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日本に飛来した偵察気球、撃墜できる? 「予備自衛官」の弁護士が自衛隊法84条を解説

2023年02月17日 13:41  弁護士ドットコム

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米国などの上空で気球が相次いで確認されている問題で、米国側は「中国の偵察用気球」と非難している。日本でも近年、気球のような謎の飛行物体が目撃されており、政府は日本上空でこのような飛行物体が確認された場合の対応について検討をすすめている。


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松野博一官房長官は2月13日、外国の気球が許可なく領空内に侵入すれば、「領空侵犯となる」とし、自衛隊法84条に基づいて「必要な措置として武器を使用することができる」との考えを示した。



一方、今後の自衛隊法の解釈変更の検討も報じられているところだ。



にわかに注目され始めた「自衛隊法84条」で定められている規定とはどのようなものか。そして、実際に気球を撃墜することは可能なのか。元警察官僚で、陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する澤井康生弁護士が解説する。



●自衛隊法84条は「有人の航空機」を想定したもの

——自衛隊法84条はどのような規定でしょうか



「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」(84条)



自衛隊法84条はいわゆる領空侵犯された場合の対処を定めた規定です。外国の航空機が違法に日本領空に侵入してきた場合、自衛隊の部隊はその航空機を着陸させたり、日本領空から退去させるため必要な措置を講じることができるとしています。



——海外からの気球が日本の上空を無断で飛んだ場合、自衛隊は撃墜できるのでしょうか



結論から言うと、現行の84条の下では自衛隊機が気球を撃墜するのは難しいと思われます。



まず、自衛隊法上の各種行動の分類から分析すると、外国から攻撃された場合の防衛出動(撃墜も含む)が主たる任務であるのに対して、治安出動、警護出動、海上警備行動や本件で問題となる領空侵犯措置などは、公共の秩序を維持するための従たる任務(警察作用)とされています。



従たる任務は、そもそも秩序を維持するための行政警察作用なので、本来的には撃墜までは想定していないと考えるのが素直な解釈です。



84条は条文上「着陸させ」「退去させ」からもわかる通り、もともと「有人」の「航空機」を対象とし、地上に着陸させたり、退去させたりすることによって日本領空の秩序を回復させるための規定です。



無人航空機やドローン、今回のような気球はそもそも同条では想定されていないので「航空機」に含まれるか微妙なところですが、ここではとりあえず気球なども航空機に含まれるとして話を進めます。



つぎに「必要な措置」として撃墜できるのかが問題となります。武器の使用の可否について明文の規定がありませんが、一般的には対領空侵犯措置の実施のための任務遂行の一環として武器を使用することができると解釈されています。たとえば誘導のための信号射撃などがあたります。



では、撃墜は一切できないのかというと、一般的には正当防衛または緊急避難の要件に該当する場合に「必要な措置」として撃墜を含む武器の使用が認められると考えられています。



具体例としては、領空侵犯機が警告射撃を無視して実力を行使して抵抗してきた場合などです。



●現行法による結論は「気球を撃墜できない」

——これらの議論を今回のケースの気球にあてはめるとどうなりますか



気球が領空侵犯を継続した場合には、武器の使用が認められますが、同条が想定しているのはあくまで強制着陸や領空外退去のための武器使用がメインです。しかも気球はデータや情報を収集しているだけであり、ただちに攻撃してくるわけではないことを前提とすると、正当防衛や緊急避難としてただちに撃墜することは難しいと思われます。



以上より、84条を素直に解釈すると、気球を撃墜することはできないということになってしまうので、ここは早急に法改正すべきではないかということになります。



——撃墜できないとすれば、どのような解釈変更等が必要になるでしょうか



84条は有人航空機を前提とした規定です。仮に私が立法者だったら84条第2項を新設し、無人航空機やドローン、気球などの無人飛行物体に関する特則を設けます。



そのうえで、無人航空機が一定時間領空侵犯を継続した場合には、正当防衛や緊急避難に該当しなくても、捕獲や撃墜を含めてしかるべき措置を取れるように明文で規定すべきです。



攻撃してこない偵察気球だからといって、指をくわえて見ているだけでは日本国内の自衛隊基地や米軍基地、原発のデータや情報が取られ放題になるおそれがあるので、ただちに気球を撃墜できるように改正すべきです。



以上の議論は、あくまで領空侵犯のみがなされた場合が前提です。領空侵犯のみならず実際に攻撃をしかけてきた場合や攻撃準備をしてきた場合は、もはや日本に対する武力攻撃に該当するのでそのときは、自衛隊法76条や88条に基づく防衛出動としての武力の行使で対処すべきということになります。この場合であれば、気球を撃墜できます。



——そのような中で、自民党の安全保障調査会などは16日、無断で領空に侵入した無人機を自衛隊が撃墜できるようにするため、政府が示した武器の使用基準を了承しました



本来的には従来の自衛隊法84条では想定していない事態なので、理想論を言えば、法改正で対応すべきですが、法改正には時間がかかるのも事実です。



今回の政府による武器使用基準の緩和は法改正している時間がない中では、苦肉の策としてやむを得ない対応だと思います。



自衛隊員はみなさんプロフェッショナルで日々訓練をして練度をあげています。いざというときに指揮官並びに現場の自衛隊員が速やかに所要の措置を取れるように領空侵犯に対処するための武器使用の要件を法律でわかりやすく規定すべきだと考えます。




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/