2023年02月17日 11:01 弁護士ドットコム
2021年3月6日、適切な医療を受けることができないまま、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんは、名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)の収容施設で亡くなった。当初、健康だった彼女はなぜ収容後、7カ月足らずの間に命を落とすほど体調が悪化してしまったのか。
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三回忌を前に、ウィシュマさんの死亡事件をモチーフにした舞台『入管収容所』(トラッシュマスターズ)が上演される。
地方で働く技能実習生とある家族の交流を描いた『異邦人』など、これまでも社会問題をテーマに現代の日本を浮き彫りにしてきた劇作家で、劇団主宰の中津留章仁さんに入管問題について聞いた。(取材・文/塚田恭子)
――『入管収容所』には、事件の経緯が詳細に描かれています。台本を書くにあたって、多くのかたに取材をしたのでしょうか。
代理人の指宿昭一弁護士、ウィシュマさんの妹のポールニマさんとワヨミさんにお話をうかがい、その後、名古屋の「START」や東京の「BOND」など、支援団体の人たちにお話をお聞きしました。
そのあとは、指宿弁護士や支援者にいただいた資料や、入管を取材している記者の本、ウィシュマさんの死後、入管が出した報告書などを読み漁った感じです。支援者に同行して、名古屋と東京の出入国在留管理局で収容者の人たちにも面会しました。
――事件の背後には、法律や入管の体制、システムの問題があります。
入管の前提は、約3000人の送還忌避者を本国に送還することでしょう。通常国会でも、入管法改正案を提出するといっています。現状の入管法自体おかしいのですが、新たな改正法案は、送還忌避者に対し罰則を与えるなど、入管側が送還するための強い効力を持つような制度が盛り込まれています。ですが、それでも帰れないかたは帰れないと思います。
あるときは(超過滞在者の摘発を)引き締め、あるときは緩めるなど、入管政策には波があると思います。そういう国の気まぐれによって、多くの収容者の人生が翻弄されています。
――元入管職員のかたも、入管行政は場当たり的で、裁量が大きすぎると話していました。
自分たちがどれほどの裁量を持っているか、入管職員はそのことを自覚していないのでしょう。
現場で警備官と接している支援者のお話では、警備官の中には支援者に頭を下げたかたや、ウィシュマさんが亡くなって泣いていたかたもいたそうですが、人が亡くなっている以上、謝って済む話ではありません。支援者のかたは、現場の職員よりも、上(キャリア組の局長や次長)の責任を問うようなお話をなさっていました。ですが、最終報告書には、次長以上の責任については書かれていません。そのことをどのように評価すべきでしょうか。
仮放免の責任者は、各地の入管で異なるものの、局長か次長のいずれかの裁量によって決まります。名古屋入管では、当時、次長の裁量で決裁されていました。ウィシュマさんは2度仮放免を申請しましたが、報告書を読んでいると、その記述から、なぜ次長がこういう判断をしたか、状況をどこまで知っていたかなどが、少しわかります。
――最終報告書から、いろいろ読み取ることができる、と。
最終報告書には追加の別紙もあって、それを読むと、ウィシュマさんに仮放免を出そうという考えも、あったことがわかります。入管内部でも仮放免を出したほうがよいとしている人たちもいたけれど、結局、その前にウィシュマさんはお亡くなりになってしまいました。
いずれにしても、報告書ではキャリア組の責任には触れていませんし、かなりバイアスがかかっているうえに、隠していることも多いと思うので、その辺りをコチラが汲む必要があると思います。
――名古屋の処遇部門(収容者を管理する部門)閉鎖や、一部の支援団体の面会にだけ警備官が立ち会うなど、作品には現状がリアルに反映されています。
