になっている。



この間、入管は内部調査によって、中間報告書、最終報告書を公表している。報告書の作成にあたり、聴取を受けた松井さんはそのときのことをこう話す。



「入管の調査チームの検事たちは、中間報告作成に当たっての事情聴取において、ウィシュマさんの仮放免を要求していた私たちが、『本当はウィシュマさんの面倒を看る気はなかったのではないか』と言わんばかりに、何度も何度も質問をしてきたんです。



衰弱していた彼女は、滞在を予定していたシェアハウスで介護できるような状況ではなかったので、私たちは仮放免になったら、すぐに入院させようと思っていました。



これに対して調査担当の検事は『仮放免になっても就労できず、健康保険にも入れないため相当高額の医療費が想定される。このあたりの御工面があったのですか』と聞いてきたんです。一支援者個人ではそんな負担ができるはずない、だから本当は面倒を看る気などなかったんだろう、と言わんばかりの態度でした。



『それは私たちが決めることで、あなたたちにとやかく言われる筋合いのことではない』という趣旨の話をしても、彼らが納得する答えをしなければ、延々と聞き取りが続きました。お金が有るか無いかにこだわっていて、人の命と健康を守ることについて、本当に何とも思っていないんです」(松井さん)



●STARTの面会にだけ「警備官」が立会する

今年2月、ウィシュマさん事件をモチーフにした舞台『入管収容所』が上演された。



松井さんと千種さんは、この演劇に登場する支援者のモデルになっている。舞台では、入管側がSTARTと思しき支援団体を煙たがり、同団体が収容者に面会するときだけ、職員が立ち合うという「公正さを欠く態度」が描かれている。



「名古屋入管では、面会への立ち合いを『立会』(りっかい)といいます。面会には職員が立ち合うのが『原則だ』と入管側は主張しますが、彼らはSTART以外の面会にはほとんどまったく立会していません。この点は何度も論争していますが、彼らは譲りません」(松井さん)



名古屋入管が、ことSTARTに対してだけ、ほかの支援団体とは異なる対応をするのはなぜか。



「活動を始めた当時、名古屋入管ではそれまでにない大規模なハンストが起きていたのですが、私たちはこの問題の解決に関わっていました。入管側はSTART抜きに収容者に対応できなかったので、結局、私たちの要求を吞まざるを得なかったんです」(松井さん)



STARTでは、面会を通じて当事者から事情を聞き取り、問題と感じた点について、各担当部署に文書で申し入れをおこなったという。



だが、名古屋入管はウィシュマさんが亡くなって以降、それまで支援者がやりとりしてきた処遇部門と執行部門の事務所への立ち入りを禁止し、窓口を総務課だけに変更した。



「名古屋入管では処遇と執行部門の窓口が閉鎖され、今、支援者がやりとりできるのは、総務課だけになっています。以前は総務課の職員も、必要に応じて収容場に行って収容者と話をしていたし、処遇部門と連携していたので、彼らもある程度、現場のことを把握していました。



ところが事件後、収容場のことはすべて処遇部門が管理し、総務課はノータッチとなりました。総務課は単なる窓口と化し、現場のことは支援者から聞いて初めて知る、という状況です。



二の舞を踏まないようにと、体調不良の人は仮放免にするなど、各担当部署はそれなりの対応をするようにはなっています。ただ、窓口である総務課からは『申し入れに回答する義務はない』として、説明がありません」



●入管側は「9カ月間』も証拠開示を拒み続けた

ウィシュマさんの死の真相究明と遺族への賠償を求める国賠訴訟は2022年3月4日に提起された。だが、原告側が求めてきたビデオ開示に国側が応じるまで、9カ月間かかっている。



「提訴から1年経ちますが、被告の国側は、証拠のビデオの提出を長く引き延ばしてきました。また、国は訴状に対して何を認め、何を認めないか、認否を明らかにしていないため、本来、法廷でおこなわれる審理がまだ始まっていません。



ビデオの公開法廷での上映も決まりましたが、残された295時間のうちの5時間分、それも保安上の理由といって開示を拒み続けてきた入管が編集して、出してきた映像です。自分たちに不都合なことは明かさないなど、作為が働いているだろうと、そう思わざるを得ません」(松井さん)



公開された映像には、職員が収容者を人として扱っていない場面があり、見た人は一様に、現場の職員の対応を問題視している。だが、松井さんは、これも入管側は意図してやっているのではないかと言う。



「最終報告書でも、問題は現場の職員とされていて、局長や次長の責任はほとんど言及されていません。入管はあえて、悪いのは現場の職員と印象づける場面を拾って編集しているのではないかと思います」



●国は「世間の関心が薄れるのを待っている」

松井さんと千種さんにかぎらず、支援者が何より恐れるのは、入管の中で人が亡くなることだ。



「人が亡くなる事態を引き起こさないよう入管に働きかけることが支援の鉄則です。ウィシュマさんの命を救えなかったことは、支援者として失格に等しいことで、同じことを繰り返さないという思いで活動しています。



そのためには、外の目が入らない、閉鎖的な場所で起きていることを人々に伝え、社会問題化することが必要です。



入管問題の解決に欠かせないのは、差別や抑圧を受けている当事者が立ち上がることです。当事者が立ち上がることができる支援を徹底していく。それがSTARTの支援活動だと考えています」(松井さん)



千種さんは、難民や国際協力への関心から、大学1年のとき、STARTの学内企画に参加。難民の当事者から、収容時の経験を聞いて憤りを感じたことから入管問題に関わり、現在、STARTの学生代表をつとめている。この2年間を千種さんは次のように振り返る。



「松井さんもおっしゃいましたが、ウィシュマさんを救えなかったことは、STARTにとって汚点で、入管は人を殺すようなところなのだと、あらためて実感しています。



人が殺されているのに、入管側は誰も罪に問われず、責任を取っていません。法廷で被告の態度は、遺族のことも裁判のことも軽んじていて、人の命を奪った自覚は感じられません。



家族を亡くした深い悲しみと苦しみの中で、妹のワヨミさんとポールニマさんは、真相究明と再発防止のために日本に滞在して活動を続けています。



ビデオを見たワヨミさんは、人として扱われず、日に日に衰弱していく姉の姿に耐えきれず、具合が悪くなり、途中で退席してしまいました。



それでもこの映像を日本の人にも見てもらうことで、入管がどんなところかを知ってほしいと、そこまで覚悟して活動しているんです」



入管法は、傷病者の措置として「所長等は、被収容者がり病し、または負傷したときは、医師の診療を受けさせ、病状により適当な措置を講じなければならない」(30条)としている。にも関わらず名古屋入管は、誰が見ても危険な状態の被収容者を収容施設に留め置いた。



ウィシュマさんの死は、入管自身が「入管法に違反した」ために招いたといえる。だが、裁判の進行をいたずらに引き延ばすという態度が示すように、国側は、世間の関心が薄れることを待っているように思える。私たちはそのことを忘れてはいけない。



●「START 外国人労働者・難民と共に歩む会」

2011年4月の設立以来、差別、抑圧されている当事者自身が立ち上がれるように支援活動をおこなっている。現在、愛知、静岡の学生メンバーを中心に若干の社会人メンバーを含め30名ほどが活動している。
https://start-support.amebaownd.com/



(※)なお、約5時間分の監視カメラの映像は、6月21日と7月12日分けて、法廷で上映されることが決まった。