2023年02月09日 11:01 弁護士ドットコム
回転寿司店でレーン上の他人の寿司を食べたり、醤油ボトルの注ぎ口を舐めたりする迷惑行為が問題となっています。軽い気持ちで撮影したものでも、ネットに投稿すればたちまち拡散し、インターネット上に残り続けてしまいます。
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こうしたいたずら投稿は、一度ネットで拡散されると簡単には消せないことから「デジタルタトゥー」とも呼ばれていますが、実際に消す方法はあるのでしょうか。
ネットの権利侵害に詳しい小沢一仁弁護士に聞きました。
——小沢弁護士の元に「いたずら投稿を削除したい」という相談はきますか?
「いたずら投稿の削除をしたい」という相談は、定期的に来ます。この場合の削除したいという相談には、(1)投稿した後に、書きすぎた、責任追及されるのではないかと後悔し、自分が投稿した記事を削除したいというもの、(2)自分が投稿した記事を削除したものの、第三者によって広められてしまったというもののふたつのケースに大きく分けられます。
(1)のケースは、SNSのように投稿者に削除権限がある場合は、当然投稿者自身が削除すれば足りるのですが、匿名掲示板では投稿者に削除権限がない場合が多いと思います。
この場合、投稿者が自分で投稿した記事を削除したいと思っても、自分が投稿した記事が自分の権利を侵害することは通常ないと考えられますので、少なくとも法的には削除することができません。
掲示板運営者に任意の削除依頼をして受け入れられるかどうか、ということになると思います。あとから後悔するような記事を投稿しないように、投稿する前に慎重に検討をすべきだと思います。
——自分が消した後にも投稿が拡散されてしまった(2)のケースはどうでしょうか。
(2)のケースは、最近問題になっている回転寿司の事案にもあてはまるものだと思います。この場合に拡散した動画等を削除するには、拡散する行為がいたずら投稿をした者に対する権利侵害と言えなければなりません。
このときに、侵害される権利として考えられるのは、肖像権、プライバシー権、名誉権、著作権あたりではないかと思います。
肖像権については、いたずら投稿との関係で問題になりうるのは、自ら公表した動画を第三者が拡散する行為が、違法な肖像権侵害といえるかというものです。
最高裁は、人は、「自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益を有する」と判断しています(最高裁平成17年11月10日第一小法廷判決)。そして、このような人格的利益が違法に侵害されたといえるためには、「公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価される」必要があるとしています。
今回のケースでは、社会通念上明らかに度を超えたいたずら動画を、拡散力が極めて高いSNSにアップロードしたわけですから、投稿者において、ある程度SNS上で拡散されることは想定していたのではないかと考えられます。
そうすると、結果的に大きな炎上騒動となり、投稿者に批判的な意見が寄せられたからといって、これが社会生活上の受忍限度を超えるとは、私は思いません。そうすると、肖像権侵害で削除請求をすることは難しそうです。
——プライバシー権はどう考えられますか。
プライバシー権については、今回のようなケースは逮捕報道や前科報道に近い事案だと思うのですが、逮捕された事実や刑罰に処されたことがあるとの事実については、他人にみだりに知られたくないプライバシーに属する事実と評価されることが通常かと思います。
しかし、逮捕等の事実が報道によって広められた場合とは異なり、今回のケースでは自ら動画等を投稿しているわけですから、そもそもプライバシーに属する事実といえるのか疑問があります。
仮にプライバシーに属する事実といえるとしても、拡散された動画等が、いたずら投稿をした人のプライバシー権を違法に侵害したと言えるためには、当該事実を公表することにより得られる利益(国民の知る権利等)と公表しないことにより得られる利益(投稿者の人格的利益の保護等)を比較して、後者が前者に優越する必要があります。
たとえば逮捕報道の場合、嫌疑不十分で不起訴になったような場合を除き、10年くらい経過しなければ、削除が認められないこともあります。
今回のようなケースは、意図的にいたずら投稿をしたわけですから、やはり同程度の期間が経過しない限り、削除は難しいのではないかと思います。このことは、投稿者が未成年である場合でも同じだと私は思います。そうすると、現時点においてプライバシー権侵害で削除請求をすることは難しそうです。
——名誉権はどうでしょうか。
名誉権については、いたずら投稿を拡散すること自体はいたずら投稿をした者の社会的評価を低下させるものだと思います。
しかし、ある程度非難されることは想定のうえでの投稿でしょうから、社会通念上受忍すべき限度を超えて社会的評価が低下したとまではいえないと思います。
仮に社会的評価が低下し、いたずら投稿をした者に対する名誉権侵害に当たるとしても、いたずら投稿の内容が社会的な関心事であり、これを非難する記事は、今回のようないたずらが繰り返されてはならないという動機に基づくものだと思われます。
さらに、いたずら投稿がされたことは事実ですから、いたずら投稿を拡散して非難するような記事は、公共の利害に関するものであり、専ら公益を図る目的でされたものであり、さらには内容が真実だと思いますので、違法な名誉権侵害にはならないと思います。そのため、名誉権侵害で削除請求をすることは難しそうです。
なお、いたずら投稿とは全く無関係の事実をねつ造して非難したり、事実に基づいて非難するにしても、たとえば殺害予告をしたりするなど、行きすぎたものについては削除請求をすることができる可能性が高いと思います。
——著作権侵害に当たる可能性はありますか。
著作権については、いたずら投稿の動画データを無断でコピーしてインターネット上にアップロードするような場合は、いたずら投稿をした者の著作権を侵害する可能性があります。しかし、引用の要件を満たせば違法な著作権侵害とはなりません。
引用の要件を満たすかは個々の拡散の態様によります。なお、動画自体に加工を加えて揶揄するようなものについては、削除できる可能性が高いと思います。
以上のことは、SNS、まとめサイトに共通して言えることですが、検索結果の削除については、最高裁で、権利侵害の「明白性」まで必要との判断がされました(平成29年1月31日第三小法廷決定)。そのため、検索結果の削除については、通常の削除請求よりもハードルが高くなります。
ただし、SNSや掲示板の運営者に対して削除請求をする場合は、これらの運営者は拡散をした者自身ではなく、適切な反論ができないので、公平の観点から、削除の判断を厳しく見られる傾向にあります。このようなケースにおいては、検索結果削除の場合とハードルはそれほど変わらないかも知れません。
——いたずらする様子を一緒に撮影したけど、友人がSNSに勝手にアップした場合、友人に対してプライバシー侵害などで削除要求、慰謝料請求はできるのでしょうか?
