2023年02月16日 07:11 リアルサウンド
手塚漫画最大のスターと言えば…
手塚治虫の漫画に登場する有名キャラクターといえば誰か?
アトム? ブラック・ジャック? レオ? ヒゲオヤジ? 様々なキャラクターが思い浮かぶと思うが、隠れた人気キャラと言えばヒョウタンツギであろう。手塚の漫画を読んでいると突然登場する、あのキャラである。登場回数でいえばおそらく手塚作品の中でもトップクラスの有名キャラである。
そもそもこのヒョウタンツギ、どんなキャラなのか。実は、手塚治虫の妹が子どもの頃に描いた落書きが発祥とされており、既に子ども時代に手塚が描いた漫画に登場している。いわば、手塚最古のキャラクターの1人ともいえる、長い歴史があるのだ。手塚治虫公式サイトによれば、「赤塚不二夫氏のケムンパスや谷岡ヤスジ氏のムジドリなどに影響を与えたのかもしれません。そんな意味でも日本漫画史上に残る貴重なキャラクター」と、その意義が分析されている。
ヒョウタンツギの身体にはツギハギがあり、豚のような鼻を持ち、口からはしばしガスのようなものを噴射する。謎めいたキャラなのだが、その正体はキノコの一種なのだ。キノコとなれば味が気になってしまうのだが、ヒョウタンツギはおいしいのだろうか。作中の描写から紐解いてみよう。
ヒョウタンツギは食用? 毒?
キャラクターがヒョウタンツギを食べる描写は、漫画に数多く描かれている。手塚治虫の漫画の中でも特にヒョウタンツギが頻出するのが『ブラック・ジャック』だ。作中では、工事現場の労働者(力有武というキャラ)が弁当に入ったヒョウタンツギを食べる描写があるが、最近はヒョウタンツギがみすぼらしくなっている旨を話している。
このことから、ヒョウタンツギは極めてポピュラーな、日常的にスーパーに並んでいるようなキノコと考えられる。現代で言えば、ブナシメジやエリンギのような存在だろうか。しかし、景気動向によって品質が左右されるようだ。この弁当のヒョウタンツギは、ひょっとするとスーパーの見切り品を買ってきた可能性もある。
『ブラック・ジャック』では、イリオモテヤマネコを捕獲する餌としてヒョウタンツギを使う場面がある。生きたヒョウタンツギに向かい、イリオモテヤマネコが豪快に飛びついている。このことから、猫にとってもヒョウタンツギは好物であると言えるだろう。カツオなどの魚か、「ちゃおちゅ~る」のような美味なる食べ物なのだ。人間にも、動物にも好まれる味ということができる。
一方で、気になる描写もある。それは『ブッダ』の最後のシーンである。シッダルタ(ブッダ)が料理に出されたヒョウタンツギを食べた後、体調の悪化に苦しみ、亡くなってしまうのだ。作中には苦しむブッダを見て、「キノコが当たったのだろう」と推測するセリフがある。もちろん、断定はされていないため他の食べ物が原因になった可能性もあるし、体調がそのタイミングで急に悪化したのかもしれない。
『ブッダ』の描写からは、ヒョウタンツギに確実な毒性があったとは断言できない。しかし、一般的に食されていたキノコに実は毒性があったかもしれないとすると、なかなか物騒な話である。
似ているキノコは存在するのか
いったいそんなキノコが現実にあるのだろうか。実は、食べる人の持病や体調によっては中毒するとされるキノコは、存在する。スギヒラタケである。20年以上前は、東北地方などで極めてポピュラーなキノコで、朝市などで市販され、好んで食べられていた。しかし、このキノコを食べて亡くなったと疑われる、中毒が続出。現在では「猛毒キノコ」扱いになった。特定の持病を持つ人が食べると、中毒症状があらわれると考えられている。
ヒョウタンツギを人間が食べているシーンがあるのだから、ポピュラーなキノコであることは間違いない。スギヒラタケは比較的ポピュラーだったのに毒キノコに転落してしまったが、広く流通するほどポピュラー存在ではなかった。
キノコにはアルコールなどと合わせると中毒するキノコがある。ホテイシメジなどがそれだ。おいしいキノコなのだが、酒を飲むと強烈な中毒症状に見舞われる。キノコに含まれるコプリンという成分が、酵素がアルコールを分解する働きを邪魔するためである。ヒョウタンツギもひょっとすると、こうした成分が含まれるキノコかもしれない。
仮に毒キノコだとしたら、イリオモテヤマネコのような動物は食べることはできるのか。それは可能である。人間にとって毒性の強いベニテングタケを、シカがむしゃむしゃと食べている映像が撮影されたことがあるのだ。山に入ると、ナメクジがしばし毒キノコを食べている様子も見かける。人間にとって毒=動物にとって毒、ではないのである。
なかなか、すべてに当てはまるキノコが見つからない。そもそもヒョウタンツギは自らの意志を持っているようだし、突然様々な場面に登場するし、ブラック・ジャックの顏がヒョウタンツギになってしまうことだってある。南方熊楠が好んだ粘菌のように、意志を持って動き回り、キノコのようなものを作り出す生物の進化系と考えることもできる。いずれにせよ、奇々怪々、謎の存在と言うしかない。
筆者は以前、『手塚治虫漫画全集』全400巻(別巻含む)を前に、ヒョウタンツギがいったい何体出てくるのか集計しようと試みたことがあったが、疲れ果てて断念してしまった。多様な楽しみ方ができるのが、手塚治虫作品の奥深い魅力と言えよう。
文=元城健