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NHK『ドキュメント72時間』は、なぜ愛される? 名作「どろんこパーク」の制作背景から探る

2023年03月03日 09:00  CINRA.NET

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Text by 島貫泰介
Text by 生田綾

ある一つの場所、一つのシチュエーションに3日間密着するドキュメンタリー番組として長い人気を誇るNHKの『ドキュメント72時間』。毎年年末には年間ベスト10が発表される同番組だが、2022年の映えあるベスト1に輝いたのが「“どろんこパーク” 雨を走る子どもたち」だ。

NPOが川崎市から委託を受けて運営するプレーパーク「川崎市子ども夢パーク」への取材は、なんと3日間とも大雨の土砂降り。しかし番組内に登場する子どもたち(&大人)は、泥だらけになるのも気にせず外に元気よく飛び出し、ウォータースライダーから勢いよく泥の沼にダイブする。かれらのなかには、学校生活や社会に困難さを抱えて、いちどはドロップアウトした者も少なくないが、その生き生きと遊びまわる姿からは多くのことを発見できるはずだ。

神回と呼ぶにふさわしい「どろんこパーク」だが、ある場所や時間にカメラを向け、この時代や社会が人々にとってどのようなものとしてあるかを探るのは『72時間』に共通する関心と言える。今回、「どろんこパーク」回を取材・制作したディレクターの石谷岳寛、そして番組チーフ・プロデューサーである篠田洋祐に話を聞く機会を得た。かれらはどんな想いで「どろんこパーク」、そして『72時間』をかたちにしてきたのだろうか?

―昨年9月に放送された「“どろんこパーク” 雨を走る子どもたち」は、どのようにつくられたのでしょうか? 『ドキュメント72時間』の制作過程も含めてお話をうかがいたいです。

篠田:『72時間』にはディレクターが10名ほどいるのですが、かれらの提案をもとに、年間を通してのラインナップの並びや、過去の放送に似た内容がなかったかなど、私や番組デスクが一緒に検討して放送内容を決めていきます。今回の「どろんこパーク」も石谷ディレクターからの提案でした。

篠田洋祐(しのだ ようすけ)
「ドキュメント72時間」チーフ・プロデューサー。1978年愛知県生まれ。2002年入局。これまで「クローズアップ現代」「サキどり↑」「逆転人生」などを担当。2020年より現職。

石谷:最初の提案をしたのは放送の1年前ぐらいの秋です。経緯を簡単にお話しすると、うちの子どもが小学3年から学校に通っていなくて、ぼく自身がフリースクールやプレーパークに参加してきた当事者なんです。いろんな取り組みを見るなかで「川崎市子ども夢パーク」の活動を知って、妻や子どもと一緒に何度か通ったのですが、これは職業病と我ながら思うんですけど、自分のなかで取材する仕事モードが発動してしまい(笑)。それで古着屋さん(2021年12月放送「大型古着店 私らしい一着で」)などと一緒に企画を提案したんです。

篠田:その時は「すぐに取材したい」という話でしたよね。

石谷:そうですね。テンションの高いうちに取材したかったので。

石谷岳寛(いしたに たけひろ)
ドキュメンタリーディレクター。1977年東京生まれ。大学在学中より映画美学校に通い、黒沢清、佐藤真監督などに学ぶ。映画助監督を経験したのち、「情熱大陸」などのテレビドキュメンタリーを演出後、NHKドキュメント72時間は20本以上を制作。「沖縄 追憶のアメリカン・ドライブイン」「青森・下北半島“ワケあり”横丁」「“多国籍団地”のゆく年くる年」など

篠田:ただ石谷さんの企画で私がいちばん興味を引かれたのが泥んこ要素だったんですよ。番組的にも泥まみれのシチュエーションは絶対面白いし、だとすると秋以降に取材するよりは夏だよな、と。

NHK提供 / 「“どろんこパーク” 雨を走る子どもたち」より

石谷:プレーパーク・フリースペースというのが根本のテーマではあるのですが、特にその自由さに魅力を感じたので、企画書の段階でもその象徴である泥んこはかなり推していました。

