2023年02月08日 11:01 弁護士ドットコム
日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。
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トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。
今回紹介するケースは、会社の歓送迎会に参加したのち、同僚を送り届けて会社に戻って残った仕事を片付けようと運転していたところ、道中の交通事故で亡くなったという社員の妻が労災申請したものの労働基準監督署では認められなかったため提訴したという事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。
こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
裁判例をザックリ解説します。
会社の【宴会】後の事故で労災が下りたケースです。
社員のXさんは、宴会の後、車の交通事故で亡くなってしまいました。そこで妻は、労災にあたるとして遺族補償給付などの支給を請求しましたが、労働基準監督署は「業務上の事故ではない」と判断して認めず。「この宴会への参加は業務じゃない」との判断です。
そこで妻は訴訟を提起しました。
結果は、
× 地裁:妻の敗訴
× 高裁:妻の敗訴
○ 最高裁:妻の勝訴
最高裁はザックリ「Xさんは事故の際、会社の支配下にあった。よって業務遂行性あり」と認定。
その理由として、
・上司が強引に誘った
・参加せざるを得ない状況に追い込まれた
・参加費用は会社もち
・会社の車を運転していたこと
などを挙げています。
以下、くわしく解説します。
(国・行橋労基署長(テイクロ九州)事件:最高裁平成28年7月8日判決)
会社は、金型の表面にクロムメッキを施す事業などを営んでいました(従業員は当時7名)。
Xさんは工場で営業企画などの業務を担当していました。
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▼ 部長の強引な誘い
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12月のある日、部長が歓送迎会を企画しました(子会社の中国人研修生の歓送迎会)。「明日やろう」という突然の企画で、部長は従業員全員に声をかけました。その誘いに対し、Xさん以外は「参加する」と答えましたが、Xさんは断りました。というのも、Xさんは忙しかったんです。
しかし、部長はネバります。歓送迎会当日も再びXさんに対して参加を打診しました。Xさんは部長に対して「社長に提出する営業戦略資料を作成しなくてはいけない。明日が提出期限なので参加できない」と答えました。
しかし、まだ部長はネバります。「今日が最後だから、顔を出せるなら、出してくれないか」と言い、さらに「資料が完成していなければ歓送迎会終了後にキミと一緒に資料を作成するから」という趣旨のことも伝えました。上司にここまで言われたら断れないですよね...。
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▼ 歓送迎会当日
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部長は、会社の車で研修生たちを飲食店に送り届けました。そして午後6時30分ごろ歓送迎会がスタートしました。そのころXさんは工場で資料作成をしていました。
「もうこんな時間か、そろそろ行かないと」という感じでしょう。Xさんは仕事を一時中断して、作業着のまま会社の車で店へ向かいました。
店に到着したのは午後8時ごろ。Xさんはその席上で総務課長に対して「終わったら工場に戻って仕事をします」と伝えたところ課長から「食うだけ食ったらすぐ帰れ」と言われました。なんだよこの課長。隣に座った中国人研修生からビールを勧められても断りました。
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▼ 事故発生
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歓送迎会は午後9時すぎにお開きとなりました。Xさんは、なんと優しい方でしょう...。酩酊状態の中国人研修生を車に乗せてアパートまで送り届けることにしました。そのあとは工場に戻って仕事をするつもりでした。
しかし、アパートに向かう途中、対向車線を走行中の大型貨物自動車と衝突し頭部外傷が原因でお亡くなりになりました。
労働基準監督署が労災と認めなかったため、Xさんの妻は訴訟を提起しました。
ザックリいうと、この歓送迎会は「業務なのか?」です。労災が下りるためには「業務上」発生したことが必要なんです(今回のケースでいえば労働者災害補償保険法1条、12条の8第2項、労働基準法79条、80条)。
結果は、
× 地裁:妻の敗訴
× 高裁:妻の敗訴
○ 最高裁:妻の勝訴
となりました。
以下、くわしく解説します。
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× 地裁と高裁の判断
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■ 歓送迎会への参加は業務ではない
地裁と高裁は以下の理由により「歓送迎会は従業員有志によって開催された私的な会合だ」「参加に業務遂行性は認められない」と判断しました。
〈理由〉
・参加を命じられていたとはいえない
・不参加により何らかの不利益が生じたともうかがわれない
・とすれば、参加するかどうかはXさんの自由だった
・会社が費用負担したからといって直ちに業務になるものでもない
■ お開き後の運転も業務ではない
・私的な会合の後にXさんが任意に行った運転である
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○ 最高裁の判断
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ちょ待てよ。最高裁が覆しました。
■ こんなときは業務にあたる(業務遂行性)
まずは大前提として「事業主の支配下」にあった場合は業務遂行性が認められると提示。詳しくは下記のとおり。
「労働者の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「災害」)が労働者災害補償保険法に基づく業務災害に関する保険給付の対象となるには、それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要(十和田労基署長事件・最高裁昭和59年5月29日判決)」
■ 本件
それを前提として最高裁は「Xさんは事故の際、会社の支配下にあった。よって業務遂行性あり」と認定しました。理由は以下のとおりです。
〈理由〉
・参加せざるを得ない状況だった
部長からの強い意向で参加を促された。
・お開き後に工場に戻ることを余儀なくされた状況
部長の「手伝う」発言
提出期限を延長するなどの措置はとられず
・歓送迎会は会社の事業活動に密接に関連していた
中国人研修生との親睦を図るもの
費用は会社の経費から支払われていた
会社の車で送迎が行われた
・お開き後アパートまで送ることも会社からの要請といえる
本来は部長が送る予定だった
アパートと工場の距離は約2km
ほかに業務遂行性が肯定された裁判例を紹介します。
■ 品川労基署長事件:東京地裁平成27年1月21日判決
会社が毎年主催している納会(社内)で飲酒し急性アルコール中毒となり死亡したケース。裁判所は「納会への参加は勤務扱いを受けることとされており,被災者は会社の本来の業務やこれに付随する一定の行為に従事したものとはいえないが、なお、その延長線上において、労働関係上、(中略)会社の支配下にあった」として業務遂行性を肯定。
参加が強制されていたケースと言えます。裁判所は宴会の緊急性を検討していないので昔と比べると緩やかになってきた模様です。ただし、こちらのケース、業務遂行性は肯定されたのですが、ご自身で多量の飲酒をしたことが死亡の原因と認定されたため労災は下りていません(むずかしい言葉で言えば業務起因性ナシ)。
「この宴会は業務かな?」を判断するときに、労働基準監督署や裁判所が注目するポイントは概ね以下の通りです。
・参加が強制されているのかどうか
・強制されてないにしても事実上参加せざるを得ない状況だったのか
・会費は会社がもつのか、社員が出すのか
このあたりを総合考慮して業務遂行性の有無を認定していると思います。難しい言葉でいえば「会社の支配下」にあるかどうかです。
「建前は自由参加なんだけど、この飲み会ほぼ強制だよな」と思っている方は多いと思います。そんな方は【参加せざるを得なかった】ことを立証するために色々な証拠を集めておきましょう(録音・メールなど)。宴会中や宴会後に事故が起きた時に使える可能性があるので、保険として証拠を確保しておくことをオススメします。
今回紹介した事例は、「業務遂行性あり」と判断されたケースでしたが、上記の判断のもと「業務遂行性なし」とされた事例もあります。
今回は以上です。
これからも働く人に向けてお届けします。
【筆者プロフィール】林 孝匡(はやし たかまさ):【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1