トップへ

「母子手帳」11年ぶりリニューアル、家族の多様化で「父親の役割」はどう表記される?

2023年02月06日 14:01  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

2022年12月、あるツイートが記者の目に止まった。


【関連記事:マイホーム購入も「道路族」に悩まされ…「自宅前で遊ぶことのなにが悪いの?」】



投稿したのは神奈川県鎌倉市の市議で、鎌倉市で使用されている母子健康手帳について、こうツイートしていた。



「鎌倉市の母子手帳、『父になる』の項目ひどくない?」



一緒に投稿された写真を見ると、「父親は、はじめのうちは何もできませんが、子どもの成長につれて、父親の役割は、日に日に増し、子どもが青年期を迎えるころ、最も重要になります」と書いてある。







記者が出産したのはもう10年以上前。東京都内の自治体から受け取った母子健康手帳には、父親についてほとんど触れられていなかった。



しかし、2022年10月から男性の育児休暇の取得を促す「産後パパ育休」の制度もスタートし、周囲の若い世代のパパたちは積極的に育児をしている。この記載は、今の時代に合っていないように思えた。



2023年度から使用される母子健康手帳は、厚労省が11年ぶりに見直したものになる。今、母子健康手帳の中で父親はどのように表現されているのだろうか。調べてみることにした。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●鎌倉市が採用する「親子健康手帳」は作成終了

まず、発端となった鎌倉市に取材してみた。鎌倉市市民健康課によると、鎌倉市議のツイートにあった母子健康手帳は、たしかに鎌倉市が2019年度から採用しているものだった。



作成したのは、一般社団法人「親子健康手帳普及協会」で、正式名称は「親子健康手帳」という。



採用した理由について、鎌倉市は次のように回答している。



「『母子健康手帳』ではなく、『親子健康手帳』という名称であったこと、多くのお母さんお父さんたちの声から作成された手帳であり、読みやすかったこと、また小学生以降18歳まで記録ができるようになっており、自己肯定感や思春期の心の変化等に関するコラムの掲載があったこと、さらに、随所に、多分野の著名人等による子育て応援メッセージが掲載されており、心が折れそうになった時に立ち返るものというコンセプトで作成されていたことなどを評価しました」



この親子健康手帳は2020年度から「20年をつづる母子健康手帳」にリニューアルされたが、引き続き鎌倉市では採用したという。



気になる「父親は、はじめのうちは何もできませんが」「子どもが青年期を迎えるころ、最も重要になります」という記載についてはどうとらえているのか。



「まず、『父親は、はじめのうちは何もできませんが』という記載についてです。 母体の変化や胎児の成長など、身をもって親になることを徐々に実感していく妊婦さんとは違い、父親(パートナー)は赤ちゃんが生まれるまでなかなか実感が持てないと言われています。



本市においても、『あかちゃん教室』(妊娠中からの子育て教室)には、妊婦とパートナー2人での参加を勧めており、教室では、赤ちゃんの退院直後から、父親(パートナー)も積極的に育児に参加できるよう、おむつ交換、沐浴、等の具体的な手技を獲得してもらうよう支援しています。



現在、多くの産科医療機関には、出産時妊産婦と赤ちゃんしか入院できないことから、実際の父親(パートナー)の役割が、自宅に戻ってから、日に日に増していくこと自体は、誤った記載ではないと考えます」



一方で、鎌倉市はこう答える。



「ただ、『子どもが青年期を迎えるころ、最も重要になります』という記載に関しては、たしかに父親(パートナー)との役割分担のあり方や、その重要度、時期等については、家族ごとに異なるものなので、異議のある方もいらっしゃると認識しています」



親子健康手帳普及協会に取材したところ、担当者は「2011年度から提供している手帳で、当時、父親の記載があるのは珍しかったのですが…」といい、2022年度で手帳の作成は終了したと話した。鎌倉市でも2023年度から採用する別の手帳を検討中とのことだった。



●川崎市では独自に父親のためのページを作成

記者は2010年に東京都内の自治体から母子健康手帳を交付された。確認すると、「妊娠中の夫の役割」という欄は設けてあったが、記載はわずかで、1ページの4分の1にも満たない。



「妻をいたわったり、ねぎらい、家事を積極的に行いましょう」「お産の時や産後の育児で夫がどのような役割を持つのか、妊娠中からよく話し合い、準備しておきましょう」といった程度で、具体的にどのような役割なのかは説明されていなかった。



当時、父親になる男性にとって、情報が不足していたのではないかと反省点が浮かんだ。



一方、今年出産予定という川崎市在住の女性の母子健康手帳を見せてもらったところ、あまりの違いに驚いた。



「お父さんになる方へ」という項目がまるまる1ページ割かれ、「子育てはお母さん一人ではできません」と断言している。「乳児期にはおむつを替えたり、あやしたり、抱っこしたり、幼児期であれば一緒に歯磨きしたり絵本を読んだりしましょう」とかなり具体的に呼びかけているのだ。



川崎市こども保健福祉課に取材したところ、このページは川崎市が独自に作成したもので、2012年度から掲載しているという。





また、女性によると、川崎市では母子健康手帳とは別に、市が作成した「父子手帳」がもらえるという。こちらも見せてもらうと、妊娠から出産、育児にいたるまで「パパにできること」が、8ページにもわたって記載されていた。



これまで母子健康手帳にだけ記されていた予防接種や、父親が悩みがちなワークライフバランスについての情報も掲載されており、至れりつくせりの内容だった。



「父子手帳」のような父親向けの冊子は、1995年に東京都が作成した「父親ハンドブック」が先駆けとされ、現在では、多くの自治体が配布している。



また、女性はこれとは別に、夫と「トツキトオカ」というアプリを利用していると教えてくれた。妊娠中の記録や検診日の予定などを共有できるもので、これから使うという。類似のアプリは複数あり、スマホ利用が当たり前の世代であれば、瞬時に情報共有ができて便利そうだ。





●「親子手帳」と改称する自治体も

そもそも母子健康手帳とはどういうものなのか。現在、母子健康手帳(自治体によっては親子手帳など)は、母子健康法にもとづいて地方自治体により交付される。



もともとは戦中だった1942年(昭和17年)に始まった妊産婦手帳が原型と言われ、戦後、児童福祉法が成立し、母子衛生行政の一環として、1948年(昭和23年)からは妊婦と子どもを対象とした「母子手帳」となった。1966年(昭和41年)には母子保護法が施行され、母子健康手帳とあらためられた。



中には父親の役割や家族の多様化を重視して、「親子手帳」という名称を採用している自治体もある。2001年に岡山市が採用したのが先駆けと言われ、全国で少しずつ広まっている。



厚労省は定期的に母子健康手帳の見直しをおこない、社会情勢にともなって改正をしてきた。





2022年9月には有識者で構成される検討会が中間報告書をまとめ、2023年度から使用される母子健康手帳は11年ぶりに見直されることになった。



中間報告書によると、検討会でも名称について、父親の育児参加や家族の多様性の観点から変更すべきという意見が出たが、母子健康手帳の名称が定着していることなどから「変更しないことが適当」と結論づけている。



ただし、すでに岡山市のように「親子手帳」など、他の名称を打ち出す取り組みがあるため、自治体が独自に名称を設定し、併記できることを周知する方針という。



また、父親や家族が記載する欄を増加させ、家族の多様性を踏まえて、「保護者」という表現に改訂する。



2023年度からは、母子健康手帳でますます父親の存在感や役割が増すことになりそうだ。