篠田:川崎のような街なかの公営のパークで、そんな自由が許されていることに驚かされました。安全や衛生面でがんじがらめにされてる印象がいまの公園にはあるのに、全身ずぶ濡れ泥まみれ、ウォータースライダーも好きに遊んでいい空間があるなんて。

石谷:そういう狙いもあったので、取材時期を先に伸ばして、1年後の梅雨明け、夏休み前のタイミングに取材することにしました。ところが、取材直前に大雨が降って、天気予報でもしばらく雨が続くと。番組的にやっぱり雨は天敵なんですよ。室内遊びをしている子どもを撮っても泥んこではなくなってしまうし……。

子どもたちが自主的かつ自発的に活動できる拠点を目指す「川崎市子ども夢パーク」では、遊びを制限するような禁止事項をできるかぎりつくらず、子どもたちがやりたいことを尊重している。

篠田:『72時間』のルールは、撮影開始したら3日間は絶対にノンストップ。唯一、取材をスタートするタイミングだけは選べるので、「いつ」取材を始めるかが重要なんです。

石谷:撮影当日の朝、パークに行ってみたら案の定ずっと雨で、そのときは外に誰1人いないという状況(苦笑)。篠田さんやスタッフとも連絡を取り合って、慌ててリスケジュールする段取りも全部整えたんですが、篠田さんとのやりとりのなかで、名作と名高い 「どしゃ降りのガソリンスタンドで」(2014年7月放送)を思い出したんですよね。

2014年7月に放送された「どしゃ降りのガソリンスタンドで」

―神奈川県にある24時間営業のガソリンスタンドを取材した回ですね。ごく普通の場所ですが、大雨がいろんなドラマを生んでいました。

石谷:『72時間』の面白さが詰まっている回で、晴れだろうが雨だろうが人は生きているし営みがある、ってことを伝えるのはいいなあ、と。篠田さんからも「雨でも外に出てくる子がちょっとでもいるはずだからやってみよう」と背中を押される言葉をもらって、その日のお昼過ぎにはそのまま取材を始めました。

そうしたらやっぱりいるんですよね、土砂降りでも平気で遊ぶ子どもが。それが最初に登場するウォータースライダーで遊ぶ兄妹。夕方になってちょっと小雨になるとさらに大勢が外で遊ぶようになって安心しました。逆に、雨が降らなかったらここまで盛り上がらなかったとも思っています。

―30分間の放送時間、ずっと湿った子どもばかりという見たことない番組でした。大人も湿ってました(笑)。

篠田:みんなすごくたくましいし、それを許す環境も素晴らしいですよね。

石谷:「どろんこパーク」のスタッフの方も「雨でもけっこう遊んでるんですよー」とさらっとおっしゃってました。パークの日常なんです。

篠田:『72時間』の特徴として、インタビューを断られることもたくさんあります。事前に「あなたに聞きますよ」という感じが一切なくやっているので、ディレクターもプロデューサーもつねに基本的には不安な気持ちで取材しているんですよね。天候に左右される部分も非常に大きくて、3日間のなかで天候が変わると現場の表情も変わるし、その場所に来る客筋もいろいろ変化します。

石谷:それって狙えるものでもないですからね。泥んこ遊びは、青空の下でのイメージがあるので、普通の感覚だったら、土砂降りの状況で子どものロケはまずしないですよ。

篠田:もちろん人の数は減ってしまうけれど、一方で、人が減るぶん濃度が濃くなる部分はちょっとあります。雨の日にわざわざ来る人、来なきゃいけなかった人には、何かしらの想いや事情があるはずなんですよ。

だから、じつは雨はむしろ降ってほしいとすら思ってます。現場の苦労はわかるけど、2日目ぐらいに降ってほしい(笑)。

―視聴者として番組を見ていると、土砂降りだからこそ子どもたちごとのキャラクターが際立ったように感じました。この子は雨を気にせず元気だなあ、この子はカメラを意識してるなあ、とか。それぞれの子どもたちの、バラバラなんだけど生き生きしてる感じから元気をもらうんですよね。実際に番組をつくっていくなかで、石谷さんが発見することはありましたか?

