2023年02月08日 10:11 弁護士ドットコム
東京都狛江市で発生した強盗殺人事件から、過激化する特殊詐欺グループの実態が明るみになろうとしている。
【関連記事:娘への強制性交、罪に問われた夫に「処罰は望みません」 法廷で妻が語った驚きの理由】
強盗殺人事件は1月19日に起きた。狛江市の住宅に住む90歳女性が、地下一階で死亡しており、腕時計3点と指輪が奪われた。その後逮捕された実行犯らの証言や捜査により、実行犯らが他の強盗にも関わっていること、指示役は秘匿性の高いアプリのテレグラムで実行犯らとやりとりしていたことなどが明らかになった。
2月7日には、フィリピンの入管施設に収容されていた特殊詐欺グループ幹部ら2人を警視庁が逮捕。別の2人も、9日に日本に送還される見込みだ。
実行犯らはSNSで高収入アルバイトを騙る闇バイト募集の投稿に応募し、一連の事件に関与することとなった。SNSで闇バイトを募集し、実行する者を集めるという手口は、特殊詐欺グループによく見られる。高収入に惹かれて応募した結果、特殊詐欺の受け子や出し子などに関わることとなる。
『ルポ特殊詐欺』の著者、神奈川新聞報道部記者・田崎基氏によれば、今回の一連の事件と同様、近年では特殊詐欺に関わる中で強盗などの凶悪な犯罪に手を染める者が後を絶たないという。田崎氏に詳しく聞いた。(ライター・高橋ユキ)
「事件発生直後から、これは特殊詐欺に関連するのではないかと感じていました。続報を見て、やはり酷似しているという思いを強くしています。特殊詐欺が基盤にあり、そこから展開しているという点も同じで、実行犯らが『家族を殺す』と脅されて犯行に及んでいることも同じです。今回の一連の事件は、もしかして時間軸的にも同じ指示役、同じマニュアル、同じ名簿に基づいて犯行が行われているのではという気はします」(田崎氏・以下同)
と、今回の事件について語る田崎氏が、特殊詐欺の取材を始めるきっかけも、詐欺ではなく、ある殺人未遂の公判取材だった。傍聴してみると、被告人は特殊詐欺の『出し子』だったのだという。
「詐欺を働く中で発生したトラブルが発端で、指示役に追い詰められ、もう俺は逃げきれないといった思いを募らせた。最後に特殊詐欺の仕事を紹介した相手を殺してから俺も死ぬ、と決心し、相手のところに行くと、そこには自分から離れていった元彼女がいた。さらに激昂し、その元彼女を刺してしまったという事件でした。
特殊詐欺は、詐欺にとどまらず別の犯罪にもエスカレートしているのではないか? というところが取材のきっかけでしたが、取材を重ねると、やはりそういう事案がものすごく多く、凶悪化、粗暴化していました」
闇バイト募集の投稿を見て気軽に応募し、特殊詐欺に加担するなかでエスカレート。
「強盗に発展したり、または『ぶっ殺してでもいいから暗証番号を聞き出せ』といった強盗殺人の指示を出されるようになる。今回の事件も指示役は『殺してもいい』などと言っていたと報じられていますが、それに従ってしまったのではないかという気はしています」と田崎氏は見る。
実行犯が組織から抜け出せないまま指示に従う背景には、応募時に身分証明書など個人情報を伝えていることが影響している。特殊詐欺グループは最初の仕事の前に、まるでアルバイト先に履歴書を提出するような感覚にさせ、顔の横に免許証を持った自撮りを送らせる。その後、何度か特殊詐欺に加担した若者が弱気になると指示役はこれを使い一気に脅しに入る。
「『お前の写真をネット上に晒すぞ』『家族を殺す』などと詰めるわけです。本人は犯罪に関わった認識はあるので、『バレたらやばい』と追い詰められていく。その結果、犯罪行為をエスカレートさせていきます。『これで最後だから』と言いくるめられ、見ず知らずの実行犯らとともに、高齢者の家に押し入るよう指示されることもある」
