2023年02月05日 08:31 弁護士ドットコム
障害者の雇用が広がる中、本業と無関係な農園で働く形態を支援する業者が「代行ビジネス」として問題視されている。2022年ごろから「雇用率をカネで買っている」「障害者を農園に閉じ込めている」など批判的な報道が相次いだ。
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衆参両院は昨年12月、障害者雇用促進法改正の付帯決議で「単に雇用率の達成のみを目的として、このビジネスを利用しないよう企業に周知、指導を検討する」よう政府に求めた。
農園を運営する支援業者の担当者は「成果物(ハーブティーなど)をどう活用しているかを伝えるのが足りていなかった部分もある。でも『代行ビジネス』などと全否定されるのは心外です」と言う。実際に、農園の内部に入ってみた。
「ハーブの香りに癒されます。摘みたては特にいいですよ」。白衣に身を包んだ彼はにこやかにそう語った。同世代の仲間2人と共に、関東地方の屋内農園でミントなどのハーブを育てる仕事に就いて5カ月だ。
彼らが勤めるのは東京都内の大手メーカー関連会社。障害者雇用枠で採用された。育てたハーブは乾燥してハーブティーに加工、会社の来客用やノベルティ(粗品・謝礼品)に使われている。農園を運営する会社は、ハローワークを通じてメーカーに応募があった人の面接に同席し、選考のアドバイスを行う。
こうした形態は10年ほど前から急増。一定数の障害者を雇用するよう法律で定められたことが背景だ。共同通信の報道によると、十数事業者が展開し、全国で約800社、働く障害者は約5000人に上るという。
この屋内農園は、工場群が立ち並ぶ一画にある。1区画ごとに障害者3人と管理者1人が勤務。ここでは20社ほどが入居しており、運営する支援会社のスタッフも含め約100人が通勤する。駅から離れているので、各社社員は自転車やバスに乗ってくるという。
あるメーカーの社員に話を聞いた。20~30代の男性3人で全員、昨年9月から勤め始めたという。LEDに照らされたハーブは全部で6種類ほど。今は青々と元気のよいスペアミント、黄色みがかったパイナップルミントが最盛期のようだ。整然とトレーが並んだ明るい場所で、それぞれの工程を分担しながら午前10時から午後5時まで、週5日働いている。
ハーブ栽培マニュアルは100ページにも及び、工程は9つある。種まきや水やり、挿し木などの細かい作業のほか、力仕事もある。一人の男性が、土の中からカビが生えているものを取り除く作業を見せてくれた。ピンセットで数ミリのそれをつまんでみせたが、一目では違いが分かりにくい。「ここに小さい白いのがありますよね、これがカビなんです」。質の良いハーブを育成するために欠かせない仕事の一つだ。
管理者の女性は「限られた空間で、毎日同じメンバーで作業するため、みんなが仲良くできるように気を配っています。でもつい話で盛り上がっちゃうと手が止まるので、今はおしゃべり禁止にしてます」と笑う。10分休憩や昼ごはんには、他社の人と雑談することもある。ちょっとしたシェアオフィスのようだ。
雇用支援ビジネスを始めて十数年のこの会社では、各地に屋内農園を構える。契約企業の業種はIT企業から法律事務所まで180社超に上る。担当者によると、障害者雇用は身体・精神・知的など多岐にわたるため、対応するためのノウハウが重要で、そうでなければ定着は望めないという。
たいていの企業はこれまで未知の領域だったため、自社だけで障害者雇用を担うのは困難も生じてくる。例えば「適当にやっておいて」などの指示では通じにくく、より具体的な説明が必要な人もいる。支援を求めてくる企業の中には、手探りで対応していたところ、労務担当者が疲弊してしまったという相談もあるという。
こうした現場の苦悩をよそに、法定雇用率は上がるばかりだ。現在は2.3%だが、3年後までに段階的に2.7%まで上がることが先般、決まった。雇用率に満たない場合は納付金を支払わなければならず、最悪の場合は社名を公表されるという危機感に企業はさらされる。厚労省の大号令のもと、企業はあの手この手で障害者雇用を進めてきたのが現状だった。
そんな中で降って沸いた「代行ビジネス批判」。発達障害などの診断が容易になったことや、メンタルヘルスの重要性が説かれるようになって精神障害者が増えている。支援業者としては、彼らの働く場をつくり、長く勤められるような適した環境を探ってきたという自負がある。
「農園で能力開発なんてできないでしょうと言われることがあります。農作物は放っておいて勝手に育つものじゃありません。花芽を摘むのにも段階がある。多くの工程を細分化し、どうすればうまく育てられるか、導き出したモデルを否定されたように感じています」
障害者雇用のコンサルティングを手がける障害者雇用ドットコムの松井優子さんも「これまで黙認してきた厚労省が、手のひらを返すような風潮には違和感があります。法定雇用率を達成するために企業は努力しています。企業の状況はさまざまで、どのように法定雇用率を達成するか、方法を選ぶのは企業です」と話す。
一方で、農園ビジネスが「雇用」と言えるかどうかについては疑問が残るとも指摘する。民間教育機関で知的障害や発達障害の教育、就労支援に関わったリ、10年ほど企業で障害者をマネジメントしたりした経験から、個別スキルに合った仕事に就き、適切なマネジメントがあれば、能力は確実に伸びるという。
「一般的な農園を見ると、業務を無理やり作ったという印象を受けます。雇用ではなく、作業訓練という『福祉』の範囲にとどまるように見えます」
それでも仕事を求める障害者がいる中で、「福祉」だけでは物足りないが、一般的な「雇用」は難しいといった境目の人たちの受け皿にはなっている面があることも否めない。保護者からは「安定した企業に属せてありがたい」との声も聞かれる。
松井さんは、ますます雇用率アップを求められる企業は、今後、組織のニーズがある業務を整理し、どこまで任せられるかを検討し、仕組み化していく作業が必要だと訴える。
「約20年前から障害者の業務は事務補助や清掃が多かった。しかし、コロナやDXが進む中で業務は変わりました。時代に合わせて必要とされる業務を考えていくことが大切です。例えば、メーカーであれば検品、IT業界では検証作業などで活躍している事例があります。今は動画を活用する機会が増えていることから、動画編集などを業務にすることもできるでしょう」
「障害者雇用は人事部門など管理部門系が担う場合が多いですが、プロフィット(企業の利益)を担う事業部門が一緒に関わることで、コスト削減や新たなニーズに応える業務を創出することができるはずです」
「企業にとって『障害者雇用』は取り組むべきものと認識されていますが、優先順位は高いわけではありません。しかし、障害の有無にかかわらず『人材』を『資本』として捉え、組織への貢献といった視点から考えると、組織における障害者雇用の位置づけが変わってきます。国は厚労省だけでなく経産省とも連携し、雇用するだけでなくどのように人材として生かせるのか、企業に役立つのかモデルを示すべきです」