石谷:コロナ禍の時期に特に際立ったことですが、公園が子どもたちの遊び場になりにくくなってますよね。近隣に住んでる大人から注意されたり本当に子どもが生きづらくなってるのがいまで、だからこそ「どろんこパーク」や、それを支えている川崎市が「川崎市子どもの権利条例」を掲げて、子ども中心に考えるという姿勢に共感します。その気持ちは企画当初からありました。

ただ、取材交渉の過程でたびたびパークに伺ったんですが、なんとなく子どもたちが緊張しながら遠巻きに「なんだあの大人は?」と警戒してる感じなんですよね。だから取材が難しくなることも予感していたんです。

でも面白いことに、実際に撮影が始まってカメラが入ると、興味を持ってすごく喋ってくれたんですよね。むしろ自分から喋りたがる子もいたりして(笑)。自分が予想していた以上に、子どもたちは自分の言葉をちゃんと持っているし、語りたいことがあるんだというのは大きな発見でした。

石谷:現状の学校批判みたいになっちゃいますが、僕は最近の日本の国語教育にちょっと違和感を感じています。小学生の作文に対しても「正解」を求めていて、今は6年生の卒業文集を親が校正することがあるらしいんですよ。誤字脱字がないか、とか。

篠田:家のことを勝手に書いてみたいなことを、あとから言われないようにリスク対策とかもあるのかな。お父さんの給料とか。

石谷:親から学校へのそういうクレームもあるかもしれないですね(笑)。ともあれそういうプロセスの一つひとつが、子どもに対する事実上の検閲にもなっていると思うんです。効率や管理を軸とする学校教育の行き過ぎた感じが、子どもたちに自分の言葉で自分の思いを喋らせない、喋れない状況を生んでいる。

それに近い経験をして学校に馴染めなかった子たちが、「どろんこパーク」でしばらく生活していくなかで、自分なりの言葉を発見していくんですよね。例えばサッカーの遊び方で揉めていたりりぃちゃんたちには驚かされました。

―濡れた床でサッカーをする危険を訴えていた子ですね。ほかの2人と議論して、お互いに納得できるかたちでサッカーを再開するのが印象的でした。

石谷:当然僕ら取材班も立ち会っているので、普通だったら大人に意見を求めてきそうじゃないですか。でも、彼女らはまったくそういうことをしないんです。

「どろんこパーク」のスタッフのみなさんが、道具の使い方一つにしても、子ども同士の議論や意見を交わすカンファレンスを日常的に尊重していて、そういう積み重ねが大人に安易に頼らない、忖度しない、子どもたちの姿に表れている。それって別に教えることでも教わることでもないんですよ。あそこにいる大人たちの普段の振る舞いや態度を見ることで、子どもたちが自分自身で体得している。そういうプロセスでは「正解」には行き着かないかもしれないけど、各人の合意を経て遊んでいるのが「ああ、これが教育だなあ」と思わされました。

―『72時間』で取り上げる場所の基準や秘訣はあるのでしょうか?

篠田:現場やテーマの選び方とかはディレクターそれぞれの個性が出ますね。

石谷:ぼくの場合、当事者性が起点になることが多いです。「福岡・中洲 真夜中の保育園」(2016年11月放送)は自分の子どもを保育園に送り迎えするなかで考えた企画ですし、「海が見える老人ホーム」(2020年5月放送)は自分の母親のために老人ホームを選ぶとしたらどういうところがあるだろう、という疑問から始まりました。

つまり、自分のライフステージに合わせて興味が変化しているんです。それは長く番組を見ている視聴者さんもおそらく一緒だと思っていて、自分のなかではそういう変化を利用させてもらいつつ、番組をつくっている感覚があります。

篠田:意外性がありそうな場所であること、何もないと思われる現場であることを大事にしています。10年前に番組をレギュラー化させた当時のチーフ・プロデューサーからは、「私たちにはまだ知らない世界がある」というポリシーを受け継ぎました。テレビって、新しくオープンした人気の場所だとか、行列のできる何かに注目しがちですが、『72時間』の現場はそこではない。

