2023年02月08日 10:11 弁護士ドットコム
老朽化を理由とした神宮球場や秩父宮ラグビー場の建て替えを含んだ東京都による「明治神宮外苑再開発計画」が着々と進行している。大規模な取り壊しと建設に伴い、神宮外苑の樹木約1000本の伐採が予定されているが、近隣住民をはじめ、これに反対する声は少なくない。
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いち早く反対の声をあげたのが、実業家のロッシェル・カップ氏だ。2022年初旬からネット上で署名活動を行い、2023年1月末時点で反対の意を示した数は11万筆を超えた。
三井不動産、明治神宮、日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事を中心とした事業者側が立ち止まる気配はない。実際、東京都は1月30日、事業者側から提出された着工届を公示。本格的な工事に向けた仮囲いの設置作業が始まった。
伝統ある神宮外苑の未来を決める重要な局面を迎え、「今踏ん張らなければ日本を代表する名所がなくなる」と計画の見直しを求めるカップ氏に話を聞いた。(ライター・望月悠木)
計画では、今ある神宮球場と秩父宮ラグビー場を取り壊し、神宮球場の跡地にラグビー場を、秩父宮ラグビー場の跡地に野球場を新たに建設する予定となっている。
しかし、カップ氏は「本当に建て替えは必要なのでしょうか。神宮球場よりも古い歴史を持つ甲子園球場は建て替えることなく、リノベーション(改修)して現在も使用されています」と疑問を投げかける。
「以前、(事業者側の)日本スポーツ振興センターの方に『建て替える場合とリノベーションする場合のメリット・デメリットの比較検証は実施しましたか?』と聞いたところ、『していない』と答えました」
さらに、軟式野球場、ゴルフ練習場、バッティングセンター、室内練習場の4施設を廃止して、テニスクラブや高層ビル、ホテルの建設も計画されている。
カップ氏は「東京都は計画で『スポーツクラスターと魅力ある複合市街地の実現 』を掲げています。にもかかわらず、これらの公共性の高い施設を廃止することは矛盾していませんか」と指摘する。
「すでに2022年12月末にゴルフ練習場は閉鎖されたのですが、頻繁に利用していた人から『自分にとっては憩いの場だったのに』『ここ以外にアクセスしやすいゴルフ練習場は近くにない』といった悲しみの声を何度も耳にしました。
もとより、このゴルフ練習場は東京オリンピックの開催にあわせて2019年末から2021年11月まで営業休止されており、その間に床面の塗装や最新の椅子を配置するなど改装されたばかり。取り壊すなんて本当にもったいないです。
一般市民が利用できる施設をなくして、ビジネスを優先するなんて本当におかしいです」
カップ氏は、新しい野球場やラグビー場が完成したとして、以前のようにスポーツ観戦を楽しめるかについても疑問があるという。
「ラグビー元日本代表の平尾剛氏は施設改修の必要性に理解を示していますが、新ラグビー場の建設には反対しています。
具体的なデメリットとして、『屋根が設置されるために青空の下での試合がなくなる』『秩父宮ラグビー場の収容人数2万5000人から4割減の1万5000人しか収容できなくなる』『天然芝ではなく人工芝もしくはハイブリッド芝が導入されるため、選手のケガのリスクが高まる』などを挙げています。選手だけでなく観客が被る不利益も少なくありません」
新ラグビー場同様、「日本の野球に精通しているジャーナリストのロバート・ホワイティング氏も新野球場の問題点を挙げています」と続ける。
「高層ビルの林立に伴い、『青空や夕焼けなどの景観が奪われる』『日陰の席が多くなる』『野球ファンが最も盛り上がる外野席が縮小される』『強烈なビル風によって試合に影響を及ぼす』といったことを懸念しています。
こちらも選手と観客どちらにも深刻な悪影響を与えかねません。さらには、神宮第二球場や軟式野球グラウンド、バッティングセンターなどもなくなるため、野球離れが加速することも危惧しています」
カップ氏は様々な業界から声が上がっているほどの事態であると危機感を隠さない。「平尾氏もホワイティング氏も計画の見直しを求める署名をネット上で募っており、ぜひそちらも目を通してほしいです」と話す。
社会的にSDGsが浸透し、今まで以上に環境破壊には厳しい視線が注がれるようになった。環境面についてカップ氏は「海外では伐採どころか植樹がトレンド化しています 」と話す。