悪質ないたずら行為自体はしたわけですし、動画を撮影されることも許容していたのですから、その動画を友人がSNSにアップしたとしても、直ちには違法な権利侵害とまではいえないと思います。
仮に違法な権利侵害といえる場合は、削除請求は認められるのでしょうが、慰謝料請求となると、認められたとしても慰謝料額はごくわずかなものにとどまると思います。
——ちなみに、弁護士に投稿などの削除をお願いする場合、どのくらい費用がかかるのでしょうか。
削除に要する費用のうち、最も高額になるのは弁護士費用だと思います。弁護士費用は弁護士によって異なるので、一概にいくらとは言いがたいのですが、今回のような規模で拡散された情報を削除しようとすると、莫大な費用が必要だと思います。
たとえば、ツイッターで10件拡散され、5ちゃんねるに100件関連するレスを投稿され、まとめサイト10件で取り上げられ、これを裁判によって削除しようとすると、ツイッター、5ちゃんねる、まとめサイトが立ち上げられているサーバーを管理している業者(サイト運営者が公表されている場合はサイト運営者)それぞれに対して削除を求める裁判をすることになります。
その費用が、仮に着手金20万円、記事がひとつ消えたら3万円だとしても、ツイッターで着手金20万円、報酬金30万円、5ちゃんねるで着手金20万円報酬金300万円、まとめサイトが仮に10件全部個別に対応したとすると、着手金200万円、報酬金30万円、合計600万円になります。
今回のような規模だと、実際には拡散された件数はもっと多いでしょうし、弁護士費用の単価ももっと高いと思います。そうすると、あくまで予想ですが、今回のようなケースで拡散された記事の全てを削除しようとする場合、割引きを考慮せず普通に計算すると、おそらく弁護士費用は億単位になると思います。
しかも、削除しても再び投稿される可能性があるので、多額の費用を支出し続けるだけで、永遠に結果を得られない可能性があります。裁判ではなく任意の削除を呼びかけたとしても火に油を注いでしまい、余計に拡散されることにもなりかねません。
そうすると、今回のような規模で拡散した情報を全部削除することは、事実上不可能ということになろうかと思います。
——文字通り「デジタルタトゥー」となってしまうのですね。
回転寿司の事例が炎上したことを皮切りに、似たようないたずらの告発が後を絶たない状況だと認識しています。投稿者は安易に考えているのかもしれませんが、インターネット上で明らかに不当な行為が拡散された場合、投稿者自身だけではなく、その家族や友人、学校、職場等広い範囲に非常に大きな迷惑をかけます。
被害店舗からも損害賠償請求をされ、人間関係を失い、経済的にも大きなダメージを受けます。破産しても、悪意による不法行為として免責が得られない可能性もあります(破産法253条1項2号)。
情報はずっとインターネット上に残る可能性が高いので、若い人であれば、就職や結婚の障害になる可能性もあります。些細な発言をしただけでも炎上して大騒ぎになる可能性がある現在のインターネットの状況において、いたずら投稿をすることは、自殺行為としか思えません。
いたずら投稿は、投稿者が一時的に満足感を得られるだけで、関係者がみんなが損をする行為です。絶対に止めて欲しいと思います。
【取材協力弁護士】
小沢 一仁(おざわ・かずひと)弁護士
2009年弁護士登録。2014年まで、主に倒産処理、企業法務、民事介入暴力を扱う法律事務所で研鑽を積む。現インテグラル法律事務所シニアパートナー。上記分野の他、労働、インターネット、男女問題等、多様な業務を扱う。
事務所名:インテグラル法律事務所
事務所URL:https://ozawa-lawyer.jp/