2023年02月22日 10:11 弁護士ドットコム
誰でもなる可能性のある認知症。そこで知っておきたいのが、お金の管理のことです。秋田市に事務所を構える田中伸顕弁護士は「相続分野自体の相談が増加傾向にありますが、相続放棄に並んで、遺言に関する相談も増えています」と話します。
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たとえば、遺言を作成したいと考えている家族から「認知症の状態で遺言を作成した場合に遺言が無効にならないか」といった相談があるそうです。
「遺言を有効に作成したいのであれば、遺言者の認知症が進行する前にできるかぎり早めに公正証書遺言により作成すべきです。時間が経てば経つほど、不都合な状況に傾いてしまいます」(田中弁護士)
そこで、認知症と遺言について、弁護士ドットコムに実際に寄せられている相談を田中弁護士に解説してもらいました。
質問:認知症を発症した親が遺言を作りたいと言っている。どのように作れば有効な内容になりますか。
遺言が有効であるためには、(1)遺言を作成した人に遺言能力があること、(2)方式に誤りがないこと、(3)遺言の撤回がないこと、(4)遺贈が失効していないことが必要です。
今回は、認知症の方が遺言を作成した場合において特に問題になる、(1)遺言能力に絞ってお話をしたいと思います。
また、認知症の方において、成年後見人や保佐人、補助人が選任されている場合もありますが、それらの方が選任されてない前提で検討していきたいと思います。
遺言能力とは、遺言をするために必要な意思能力のことを指します。
その具体的な意味について、裁判例(東京地裁平成16年7月7日、判例タイムズ1185号291頁など)を見ると要するに、遺言者(遺言を作成した人)が、遺言の内容を具体的に理解し、さらにそれにより生じる法的な効果を理解することができる能力だとされているようです。
このような能力がないと、遺言は無効になってしまいます。
近年の裁判例の傾向を整理すると、遺言能力の有無を判断するにあたって、以下の3つが総合的に考慮されています。
(1)遺言時における認知症等の精神上の障害の存否・内容・程度 (2)遺言内容の難易 (3)遺言内容の合理性や動機の有無 (藤井伸介ほか『ストーリーと裁判例から知る遺言無効主張の相談を受けたときの留意点』83頁(2020年、日本加除出版))。
認知症だからといって、遺言が無効になる訳ではありません。先程の遺言能力の有無を判断する基準にしたがって判断されます。
認知症の影響により、遺言の内容等を理解する知的能力が下がっている程度にもよります。 認知症が進行して知的能力が下がっていたとしても、遺言の内容が例えば1人の相続人だけに相続させるといった比較的簡単な内容であれば、理解が容易だということで、遺言能力があると判断される場合も考えられます。
他方で、あまりに認知症が進行していた場合は、たとえ単純な遺言であったとしても、やはり遺言能力がなく、それゆえに無効と判断されることになります。
いずれにせよ、認知症だからすぐに遺言が無効になる、という単純なものではなく、認知症は1つの事情(とはいえ大きな事情ではありますが)に過ぎないのです。
質問:認知症の人が作成した遺言について、遺言能力があると認められやすくなる方法はありますか。
認知症の人ができるだけ有効な遺言書を作成するために、公正証書遺言を作成する方法が考えられます(民法969条)。
公正証書遺言の場合、公証人の下で作成しますので、作成の仕方などの間違いが発生しにくい状況で作成することができます。
もちろん、公証人が関与していたからといって、確実に有効な遺言を作成することができる訳ではありません。しかし、有効性を補強する事情として利用することができるのではないかと思います。
自筆証書遺言を法務局が保管してくれる「自筆証書遺言保管制度」ができましたが(民法968条)、やはり公正証書遺言で作成した方がいいと思います。
この制度では、法務局が自筆証書遺言の作成ミスなどをチェックしてくれるため、無効になるリスクは下がったといえますが、それ以外の部分では、やはり公正証書遺言の方が優れているといえるでしょう。
なぜならば、自筆証書遺言保管制度を利用しても、本人がその遺言書を作成したか分からず、あくまで法務局では作成の仕方の不備を確認して預かるだけだからです。
また、自筆証書遺言を無効と判断した事例において、作成している状況を録音していたところ、そこまでしておいて公正証書遺言を作成してしかるべきであったにもかかわらず、そうしなかった点から、公証人による遺言能力等のチェックを回避する意図があったのではないか、といった趣旨の指摘をしている裁判例もあります(東京高裁平成21年8月6日判決、判例タイムズ1320号228頁)。
したがって、できるだけ確実に有効な遺言を作成したいのであれば、無理に自筆証書遺言で作成するのではなく、公正証書遺言で作成した方がいいでしょう。
質問:姉が自分に有利なように、認知症の母に遺言書を書かせようとしている。防止する手段を教えてください。
成年後見人を選任する審判の申立をすることが考えられます(民法7条)。
成年後見人が選任されても、認知症の人(成年被後見人)は、遺言を作成することができます。
しかし、認知症の人(成年被後見人)が遺言書を作成するには、その人の事理弁識能力(自分の行為の結果を弁識する能力のこと)を一時的に回復していることを、医師2人が立ち会って確認する必要があります(民法973条1項)。
そして、遺言の作成に立ち会った医師は、認知症の人が事理弁識能力を欠く状態になかったことを、遺言書に付記して署名及び押印しなければならないとされています(同条2項)。
成年後見人が選任されている状況ではこうした制約があることから、遺言書を作成するハードルが上がります。それにより、遺言の作成を阻止することができるでしょう。
【取材協力弁護士】
田中 伸顕(たなか・のぶあき)弁護士
秋田弁護士会所属。交通事故、離婚、債務整理から、インターネット上の誹謗中傷まで扱う。「住む地域にかかわらず、悩みを解決できるようにしたいです。事件には、大きいも小さいもないと考えています。そのため、どのようなご相談・事件についても一所懸命、全力で取り組みたいと思いますので、お気軽にご相談ください」
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