なんだかわからないが、世の中には「優秀な社員」というのがいる。同期と比べてやたらと売上がよかったり、手がけた製品・サービスが高評価されていたり……。周りにそういう人がいると、なんだか劣等感を感じてしまったりするものだ。しかし、そういう人だって、ちょっと場面が変われば評価が真逆になったりする。そこが人間の難しいところで……。
都内で小さな会社を経営する男性(40代)は、まさにそんな「優秀な社員」が立ち上げた会社に協力したところ、とんだ目に遭ったそうだ。いったい何があったのか。(取材・文:昼間たかし)
社内では「将来を期待される存在」
男性は、その「優秀な社員」と、仕事を通じて出会ったという。
「彼は、ある大手出版社の社員でした。営業やアニメ化された作品の製作などの部門を経験していましたが、社内では多くの実績を残して将来を期待される存在でした」
そんな彼が独立するという。聞けば理由は「給料が安すぎる」というもの。いくら活躍しても、給料にまったく反映されていなかったのだという。
話に共感した男性は、彼のビジネスを手伝うことにしたそうだ。
「当時の自分は、個人事業主だったこともあり、まだフットワークが軽かったので、業務の合間に出来高制で手伝うことにしたんです」
ところが、この「優秀な彼」が立ち上げたビジネスがまるで回らない。都内にオフィスを借りて半年ほど経った時点で、すでに「暗雲が立ちこめる」という感じだったそうだ。
「とにかく人がすぐに辞めてしまうんです。最初に雇った社員は数カ月で辞め、その後も伝手を使って人を連れてくるのですが、次々と辞めていきました」
その最大の理由はパワハラ。「優秀な彼」の沸点が、とにかく低かったのだ。
「本人が優秀なのがわかりますが、部下にも自分と同じスキルを求めるんです。細かいことにこだわる性格で、飲み会でお酌の順番とか、ビールの泡の角度とかにも口を出す。酒の席で話した内容にも、いちいちダメ出ししてキレるような人でした」
それでも、ビジネスが上り調子なら、ついてきてくれる社員もいたかもしれない。ところが、実際には真逆で、そちらも困難を極めていた。
「社長としては、元の職場の営業代行をしたり、関連商品の製作販売をしたりといった事業展開を夢見ていたようです。しかし、いざ営業を始めてみると、まともに相手にしてもらえていませんでした。結局、実績や信用があるといっても、しょせんそれは『会社の看板で得ていた』ものだったんですよ」
この会社のダメさ加減を如実に表していたのが「お金」の扱いだった。なんと、協力者である男性への支払いは「社長の財布から、現金での手渡し」だったそうだ。
「お札が大量に入っている膨らんだ財布から、現金を抜き出して、払ってくれるんです。聞けば、社員の給料も給料日に現金で渡されるとか。このありさまでは帳簿も乱雑だろうし、この会社は長く続かないと思いました」
大事な「お金の扱い」がこのレベルだと、仕事のほうもお察しである。
あるときは、社長が「急ぎ対応してくれる印刷所を知らないか」と焦っているので、事情を聞いてみると……。
「パンフレットを作る仕事を受けたのですが、製作に追われて印刷会社を押さえるのを忘れていたというんです。配布するのはたったの数日後。少々特殊な加工もあったので、一般的な格安印刷会社だと困難なものでした。なので私の旧知の印刷会社を紹介して、なんとか納品してもらいました」
「今すぐじゃないと間に合わない」みたいな大ピンチに助け舟を出してあげた男性。当然、社長は心のそこから感謝してくれているのだと思っていたが……。
数カ月経ったころ、超急ぎで緊急対応してくれた例の印刷会社から、男性のもとに怒りの電話がかかってきたそうだ。
「なんと、いまだに100万円あまりの代金が振り込まれていないというのです。『弁護士を入れる』『お前が払え』とめちゃくちゃ怒られました」
すっかり面目を失わされた男性。すぐに支払わさせようと、社長に連絡してみると……。
「なんと、100万円の印刷代金は『すぐは支払えない』『思ったほど売れなかったから、今は現金がない』というんです。営業と称して毎日のように業界関係者と飲み歩いているのは聞いていたので、私も激怒しましたね」
飲み歩く金はあるのに、ピンチを救ってくれた印刷所に払う金はない。これはいくらなんでも筋が通らない。結局、社長が代金を支払ったのは、そのさらに数ヶ月後だったそうだ。
人はこうやって信頼を失っていくのだろうが、善意で手伝って巻き込まれた男性からするとたまったものではない。
「その後も、私が紹介した人に借金をしていたことが明らかになったりして、気がついたら連絡が取れなくなって会社も消滅していました」
これが勘違いをした「デキる社員」の成れの果て、ということか。