石谷:昨日の打ち合わせでは「エクストリーム」という言葉で盛り上がりましたよね。

篠田:たとえば、バス停は日本中にたくさんあるけれど、冬の稚内のバス停にはどんな人が来るんだろうという。そういった何かしらのエクストリームな要素でひと捻りを入れるときはありますね。

石谷:そういう意味では、「どろんこパーク」はある種のエクストリームだとぼくは思っていました。普通の学校生活はなんとなく想像できるんだけど、そうじゃないところにいる子どもたちがどんな生活を送っているか想像しづらいから。

篠田:加減が難しいですよね。エクストリームを強調すると、テレビが狙う「変わったところ」性が際立ってしまう。だから放送当初はそのへんにあるファミレスとかコインランドリーを取材してきました。でも長くやっているので、同じコインランドリーであっても年越しの時期を狙ったりして少し捻りを加える。『コミケ(コミックマーケット)』が題材でも、会場自体ではなくてその近くのコンビニに密着したり。

石谷:でも、基本はぼくらの暮らしのなかにある現場を選ぶことが多い。「どろんこパーク」は無料で誰でも入れる公園であるのがすごく大事な要素でした。もしあそこが会員制だったら特殊すぎて『72時間』っぽくなくなるというか。もちろん看護専門学校(2022年1月放送「看護専門学校 ナイチンゲールに憧れて」)のように、限られた環境にいる生徒さんや先生が主な取材対象になる現場もあるにせよ、そこは「知らない世界がある」というコンセプトとのバランスで。

2022年1月放送の「看護専門学校 ナイチンゲールに憧れて」より

―基本的に定点観測的ですよね。それでふと思ったのが、アメリカを代表するドキュメンタリー監督であるフレデリック・ワイズマンの存在は意識されているのかなと。アメリカの一側面を代表しうるようなコミュニティーに長く入り込んで、自分の存在感を消しながらじっとカメラを向けるのがワイズマンのスタイルで『72時間』とも共通するなと。

石谷:ぼくはワイズマン大好きです(笑)。ドキュメンタリーの仕事を目指すきっかけにもなったドキュメンタリー作家です。

篠田:確かに共通性はありますが、『72時間』は必ずしも定点観測的とは限らないかもしれません。「真夏の東京 幻のマラソンコース」(2021年9月放送)では、札幌開催になる前に予定されていたマラソンコースを、オリンピック期間中にただただ歩いて、出会う人に聞いていく3日間で、いわば、移動型。

やはり基本は「知らない世界」に出会え、時代が見えること。3日間のなかで取材クルーが感じたことを視聴者に追体験してもらうことかなと。ディレクターが驚いたことは視聴者も驚けるというか。「発見した!」という気持ちは伝わるんですよね。

石谷:うん。発見感ですよね。

―今回の「どろんこパーク」に限らず、校則を廃止することで子どもたちの能動性を促す公立学校を取材した『ストーリーズ ノーナレ」の「校長は反逆児」(2020年5月放送)のように、じつは近くにあるのになかなか知ることのない場所にユニークな視点を向けるのがNHKドキュメンタリーの面白さだと思うのですが、公共放送であるNHKのなかで番組をつくる難しさもあるのでしょうか?

篠田:私自身がずっとNHKにいるのでほかの放送局さんと比較することはできないのですが、やはり「公共に資するものであるか」の点はあると思います。ドキュメンタリーの特性上、つくり手個人の主観が大きいんですよ。そもそもどんな現場を取り上げるかという選択自体が主観に左右されていますからね。その中で、「公共に資するものであるか」から外れなければ、むしろ制約は少ない気がします。

石谷:ぼくはフリーランスの外部ディレクターという立場でNHKと仕事させてもらっていますが、コンプライアンスとかいろんなことに気をつけなければいけない時代ですが、NHKでものをつくる自由度は相対的に高くなっているように思います。でも、それは放送局や発表形態といった大きな枠だけでなく、プロデューサーとの相性なんかも関わっている。そういうさまざまな要素によって、企画の幅、自由さ広がっていくというか。とはいえ、じつは『72時間』ってドキュメンタリーとしてはかなり制約が強いんですよ。

