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迷惑客への「毅然とした対応」で変わる「宿泊業のおもてなし」、法的に何ができるか

2023年03月05日 09:31  弁護士ドットコム

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接客業、特に日本のおもてなし文化の象徴とされるホテル・旅館業界では「お客様は神様」という考えが根強いと言われている。宿泊業界ではこれまで悪質クレームや宿泊料の不払いといった迷惑行為に対して、法的措置をとる動きが鈍かった。さらに原則、宿泊客を拒否できないと定める旅館業法が鈍さに拍車をかけている。


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ホテル・旅館の法律問題に取り組む佐山洸二郎弁護士は「宿泊料の不払いや迷惑行為に対して法的措置をとることができます。業界全体で法的措置も辞さない毅然とした対応をとり、泣き寝入りしないでほしい」と話す。



接客業全体に目を転じれば、大手回転寿司チェーン「スシロー」の運営会社が、迷惑行為をした客に対し「民事、刑事両面から厳正に対処」する声明を出すなど法的措置も辞さない機運が高まっている。ホテル・旅館業界も「お客様は神様」という風潮を変える時期に差し掛かっている。(ライター・国分瑠衣子)





●リーガルサービスが行き届いていない業界 旅館業法も拍車

他の業界と比べて、なぜホテル・旅館業界は法的措置に踏み切る動きが鈍いのか。佐山弁護士は「お客様は神様」という考え方が特に根強く、これまで弁護士に相談する習慣がなかったためと見る。



「トラブルや訴訟に発展する前でも弁護士に相談できることを知らなかったり、高額な相談費用を支払わなければならないと不安を感じていたりする経営者が多いです」



さらに、佐山弁護士は業界特有の法律の問題があると指摘する。それが旅館業法だ。旅館業法では「ホテルや旅館は原則として宿泊客を拒否することができない」と定めている。館内で騒ぐなどの迷惑行為や悪質クレームを受けたとしてもすぐに追い出したり、出入り禁止にしたりすると宿側が旅館業法違反に問われる可能性がある。過去には、宿が宿泊拒否をしたことで裁判になったケースもあるという。



●ドタキャンや宿泊料踏み倒しは法的措置や警告ができる

しかし、宿泊料の踏み倒しに対しては、支払督促などの法的措置をとったり、内容証明などの「警告」を出したりすることができる。



例えば宿泊業が抱える問題として、客が宿泊予約をしていたのに当日に現れない「No show(ノーショー)」問題がある。佐山弁護士は「実際に泊まっていないのに請求するのはなんとなく気が引ける」という考えから、請求せずに泣き寝入りするホテルは少なくないと指摘する。



佐山弁護士は「宿側には食材費や人件費が発生していますし、他のお客さんを泊めることができたかもしれない逸失利益があります。悪質なケースでは、毅然とした対応で料金を請求していいんです。『お客様は神様』という風潮を業界全体でなくしていくことが大切です」と話す。



ドタキャンの他にも、宿泊したのに「財布を忘れた。後で支払う」などと言って去り、連絡がとれなくなってしまうケースもある。



旅館が請求しても応じない場合は、弁護士名で支払いを求める郵便や内容証明を送る。それでも応じなければ裁判所を通じて相手に支払いを求める支払督促を行う。また、宿泊予約に書かれた住所が実在しない場合は、弁護士会照会による情報開示請求もする。



宿泊料の不払いだけではない。暴言をはくなどの悪質クレームを繰り返すと、法的には業務妨害などの不法行為に当たる可能性があり、宿側は損害賠償請求ができる。佐山弁護士の経験では、実際に損害賠償請求まで至ったケースはないが、「悪質クレーム行為を繰り返すと訴訟も検討しなければならない」と警告したことがある。



●トラブルが起きる前から警察と関係を持つこともポイント

また、悪質クレーマーなど他の宿泊客に迷惑がかかる場合は、ためらわずに警察に通報することも方法の一つだ。編集部が複数のホテルや旅館に取材したところ、規模の大きいホテルは普段から警察と関係を持ち、通報すればすぐに警察がかけつける体制を整えていた。



一方、小さな旅館で民事上のトラブルがあり相談した時に「お客さんとのトラブルは自分たちで解決してください」と言われたところもあった。



対策として佐山弁護士は、トラブルが起きる前から警察との関係構築や相談を勧める。「常連客であってもいずれトラブルに発展しそうな場合は、警察に『通報させてもらうかもしれません』などと事前に伝えておくと、トラブルが起きた時に警察が早めに動いてくれやすいように思います」



●旅館ごとの宿泊違反行為を定める「宿泊約款」の作成も有効

旅館業法で原則宿泊が拒否できないと定められている中で、旅館が独自に宿泊違反行為を定める「宿泊約款」の作成も有効だ。



編集部が取材したある温泉旅館では、全面禁煙だとサイトや館内で周知していたにも関わらず宿泊客が喫煙した。部屋のにおいが消えるのに数日かかり、客を泊めることができずに損害が生じたが、結果として損害賠償請求は見送った。



この温泉旅館は弁護士に相談の上、再発防止策として宿泊約款を改訂することを決めた。喫煙をした場合は物的な被害の有無に関わらず損害賠償請求することを明記する。



<参考記事>
迷惑客の口コミに反論 客と対等な「おもてなし」、老舗旅館の女将の思い



この自衛策について佐山弁護士は「宿泊約款に記載があるかないかで法的結論がガラッと変わることもあります。これは、非常に有効な自衛策だと思います」と評価する。



根強く残る「お客様は神様」の土壌を少しずつでもなくしていき、法的措置も辞さない毅然とした対応をとることこそが、一部の客の「お金を支払っているのだから何をやってもいい」という意識を変えることにつながるのではないだろうか。




【取材協力弁護士】
佐山 洸二郎(さやま・こうじろう)弁護士
2012年に中央大学を卒業後、同大学院法務研究科卒業と司法試験合格を経て、弁護士登録。企業法務を中心に取り扱う中、ホテル・旅館業界にまだまだ行き届いていない弁護士のリーガルサービスを届けるべく、同業界に特に注力している。
事務所名:弁護士法人横浜パートナー法律事務所
事務所URL:https://www.sayama-lawoffice.com/