「ニューヨークでは100万本を植樹し、パリでも2026年までに17万本の植樹が計画されており、持続可能な環境整備が目指されています。そんな中、東京都では新国立競技場の建設のために約1500本の樹木が伐採されました。これ以上の環境破壊は看過できません。
また、伐採だけではなく、建て替え工事によって排出される二酸化炭素、消費されるエネルギー、さらには投与される税金は膨大です。現在ある施設をリノベーションし、コストやリスクを抑えて長く使い続けることに注力することが重要ではないでしょうか」
カップ氏は「東京都立大学の名誉教授で気候学に精通している三上岳彦さんは、東京都が世界的に見て温暖化の進行が早いことを指摘しており、温暖化の進行や夏の気温上昇を抑えてくれる樹木を伐採することの違和感を示しています」とも指摘した。
環境破壊は今生きる私達の生活にも直結する問題であり、スポーツに関心のない人にとっても他人事ではなさそうだ。
そもそも、カップ氏が日本に関心を持った経緯として、「私は美術が趣味だったのですが、アメリカの美術館で見かけた浮世絵に魅了されました。また、学生時代に日系アメリカ人の友達がいたのですが、その友達の家には日本のものが置いてあり、日本を身近に感じる機会が多かったです」と語る。
その後、アメリカで経営コンサルティング会社に就職したが、日本への思いを忘れることはなく、日本の銀行に転職。「それからは書道や生け花など勉強しました」と念願の日本の文化を今日まで堪能しているという。
日本への思いの深さを口にしたカップ氏だが、今回の計画にいち早く反対の声をあげるようになったきっかけは何なのか。
「2021年、代々木公園でオリンピックのためのパブリックビューイング施設の建設が予定され、それに伴う樹木の過剰な剪定が行われることをツイッターで知りました。
自然が失われることもそうですが、公共スペースが民間企業のお金儲けの場になること、なにより市民の声に一切耳を傾けない行政プロセスに憤りを覚え、反対の署名運動を始めました。おかげさまで、多くの人の関心を集め、署名は約15万筆を数え、パブリックビューイング施設の建設は阻止できました。
ただ、それから1年も経たない2022年2月に突如、公の議論もなく都民の気持ちを一切鑑みず、東京都は都市計画審議会によって今回の計画を承認し、1000本の樹木が伐採という大規模な環境破壊が検討されていることを知りました。そこで、代々木公園の時と同様、声をあげようと立ち上がったのです」
カップ氏は約1年間、計画に反対する声をあげ続けてきた。「東京新聞が2022年6月に実施した都民意識調査でも、約7割の人がこの計画に反対しています。また、2022年11月には超党派の議員連盟が発足されるなど、多くの人にその問題点を周知することができました」と手ごたえを口にする。しかし、先行きは決して明るくない。
「東京都は2022年末に環境アセスメント審議会総会を開催して、着工までに必要な手続きの終了を公言しました。また、事業者側はすでに環境影響評価書を提出しており、それに小池都知事がGOサインを出せば工事が可能になります。
これまでには文化遺産や歴史的建造物などの保全を目的とした組織"日本イコモス"が『伐採する樹木は病虫害の激しい2本のみ』『野球場とラグビー場の場所を変えずに現地で建て替える』といった内容の代案を出したのですが、見向きもされませんでした。今は本格的な工事が開始間近の秒読み段階を迎えているのです」
カップ氏はこの状況に手詰まり感を覚えており、「住民の7割が反対し、署名もこれだけ集まったにもかかわらず、私達の声は一切無視。さらには、代替案もスルーされました。これ以上何をすれば良いのでしょうか?」と頭を抱える。しかし、諦めてはいない。
「新宿区長や小池都知事に要望書を提出したり、Twitterで『#神宮外苑の樹木伐採に反対します』というハッシュタグが付いたツイートを拡散したりするなど、できることは限られています。
それでも、今踏ん張らなければ日本を代表する自然を感じられる空間がなくなるため、一緒に声を上げてほしいです」
再開発によるメリットも少なくないのかもしれない。だからといって、これだけ反対している住民が多いにもかかわらず、計画の実行に向かっている現状は「暴走」と言えるのではないか。より活発な議論がなされるためには、1人でも多くの人が関心を持つ必要がある。
【筆者プロフィール】望月悠木:主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki