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SNSでみつけた「在宅ワーク」は特殊詐欺だった…40代女性が無罪を訴える理由 一審、二審は有罪判決

2023年02月23日 09:31  弁護士ドットコム

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特殊詐欺で多額の現金を受け取り、一審、二審ともに有罪判決(詐欺罪)を下された事件の被告人女性(43)が、無罪を訴えて上告中だ。


【関連記事:【女性の告白】引きこもりの40代女性が「受け子」になるまで SNSで仕事探し「つらい時は、いつでも電話して」と誘われ】



ブラック企業でうつ病が悪化して退職、借金を重ねて夫とも別居。実家に戻っていた被告人は2021年の夏ごろ、同居する両親にこれ以上、迷惑をかけられないという思いで、SNSで「#在宅ワーク」と検索した。そこで知り合った男らに「違法ではない」と説明の上で紹介された「仕事」により、2年6月の有罪判決を受けた。



弁護人によれば、「長らくうつ病で、思考・判断能力が低く、首謀者が言葉巧みに虚偽の説明や病状に寄り添う言葉をかけるなどした結果、正規の仕事だと信じた」(林大悟弁護士)という。



被告人は「うつ病で働けず、借金を返済するためにTwitterで仕事探しをした。今になって思うと、なぜこんな仕事を選んでしまったのかと思うけれども、その時は違法性はないという相手の説明を信じてしまった。裁判費用や被害者への弁償のために両親は出勤日数を増やして働くことになり、苦しいです」と語る。



2人の被害者がいる事件で、被害金額は計1800万円。被告人の両親(70代)は、被害弁償のために現在も働き、これまでに約200万円の被害弁償をしてきた。被害者2人からは、被告人の寛大な処分を求める嘆願書が得られている。(ライター・高橋ユキ)



●厳しく処罰される末端、指示役にまで捜査が及ぶのは稀

2022年、全国の警察が認知した特殊詐欺の被害金額は363億4000万円にのぼり、深刻な社会問題となっている。今年(2023年)2月には、フィリピンを拠点にした大規模特殊詐欺グループのリーダー格の男らが日本に強制送還、逮捕された。



事件の全容解明が期待されているが、特殊詐欺において、末端が厳しく処罰されるのに対し、指示役にまで捜査が及ぶことはこれまで稀だった。やり取りに秘匿性の高いアプリを介していることなどから、彼らの正体は分からないまま。公判でも彼らは「氏名不詳者」とされ、罪に問われることもなく、末端の者たちだけが刑務所に送られている。



特殊詐欺は受け子や出し子といった末端でも、逮捕・起訴されれば、たとえ初犯であろうとほぼ実刑判決を受ける。違法薬物の使用事案では、初犯であれば執行猶予に付されることを踏まえると、かなり厳しい処罰と言えるだろう。



●事件の流れ「違法ではないので安心してください」

2021年9月に起きた今回の事件でも、首謀者や他の関係者は「氏名不詳者」とされ、罪に問われているのは女性被告人だけとみられる。



起訴状などから事件の流れをたどる。



被告人は2005年にうつ病を発症し、2015年にはブラック企業での過重労働もあいまって仕事を辞めざるを得なくなり、退職後はほぼ毎日、一日中寝ているという生活を送っていた。2018年には夫と別居し、実家に戻った被告人は、無職のうつ状態のなか、唯一の気晴らしだった趣味の観劇で借金を抱えるようになった。



返済をしなければという焦りから、最初は夜の仕事を始めたが、精神的な負担が生まれ、ふたたび無職に。焦りを抱えながら、2021年9月下旬ごろ、Twitterで在宅でできる仕事を探していたところ、あるアカウントを見つけた。



〈簡単な作業で日給1万円から3万円、全額日払い〉 〈ブラックな仕事ではなく、ホワイトなお仕事〉



昨今、闇バイトのSNS広告では“ホワイト”というワードが用いられる。違法性のない仕事であると強調するためであろうが、実のところ、どちらも“ブラック”な仕事だ。しかし被告人はこの“ホワイト”を信じ、ダイレクトメッセージを送ってしまう。