篠田:この番組は制約の塊ですよね。なにしろ72時間のなかでしか撮っちゃだめなんだから。編集も基本的には出会った人順、時系列を守らなければいけないし。でも、縛りがあるからこそ潔さがあるというか、作為が働いてないように見えてくる部分がある。

石谷:その制約のなかで何ができるかを考えることが企画や表現の幅を生むし、だからこそぼくも飽きずに続けられてます。

篠田:わずか72時間のなかでの出会いであるということが、逆に強みになっている。普通の番組だと、企画主旨に合った人を時間かけてでも頑張って探す。それとは逆で『72時間』は、偶然、旅先の居酒屋で知らない人と結構深いとこまで話し合ったなあ……みたいな面白さの感じに近いかも。

石谷:他人から話を引き出すような仕事をしているぼくも、日常生活のなかでたまたま隣に座っている人に話しかけたりはしないですけど、呑み屋さんでなら見知らぬ人とも話が弾んだりする。

そのときに出会う人たちって必ずしも特別な人ではないことのほうが多いわけですけど、『72時間』ではむしろそこに足を踏み入れることに意味があるんですよね。

―パイロット番組の放送が18年前で、レギュラー化してから10年続いてきた理由もそれかもしれないですね。

篠田:「『72時間』の人気の理由は?」というのはよく受ける質問なんですが、「出ているのが普通の方々だから」と答えています。テレビって、どうしてもスポーツ選手や芸能人のような有名人に軸足を持ちがちだけれど、この番組で中心にいるのは普通の市井の人たちで、だからこそ視聴者も共感したりすごく好きになってくれる部分があると思っています。営みはずっとみんな永遠として続くわけで、人の数だけ物語があるんですよね。

石谷:ぼくは時間を描く番組だからかなと思っています。10年近く番組に関わっていると、正直な話、内容や取材場所も2、3周するんですよ。バスターミナルやうどんの自販機なんかがそうですね。

でも、震災後の2013年に番組がレギュラー化されて10年間のあいだに平成から令和になり、コロナがあり、ちょっとずつ時代が変化していって、そしてそこで生きている人の営みや価値観や生きるための必死さも必ず変わっていく。そこにつねにぼくは刺激を受けているし、その感覚を大切にしている限り、取材や番組制作に絶対に飽きることはないだろうと思います。ニュースといった報道のかたちではなく、その時代に起きていることをみんなどんな風に受け止めて、どんな想いでいまを過ごしているのか、ってことを伝える番組だから。

ワイズマンの作品って、欧米圏、とくに現代アメリカの時代のアーカイブになっているじゃないですか。これは大袈裟な言い方ですけど『72時間』もこの10年の日本のアーカイブになっていると思いながら、ずっと関わっているんです。歴史や政治の大きな世界はさまざまなメディアで記録されていくけれど、市井の人々の想いが継続的に記録され続けるというのはNHKでもなかなかなかっただろうし。

石谷:いま放送されているものを10年後20年後に見返したときに現れてくる価値があるはず。そんな意識もあって、ぼく自身、最近の放送はぜんぶ見るようにしていますね。

篠田:その前はちゃんと見てなかったの(笑)。

石谷:いや、最近またすごく面白くなってますよね。「また」って……(笑)。

篠田:コロナ禍の状況が変化してきて、だいぶ取材に行けるところが増えたのも大きいよね。私はコロナになってから番組プロデューサーになったので、不特定の誰かに会うという『72時間』の構造的な弱さをコロナで痛感しました。実際、4か月くらい放送もお休みしましたし。でも、コロナになって在宅時間が増えたからこそ見出される、注目される場所にも気づけたのは大きかった。手紙売り場とか熱帯魚店とか。

石谷:そうですね。

篠田:会えなくなったからこそ、どうやって大事な人に気持ちを伝えるかを考え始めるんだよね。その時代を経て、2022年は北海道から沖縄までふたたび行けるようになって、番組の多様な感じが戻ってきた気がします。