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性犯罪・DVの被害者が「泣き寝入り」しなくて済む? 氏名住所を「秘匿」する民事訴訟制度スタート

2023年02月20日 12:11  弁護士ドットコム

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民事裁判の新制度が2月20日から始まる。裁判の当事者がDV(ドメスティック・バイオレンス)や、性的な犯罪を含む事件の被害者などである場合、自分の氏名や住所を、裁判を起こす相手に知られないようにできる仕組みだ。


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ネットの匿名アカウントやVTuberなど、本名を公にせず活動する人にとっても大きく関係してくるもの。小沢一仁弁護士は「泣き寝入りしていた被害者たちによる民事訴訟の活性化が考えられる」と指摘する。できたばかりの制度について、小沢弁護士に聞いた。



●第三者だけでなく、当事者への秘匿が最大のポイント

——新制度の大きな特徴は?



新制度は昨年5月の民事訴訟法の改正によって創設されたものです。



DV被害者や性犯罪被害者等は、訴状に氏名や住所を明記しなければならないとなると、加害者による報復や、これらの被害にあったことが世間に広まってしまう可能性を恐れて民事訴訟をためらってしまうことがあります。



これまでは、代理人の住所を記載することで、原告の住所は事実上秘匿可能でしたが、氏名については訴訟記録の閲覧制限の申立てをすることで、第三者までしか氏名を秘匿することができませんでした。氏名はどうしても相手方にはわかってしまっていました。しかし、今回の制度では訴訟の相手方当事者である被告に対しても秘匿できるようになります。



報復などの恐れを考慮しなくてよくなりますし、原告の氏名や住所だけでなく、原告が受診した医療機関や通学先、親族の氏なども秘匿の対象とされています。



なお、秘匿決定の制度は家事事件も対象になるようです。



——秘匿決定のプロセスや要件は?



日弁連が会員である弁護士向けに書式を公開しています。これによると、訴状には原告の代替名や代替住所を記載し、別途秘匿決定申立書とともに秘匿事項届出書面を提出し、そこに原告の本来の氏名や住所を記載することになるようです。秘匿を決定するのは裁判所です。



秘匿の要件は「申立て等をする者又はその法定代理人の住所、居所その他その通常所在する場所の全部又は一部が当事者に知られることによって当該申立て等をする者又は当該法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明があること」です。



なお、証人の氏名や住所などは秘匿の対象にならないようです。また、法定代理人には弁護士を含みません。



●DV・性犯罪だけでなく、ネットのトラブルにも大きな影響か

——DV・性犯罪の被害者のほか、さらなるトラブルが想定されると思われる場合の当事者も望めば秘匿できるのでしょうか。今年1月には、家賃滞納をめぐって裁判を起こされた男性が物件所有者を殺害した疑いで逮捕された事件で「裁判記録で住所を知った」と供述したことも報じられています。



DV被害者や性犯罪被害者のほか、私が扱う分野では、特にインターネット上の権利侵害の事案では大きな効果を発揮すると思います。



たとえば、SNSの匿名アカウントが誹謗中傷などの被害にあった際、権利侵害をしたアカウントに対して法的措置をとるようなケースもあります。しかし、その裁判を通じて氏名住所を加害者側に知られてしまうと、報復や牽制目的でSNSに拡散される可能性もあるため、加害者に対する責任追及が困難でした。



今後は匿名性を保ったまま、責任追及をすることができる可能性があります。



たとえばVTuberのように、キャラクターの「中の人」の個人情報が公になることは、活動において死活問題になりかねません。



そのため、中の人本人が原告となって責任追及をすることが困難でしたが、今後はこれが可能となりえます。



実名で裁判をすることに躊躇して責任追及を諦めた人をこれまで何度か見たことがあります。新制度によって、個人情報を知られることに臆していた人たちの損害賠償請求訴訟が活性化すると思います。



●救済の道ができたことは大きいが、秘匿制度には課題も

——秘匿制度に課題があるとすれば、どのようなものが考えられますか



秘匿制度はどのような場合にでも使えるものではなく、一定の要件が必要です。しかし、これまで泣き寝入りを余儀なくされていたような事案でも救済の道ができたことは大きな前進です。



匿名を保ったまま訴訟を起こすことは、被告との関係で不公平ではないかとの意見も考えられるところですが、個人的にはこの制度が広まって、救済される人が増えれば良いと思います。



他方で、たとえばインターネット上での紛争などを見ていると、本来被害者であった側が、匿名性を保ったまま訴訟を起こすことができるようになったことを受けて、図に乗り、加害者側であった人を煽るなど、トラブルを拡大させることや、濫用的な申立ても想定されるところですので、注意を要すると思います。



——新制度では、相手方や第三者が秘匿の取り消しを申立てることもできます



裁判は公開が原則なのに秘匿は不当だと考える人や、被告側なら、氏名等がわからないと有効な攻撃防御ができない場合などが考えられるかと思います。後者の場合、例外的に裁判所が認めれば、秘匿部分の閲覧を求めることができるようです。




【取材協力弁護士】
小沢 一仁(おざわ・かずひと)弁護士
2009年弁護士登録。2014年まで、主に倒産処理、企業法務、民事介入暴力を扱う法律事務所で研鑽を積む。現インテグラル法律事務所シニアパートナー。上記分野の他、労働、インターネット、男女問題等、多様な業務を扱う。
事務所名:インテグラル法律事務所
事務所URL:https://ozawa-lawyer.jp/