わたしが名古屋の出入国在留管理局に行ったとき(2022年11月)には、まだ処遇部門は閉まっていました。支援者の申し入れ先は総務だったのですが、「総務ではわからないので、処遇に伝えます」という趣旨の発言がありました。それなら最初から処遇を開けておけよ、という話ですが、まあすごい世界です。
名古屋入管は、東京入管よりも物々しい雰囲気があるように感じました。よほど警戒しているのか、STARTの面会だけは職員の立ち会いがあり、収容者とのやりとりについてメモが取られています。わたしが面会に付き添った際もそうでした。
報告書の中には、名古屋入管は、支援者がウィシュマさんに「病気になれば仮放免になる」と伝え、そのあとでウィシュマさんが体調不良を訴えたことから、それを理由に警備官らはウィシュマさんの詐病を疑ったという趣旨の記述があります。これに対して支援者は「メモを取っているなら、いつの面会の、誰の発言だったのか」という質問をしたものの、それには返答がなかったそうです。
――作品では、入管側がDV被害者(ウィシュマさんはDV被害者だったとされる)への措置要領を認識していなかったことにも触れています。
これも驚きました。現場の職員は知らなかったようです。ですが、局長や次長も本当に知らなかったのでしょうか。この芝居(フィクション)の中では、DV被害者への対応が適切でなかったと言われても、入管側は自らの非を認めず、突っぱねる、といったような描写になっています。
元交際相手から手紙が届き、身の危険を感じたウィシュマさんが帰国の意思を翻したことや、元交際相手の男性が一時期、名古屋入管に収容されていたことも、報告書には書かれています。
報告書によれば、元交際相手は入管側による職責での仮放免になっているようです。ということは仮放免の申請はしていなかったかもしれません。入管側の考えとしては、収容施設内で2人が会わないようにという配慮だったのでしょうが、それならば被害に遭った側のウィシュマさんに仮放免を出せばよかったのではと思います。
――面会への職員の立ち会いですが、大村入国管理センター(大村入管)では、すべての面会に職員が立ち会うと、支援者のかたは言っていました。
大村入管の収容者は今、10人前後と言われており、職員の数のほうが断然多いですよね。大村は施設自体が大きくて、その維持管理だけでもものすごい労力をかけていると思います。相当な税金の無駄遣いではないでしょうか。
――取材ができて、資料もある弁護士、支援者の視点だけでなく、ブラックボックスといわれる入管内部のやりとりもとても綿密です。
国会議員などから話をしてもらわない限り、通常内部の取材などは出来ない(受けない)ようです。内部の話は殆ど表に出てくることはありませんので、調べようがありません。ですから、そこは支援者のかたのお話などから創作しました。
また、報告書にも、一部わたしたちが耳にすることのない内容が書かれています。そこにもヒントがあるので、そこから人間の心理を紐解いていきました。
――局長と記者のやりとりも見せ場の1つですね。
どこまでも法の遵守を謳う入管と、人権や人道的配慮の必要性を訴えるジャーナリストのバトルです。上位法の憲法に従えば、外国人の人権も尊重されるべきですが、芝居の中での局長は収容者には適用されないと反論しますので、わたしが憲法の前文を強引に持ち込んで、ジャーナリストが更に反論するという展開をつくってみました(笑)。
憲法に頼らなくても、彼らにも適用される法律があればいいのですが、現在は、それがないということでしょう。
――収容者の人権が守られない背景には、社会の関心の低さもあるのかなと思うのですが。
何に関心を持つかはその人の考え方や価値観によるので、みんなの目が、入管問題には向きません。だからこそ入管は戦後ずっと、ここまで変わらない法律と体制を維持してきたと思うんです。
入管が変わらなかったのには、2つ理由があると思います。
1つは、警察や入管がつくり上げてきた治安維持の思想です。そのルールが適切なものかどうかを考える以前に、法を守らない人、ルールを守れない人は悪い人であるという先入観が、日本人の根深いところまで浸透しています。あの人たちは悪い人だから、国に送還されても当然と、一定数以上の人が思っているのでしょう。こうしたことが、これまで入管問題に関心が向かなかった理由ではないでしょうか。
