Text by タケシタトモヒロ
Text by 生駒奨
Text by 小川陸
あなたは、カタールワールドカップの熱狂を覚えているだろうか。昨年12月、だれもがサッカーの祭典を話題にした。しかしいま、どの国が優勝し、日本代表の最終成績がどうだったかを、答えられる人がどれくらいいるだろうか。
2月17日には、日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕する。Jリーグは今年が30周年。W杯直後という状況も重なり、勝負のシーズンとなる今季、どのような策を打ってくるのか。
その答えのひとつが、「クリエイティブの強化」だ。近年のサッカー界は、ユヴェントス(イタリア)がエンブレムデザインを大幅に変更したり、パリ・サンジェルマン(フランス)がジョーダン・ブランド(Nike)とコラボレートしたりと、クリエイティブ面に重きを置く動きが顕著になっている。また、SNSでの露出を前提に、各リーグ・チームが画像や動画の制作を積極的に行なうようになったのも、近年のスポーツ界の大きな潮流だ。
Jリーグは、クリエイティブ強化の柱として元「SOPH.」デザイナーの清永浩文をクリエイティブ・ダイレクターとして迎え入れた。「SOPH.」でファッションシーンをリードしてきた清永は、無類のサッカーファンとしても知られている。「架空のサッカークラブの公式ウエア」という設定のブランド「F.C.Real Bristol」は、スポーツミックススタイルの先駆けだ。
トップファッションデザイナーとサッカー界がタッグを組む。30年の歴史を持つJリーグを、清永はどう変えていくのか。清永本人に率直に尋ねた。
―2022年8月1日付でJリーグのクリエイティブ・ダイレクターに就任されましたが、あらためて経緯を教えていただけますか?
清永:就任の経緯としては、現在Jリーグでチェアマンを務める野々村芳和さんの存在が大きいですね。野々村さんがサッカー選手として現役を引退したころ(2001年)から面識があります。ぼくが1999年から2022年までのあいだに地元・大分トリニータのスポンサーをしていた関係で、彼がコンサドーレ札幌(現・北海道コンサドーレ札幌)の代表取締役社長として大分に来たときにお会いしたり、Jリーグの理事に共通の知人がいたりしたんです。
清永浩文(きよなが ひろふみ)
1967年生まれ、大分県出身。1998年にファッションブランド「SOPH.」を設立。ストリート、アウトドア、トラディショナルなどさまざまな要素を取り入れた独自のデザインを確立し人気を博す。サッカーへの情熱でも知られ、Jリーグ・大分トリニータへのスポンサードやスポーツミックスブランド「F.C.Real Bristol」を展開。2022年には「最後の戦術。」と銘打った声明を発表し、「SOPH.」を退任することを表明。同年8月にJリーグ クリエイティブ・ダイレクターに就任した
清永:そして、ぼくのスポンサード活動や「F.C.Real Bristol」を通して日本サッカーに関わっていることを知ってくれていたなかで、2022年6月に「SOPH.」を退任したタイミングで「なんらかのかたちでJリーグのお手伝いをお願いしたい」とお声がけをいただきました。
以前から「将来的になにかできたらいいですね」と話をしていたのですが、「SOPH.」の退任発表前からクリエイティブ・ダイレクターの話があったわけではなく、退任発表後に就任の依頼を受けています。そこは強調しておきたいですね(笑)。
それに、野々村さんが2022年3月にチェアマンに就任して以降、彼の「Jリーグを変えていこう」という強い想いを感じていました。その野々村さんに頼まれたからクリエイティブ・ダイレクターの話を受けた節はありますね。
―話をいただいたときは率直にどう思いましたか?
清永:「やっと来たか」という気分でしたね(笑)。1998年に「SOPH.」を、1999年に「F.C.Real Bristol」を立ち上げたのも、「ファッションを通じて日本サッカー界を盛り上げるお手伝いをしたい」という想いがあったから。自分で言うのもおこがましいですが、25年間、サポーターであり、地域密着のスポンサーであり、ビジネスマンであり、いろいろな目線と経験、知識を積み上げてきました。その叡智をようやく提供できる。正直にうれしかったです。
―リーグ全体のクリエイティブ・ダイレクターというと世界的にも前例の少ないポジションですが、その時点で明確なビジョンはありましたか?