すると、誘導されたテレグラムから電話がかかってきた。相手は被告人にこう説明したという。



〈違法ではないので安心してください。当社は取引所を介さないで暗号資産の取引をしたいという顧客のニーズに応える仕事をしている。あなたの住所や名前、連絡先を借ります。報酬は3万円です〉



この相手から2時間ほど、電話で仕事についての説明を受けた。仮想通貨については全く知識がなかったこともあり、相手が次々に繰り出す専門用語、巧みな弁舌にのまれてしまったという。さらに、被告人のうつ病を心配するかのように寄り添って親身に話を聞いてくれる相手を信頼してしまった。



被告人は『違法ではないのですよね』と確認の上、その仕事を受けることを決めた。



自宅の住所と自分の氏名を相手に伝えると、9月24日と翌25日、被告人の自宅に宅配便が送付されてきた。受け取って中身を確認することなく、首謀者の指示に従い、公園で氏名不詳の人物に宅配物を手渡し、報酬として当初の約束より1万円少なく、1回あたり2万円を受領した。



その後の警察の捜査により、これらの宅配便は、首謀者が別途騙した高齢者らから送られてきたもので、それぞれ現金1400万円、400万円が入っていたことが判明する。首謀者は高齢者たちに、“老人施設入居権の名義貸しに関するトラブルを解決する”と嘘をつき、現金を被告人方に送らせた。品目は『お菓子』などと書くよう、首謀者が高齢者らに指示していた。



●一審は懲役3年、二審は2年6月、現在は上告中

客観的に見れば典型的な特殊詐欺の「受け子」事案である。しかし被告人は当時、事件の構図を把握しておらず、自分の行為が特殊詐欺の一端を担うなどとは、全く認識していなかったと主張している。



仕事を引き受けた経緯について「引きこもりだったので、在宅ワークとTwitterで検索して、みつけたのが今回の仕事だった。今になって思えば、なぜこんな仕事に…」と被告人は後悔を口にする。



ただ、これは被告人特有の事情もあったと林弁護士は言う。「うつ病のなか、ただでさえ判断力が落ちていて、かつお金を必要としているところで、SNSの仕事募集の投稿を見て、問合せをしてしまったのです」(林弁護士)



また、事件直前には、応募した別の仕事が「他人のキャッシュカードでお金を引く仕事」だと事前に分かったことから直ぐに断ったという出来事があった。そのため今回も電話で「違法じゃないんですよね」と聞いていたが、〈そんなことなくて、ちゃんとした会社なんで、安心してください〉と言われ、相手を信頼したのだという。



のちに逮捕、詐欺罪で起訴された被告人は一審・高知地裁で懲役3年の判決が言い渡され控訴。二審・高松高裁では懲役2年6月となったが、無罪を求め現在上告中だ。被害者らには被害弁償を行うなかで、被告人の置かれていた状況を伝え、厳罰を求めない意向も得られたが、やはり実刑判決となっている。



●事件の争点は

事件の争点は、詐欺の故意が認められるか否か。一審、二審では詐欺の故意は認定されたが、弁護側はこれに異を唱え、次のように主張している。



(1)特殊詐欺は故意犯であり、受け子が詐欺行為をしているという認識を持っていなければ、受け子を詐欺罪で処罰することはできない (2)本件では、首謀者に騙されて詐欺だと思わずに被害者から金品を受け取っており、詐欺罪は成立しない



弁護人のひとり、林大悟弁護士は次のように説明する。



「被告人が『違法じゃないですよね』と聞いたのは、違法だったらやらないという気持ちで聞いたものです。詐欺罪の故意は(a)詐欺であるという事実を『認識』すること、(b)詐欺でも構わないと『認容』すること、この2つがそろって認定されます。被告人が『違法じゃないですよね』と確認したことで(a)の未必的な『認識』が認定されましたが、被告人には(b)の『認容』が無かったことは明白です。それが無罪を主張する理由です」



2月20日、弁護団は上告趣意書を提出した。



【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)、「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)など。好きな食べ物は氷