もう1つは、収容者と利害関係にある日本人の絶対数が少ないことが挙げられます。日本の法律を変えるためには、選挙権を持つ日本の人々の意思表示が必要です。ですが、入管の問題に目を向けているかたの人数は、残念ながらとても少なく、結果少数派になってしまっているのでしょう。加えて、国会議員の方々の目は、多数派の有権者の意思を反映させようとそちらに向いてしまうので、選挙権のない収容者やそのご家族などの思いを汲み取ることが難しいのでしょう。
――時代は大きく変わっているのに、入管の外国人に対する考えは思考停止しているように感じます。
文章から人間の心理を読み取る仕事をしているわたしたちには、出入国在留管理庁のサイトの文言から、彼らの思想が垣間見えます。「他の国でもおこなわれています」という言い回しは、一種のマウンティングではないでしょうか。
「他の国もやっている」から「わたしたちの国もやってよい」というのでしたら、現在他国では戦争をおこなっている国がありますので、わたしたちの国も戦争をしてよろしいんですか、という屁理屈を言いたくなってきます(笑)。
他の国でおこなわれているかどうかはあまり関係ありません。あの文言は、議論や対話があまり上手くない人たちが書いているように思えます。そこに、内部の体質が表れているような気がします。それよりも、入管がおこなっていることが、日本の憲法や国連が意見しているような人道的配慮に即しているか否かなどを、事実を積み上げて検証する方がよいように思います。
――支援者が何か聞いても、申し入れをしても、入管側から反応はほとんどありません。
入管に行くと、外国人の人権擁護のポスターが貼られていて、自分たちは人権を擁護している側だとアピールしています。内部でおこなわれている現実とポスターはあまりに乖離していて、なぜこうなるのだろうと思います。
入管側は、事情の如何に関わらず、一度もルールを守らなかったことがない善良な外国人の人権のみを擁護しているのでしょうか。ですが、考えなければならないのは、「帰らない」のではなく「帰れない」人たちにどう対応するか、ということです。
――送還忌避者といわれる3000人の多くは、日本語ができて在留歴も長い人です。在留を認めてもらって仕事ができれば税金も払い、生活者としてお金も使えるのに、と言っています。
送還すると決めたら、とにかく遂行しようとする。これが入管側のスタンスです。帰れない事情がある人とはどこまでも平行線です。
入管法改正案では、難民申請をして送還停止となるのは原則2回まで、3回目以降の申請者は申請中でも送還出来るとしていて、3000人の送還忌避者の首をますます締めようとしています。
――今回、中津留さんが作品を通じて表現したかったのはどんなことでしょうか。
入管法改正案には反対であるとか、入管側の収容者や支援者への先入観は何とかならないものか、などいろいろ伝えたいことはあります。ですが、まずは送還忌避者といわれる帰れない事情があるかたがたに、何らかの在留資格を与えて欲しいと思います。
今、在留特別許可がなかなか出ませんし、仮放免で外に出ても生きていけません。東京入管には、そのことに対する抗議で、仮放免を申請せずにハンストしているかたもいます。
書きたい、入れたいシーンはいろいろありましたけど、上演時間のこともあり、芝居の軸は、支援者側と入管側の攻防という形になりました。ですが、収容者が法務大臣に宛てた手紙で、彼らの思いは代弁されているかな、とは思っています。
【プロフィール】なかつる・あきひと/1973年大分県出身。2000年に旗揚げしたトラッシュマスターズの主宰者で、全作品の作・演出を手掛ける。社会問題をテーマに、現代の日本を映し出す作品を発表。東日本大震災と原発事故を扱った『背水の孤島』で読売演劇大賞選考委員特別賞と優秀演出家賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、千田是也賞を受賞。トラッシュマスターズ第37回公演「入管収容所」は2月17日(金)から2月26日(日)まで、すみだパークシアター倉で上演。 http://www.lcp.jp/trash/