今回の一連の強盗殺人・強盗事件でも、複数の現場で実行役を担った者がいたが、田崎氏によれば、指示役は“コントロールできる実行犯”を選別している可能性もあるという。
「もちろん最初の入り口は闇バイト広告からの特殊詐欺ですが、おそらく指示役も、何でも言うことを聞く奴か、家族をダシにできる奴か、など、これまでの指示の中で適性を見て強盗を指示しているんじゃないかと思われます。私が過去に取材したケースでは、SNSのアカウントを指示役に把握されて、家族の存在も知られていたことで脅され強盗に手を染めた若者がいました。
家族の写真は自分で指示役に送っているというよりも、指示役がうまく誤信させるという言い方が近いです。SNSのアカウントを知っていると匂わせることで、すべてSNSは掘られ、プライベートも知られている、身ぐるみ剥がされるんだ、と誤信させる。指示役はそこから『今すぐ殺せるんだぞ』とか『見張りを置いているんだぞ』などと言って、追い込んでいきます。また実行犯も追い詰められていると、混乱してしまい恐怖するんですね」
SNSのアカウントを把握したと指示役が実行犯に匂わせることで、実行犯は恐怖し始める。さらに実行犯を追い詰め、誤信させるため、指示役が“現場に見張りを送る”こともある。
「それまで実行犯を現地に行かせるとき、別の『見張り役』を1回、2回と置かせておくわけです。その見張り役に実行犯の行動を監視、報告させた上で『キョロキョロすんな』とか実行犯に言ったりするんですね。そうすると実行犯は自分が見張られてることに気づくじゃないですか。しかもそれを常にやってると思わせるんです。そのため実行犯は『やばい、もう全部情報取られてるんだ』と思い込んでいく。俺はいつも付けられているんだとか、全ての個人情報を握られているんだとか勝手に誤信していくんです」
また特殊詐欺グループがターゲットの個人情報をどのように入手しているのかは未解明の部分が多いものの、なんらかの購入者リストなどが出回っているとも言われる。田崎氏はさらに、これらのリストが特殊詐欺グループ間で共有されている可能性も指摘する。
「過去には、強盗に入って住人に『金を出せ』と言ったら『もうこの間、特殊詐欺に奪われたから、うちに現金はない』って言い返されたというケースがありました。それは過去にすでに特殊詐欺の被害に遭ってるということなんですよね。特殊詐欺の対象となるリストが強盗に共有されているんですよ。『騙されやすく、現金がある人』のリストとして。そこにタタキに入られる。リストをリサイクルしている。転売されている可能性もあります」
そのうえグループによっては、事前に警察の防犯アンケートを装いリストに記載された住宅を訪問し、リストの精度を高めるともいう。
また実行犯と指示役らは「テレグラム」「シグナル」などの秘匿性の高い通信アプリを用いており、実行犯が確保されても捜査で指示役にたどり着けない事案もままある。 「事案として末端の人間から指示役にたどり着けるケースというのは、実行犯が画像を自分のローカルにコピーしていたり、スクショをとっていたり、指示役にLINEでコンタクトしているケース。そういうケースが突き上げにつながるようになっています」
今回の事件では、全国で相次いだ一連の強盗事件での逮捕者らの携帯電話を解析した結果、フィリピンの指示役の存在が浮かび上がったとされる。彼らの指示のもと、どのような手口でどれほどの被害が生まれたのか。事件の全貌は果たして解明されるのか。
【取材協力】田崎基(タサキ モトイ):神奈川新聞記者。デジタル編集部、報道部遊軍記者、経済部キャップ、報道部(司法担当)を経て、現在報道部デスク。憲法改正問題、日本会議、経済格差問題、少子高齢化問題、アベノミクス、平成の経済などを担当し、取材を続けている。