清永:正直なところ、いまでも手探りな部分はありますね。野々村さんからは、「Jリーグをカッコよくしてください」の一言だけをいただきました。それをどうとらえ、どう置き換えていくか。
清永:ひとつのクラブのクリエイティブ・ダイレクターであれば割と自由が効きますが、Jリーグは全60クラブが所属する大所帯ですから、バランスが大事だと思っています。シンプルに整えることが役目だと思う反面、斬新でカッコいいことが正解かもしれない。サッカーになぞらえて言うと、「自分の戦術理解度を上げようとしている段階」です。
―良くも悪くも、いまは「Jリーグっぽいクリエイティブ」がない状況ですよね。
清永:そうですね。ただ、「ぼくの色」を前面に出すつもりはありません。ぼくは24年間、自分が立ち上げた会社でトップダウンのビジネスをやってきましたが、これからはJリーグという巨大組織の一員として「トータルフットボール」(※)をする必要がある。
清永:ガラッと変えずにゆっくりと滑らかにつくり上げていければと思っています。その結果、みんなが「最近のJリーグいいね」と言ってくれれば二重丸です。
ぼくが関わり、「清永さんがやったんだな」と気づかれないほどの変化が理想で、逆にぼくの任期が満了したらクリエイティブもガラッと変わるのはおかしいと思っています。
―なるほど。では、実際にJリーグで手がけられたクリエイティブについてお聞きします。Jリーグが30周年を迎えるにあたり、ロゴやコンセプトワードの監修をされたそうですね。制作が動き出したのはいつごろからでしょうか?
清永:昨年8月の就任後すぐで、Jリーグ30周年のコンセプトワード「よっしゃ いこ!」を決めるのが最初の仕事でしたね。
Jリーグ30周年コンセプトワード「よっしゃ いこ!」を発表する野々村チェアマン(写真提供:Jリーグ)
清永:「SOPH.」時代に「まいったな 2020」というビルボード広告を出したことがあるんですけど、それがJリーグの人たちにも響いていたみたいで。同様にわかりやすくて共感できる言葉でありながら、「子どもたち、未来のJリーガーたちがサッカーに興味を持つきっかけになるようなコピーを一緒に考えていただきたい」という依頼内容を受けてつくったのが「よっしゃ いこ!」でした。
清永:「まいったな 2020」は、ぼくの退任時のコピー「最後の戦術。」も制作してくれた白水生路くん(広告クリエイター / バンド「LITTLE TEMPO」ベーシスト。清永とは20年来の盟友)にお願いしていたので、「よっしゃ いこ!」も彼に一緒に考えてもらっています。
いまはアフターコロナを見据えるタイミングですから、「よっしゃ いこ!」という言葉と時代が合ってくれればうれしいですね。
―1月上旬にはJリーグ30周年の記念ロゴが発表されましたが、これには携わっているのでしょうか?
清永:就任の時期的にデザインの発注などはできなかったのですが、ロゴを選ぶメンバーのひとりとしては参加しています。
Jリーグ30周年の記念ロゴ(写真提供:Jリーグ)
清永:いまのぼくの状況をサッカーに例えると、半年前に「ファッションリーグ」という海外リーグからJリーグに移籍したばかりの選手なんですよね。
フォーメーションや戦術、周りの選手の特徴を把握しきれておらず、やっぱり結果を出さないとパスは回ってこないので、まだ少しずつパフォーマンスを上げている段階です。
―ということは、カタールワールドカップ後にJリーグ公式から公開されて大きな反響を呼んだ動画「ここから」も清永さんが直接的に手掛けられたわけではないんですね?
清永:絵コンテや映像素材の確認程度ですね。ぼくがクリエイティブ・ダイレクターとして参画し、「ゼロ」から立ち会わなくても「サン」や「ヨン」の段階でチェックするようになったことで、Jリーグ全体がクリエイティブを意識するように変化した気はします。
清永:ちなみに、映像内に登場するユニフォームは選手本人や各クラブから借りたそうです。そういった裏話を聞くとなおさらジーンときますよね。
―ぼく(聞き手:小川陸)自身、あの動画を見て久々に開幕戦を見に行こうと思ったので、1本の動画が持つクリエイティブの力をあらためて実感しました。
清永:「あの動画、清永さんが関わったんですか?」と聞かれることが多かったんですけど、そう言われるだけでもぼくの役目は果たしていると思いますね。いままでと違った目線でJリーグのクリエイティブを見てくれるようになっているし、これまで流して見ていたような映像にも目を向けてもらえるかもしれない。
あと、30周年の記念ロゴに対して、じつはSNSではネガティブな意見が多いんです。「シンプルすぎる」「PowerPointでつくったのか」なんてコメントもありましたね(笑)。でも、そのシンプルさもアリだと思っています。
Jリーグの主役はあくまでもクラブ。記念ロゴはシンプルに整えられていて、パッと見たときでもわかりやすいものを選びました。
シンプルだからこそ、どのクラブのエンブレムの横にそえても喧嘩しないし、前後の文脈なくこのロゴだけを見たときにも意味が伝わるはずです。
―今後、クリエイティブ・ダイレクターとして既存のJリーグロゴの刷新や試合で使われる公式ボールのデザインなどにも関わっていく可能性はありますか?
清永のラペルに光るJリーグロゴのピン
清永:Jリーグは30周年を迎えてもロゴは変わりませんでしたが、ここ数年ロゴを変更してほしいというサポーターが多いと聞いています。イタリア・セリエAが数年単位でリーグロゴを変えているように、「Jリーグ百年構想」(※)のあいだで変わっていく可能性はゼロではないですね。
清永:また、NBAのように50年近くロゴが変わらないことで老舗感が滲み出ることもあるので、時代に合わせていければと思っています。あとは、サウンドロゴがなかったので制作を検討していたり、6月に移転するオフィスのダイレクションをしたり、課題は山積みです。
―時計の針を2022年に戻すと、ワールドカップが開催されていました。清永さんはどう見ましたか?
清永:「ここから」でわかるように、今回のW杯の日本代表メンバーは全員がJリーグを経験しているんですよね。日本から世界に巣立ったということで、Jリーグの重要性を再確認できたW杯だと思います。
清永:ただ、現役JリーガーとしてW杯に出場していた選手は数名しかいない。これからJリーグがもっと魅力的なリーグになって、W杯後でも選手が残留してくれればより盛り上がるだろうと思います。
欲を言うと、日本人に限らずW杯に出場していた選手がJリーグに移籍してきてくれたらなと思いますね。今回はW杯で活躍したJリーガーが海外に移籍していくだけで、その逆はなかったので……。
―少し話の間口を広げると、ここ数年、ユヴェントス(イタリア)のロゴ変更や相澤陽介さん(「White Mountaineering」デザイナー)の北海道コンサドーレ札幌への参画をはじめ、サッカー界ではクリエイティブに重きを置く動きが散見されます。清永さんは、この潮流をどうお考えですか?
清永:Jリーグのクリエイティブ・ダイレクターという肩書きを置いて、清永個人の「強いクラブ、勝っているクラブはカッコよく見える」という持論を話させてください。
強いと企業イメージの良いスポンサーがつくし、さらに歴史があれば全体的にカッコよく見えてしまうんです。これまでユニフォームをはじめ、「デザインの力でなんとかしてください」と依頼していただくことはありましたが、それよりもクラブとそのフロントが地元地域と三位一体になることが大事なのかなと思います。
清永:例えば、世界的に有名なブランドがJ2のユニフォームをデザインしたり、地方都市であり高齢者も多い大分に都会的でクールなポスターを貼り出したりすることは正解なのか。それよりもクラブと街の規模感を鑑みた、ローカルにはローカルなりのデザインやマーケティングが必要だとつねに考えています。
これは、持論とJリーグのクリエイティブ・ダイレクターとしての中間の意見ですね。一過性ものではなく段階を踏み、細かいアップデートを重ねてトータルでクリエイティブを見ることができるチームが増えればと思います。
―また、「F.C.Real Bristol」では「ファッション×サッカー」という異なるカルチャー同士をかけ合わせたアイテムを発表していましたが、そのなかでどんなことを意識していましたか?
清永:ファッションからJリーグを、サッカー文化を向上させたい思いに駆られて始めたので、意識していることはとくにないんですよね。
1998年6月に「SOPH.」を創業し、初めての展示会を開いた直後にW杯のフランス大会を見るために現地へ飛んだのですが、当時はいまのようにサッカーアイテムを街で着るのが普通じゃない時代で、着用している人は皆無に等しかったと記憶しています。
そして、4年後の2002年にW杯が日本に来るからファッションを通じて盛り上げたい一心で、「クラブをつくるには大金が必要だから架空のクラブのウェアを出せばいい」と考えつき、「F.C.Real Bristol」を立ち上げたのが翌1999年。「『ファッション×サッカー』が売れそうだな」という感覚で始めたのではなく、「ファッション×スポーツ」という時代の流れが追いついて来ただけなんですよ。
清永:ただ、「『F.C.Real Bristol』というサッカーアイテムをさまざまなシーンで着る」という文化をつくれたとは思いますね。
―それでは最後に、清永さんが目指すJリーグ像を教えてください。
清永:ぼくが言える立場ではないんですけど、世界中の選手が「移籍したい!」と思うようなクラブがある、人気のリーグにしたいです。ぼくは25年間悶々と持ち続けていた意見があるし、サポーター目線の意見を吸い上げることができそうな気もする。クリエイティブ面から皆さんが思い描く理想郷に近づくお手伝いや整理をできればと思っています。
それでも、まだ「ファッションリーグ」から移籍して半年で先発出場しているかどうかも危うい選手だと思って、すぐに結果を求めないでください(笑)。クリエイティブ・ダイレクターとして開幕から携わるのは2023年シーズンが初めてですし、(アーリング・)ハーランド(※)がもしJ2のチームに入ったとしてもすぐに優勝できるはずがないように、やっぱりトータルフットボールなんですよ。
清永:ひとりで一気にガラッと変えることがクリエイティブ・ダイレクターの仕事ではないと思っているので、ゆっくり自然と気づかない程度に変えていきたいです。
とにかく考えていることは山ほどありますが、完全な個人の意見としては、やっぱり東京23区内にひとつは「ビッグクラブ」が欲しいな、と切に思いますね。