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漫画好きが注目するSFファンタジー『星旅少年』 著者・坂月さかなと担当編集が語る「青」と「創作」の裏側

2023年02月05日 08:11  リアルサウンド

リアルサウンド

 まるで静かな夜を旅するような“青が沁みるSFファンタジーコミック”として、漫画好きから絶大な支持を受けるのが坂月さかなによる『星旅少年』。


(参考:【写真】星旅少年1巻を試し読み


――〈ある宇宙〉で、人々は「トビアスの木」の毒によって覚めない眠りにつきはじめている。そして、ほとんどの住民が眠ってしまった星は「まどろみの星」と呼ばれた。そんな「まどろみの星」を訪ね、残された文化を記録する星旅人303の物語を綴った本作は、昨年末に宝島社『このマンガがすごい!2023』オンナ編で第5位にランクインし、多くの注目を集めている。


 今回、作者・坂月さかな先生と担当編集にインタビュー。『星旅少年』の創作へのスタンス、そこに込められた想いに迫る。(ちゃんめい)


■“必要としている人”に届いていることが嬉しい


――まずは、『このマンガがすごい!2023』オンナ編第5位ランクインおめでとうございます。ランクインされたときはどんなお気持ちでしたか?


坂月:すごくびっくりしました。『星旅少年』は、「パイ インターナショナル」さんにとって初となるマンガレーベル「パイコミックス」での連載で、さらに紙ではなくWebなので知名度はあまりないものと思っていました。ですので、こうして本作を選んでくださる方がいることに驚きでした。


――作品の人気の高まりを受けて感じたことや、印象深い出来事はありますか?


坂月:2巻の発売記念に開催したリアルサイン会で読者の方から直接感想を伺う機会があったのですが、ご自身の抱える辛い気持ちを癒すために『星旅少年』を読んでいるという方が結構いらっしゃったんです。もちろん娯楽として読んでいる方も多いと思いますが、本作を読むことで元気が出ている……そんな“必要としている人”に届いているのはすごく嬉しいことだなと思います。


――担当編集の斉藤さんはいかがですか?


斉藤:『星旅少年』の連載当初は、坂月先生の昔からのファンが応援して下さっていたのですが、ボイスコミックを公開したり、リアルサイン会を開催するなど、作品が広がるのと同時に読者層もどんどん拡大して行ったように感じます。特にリアルサイン会では「友達にも布教してます!」と言ってくださる方もいて、『星旅少年』が好きな人たちの輪が広がっていく瞬間が実感できてとても嬉しかったです。


――読者といえば、SNSではアツい感想はもちろん、ファンアートや作中に登場するアイテムを実際に作ってみたなど熱量の高い投稿を多く見かけます。


坂月:読者さんからの考察やファンアートはもう本当に嬉しくって、お返しに私は命をかけて『星旅少年』を描かねばと思っています(笑)。それくらい嬉しい。


――作中で描かれるアイテムや食べ物は、まったくのフィクションではなく、実在するものと掛け合わせているからこそ、読者の創作意欲を一層駆り立てている気がします。


坂月:そうですね。作中に登場するアイテムはSF過ぎないように、あと改造したら自分でも作れそうなものであること……という点はかなり意識して描いていますね。どこか“馴染みがあるように”というのがポイントです。


■きっかけはTwitterに流れてきた一枚の絵


――『星旅少年』は「パイ インターナショナル」にとって初となるマンガレーベル「パイコミックス」でのWeb連載作品ですが、坂月先生と斉藤さんお二人の出会いと連載するに至った経緯を教えてください。


坂月:まず、斉藤さんがTwitterで私の絵を見つけて下さったんです。


斉藤:何年か前の夏にこの絵がTwitterのタイムラインに流れてきたのですが、なんて涼やかで気持ちよさそうな絵なんだと。一目惚れでしたね。


坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル P9


斉藤:その後、坂月先生のTwitterを見ていたらちょうどコミティアに出展すると告知されていたので、実際に足を運んで同人誌を購入して読みました。そこで、やっぱり坂月先生の作品は素晴らしいなと……ぜひ商業化したいと思ってお声がけしたんです。


坂月:2019年頃かな? 斉藤さんが私に声をかけてくださった時、すでに同人誌で発表していたんです。でも、「まずは今までの作品をまとめて本にしませんか」というお話だったので、ちょうどその時に執筆していた小説をコミカライズして、それも掲載して良ければ是非とご相談したんですよ。


――そうして『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』が誕生したと。


坂月:『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』は2021年4月に発売されたのですが、その後は作品集の続編というか、本編という形で『星旅少年』を描きたいと思っていたんです。同人誌でやることも検討していたのですが、せっかくこうして作品集を作らせていただくご縁があったので、パイさんとまたご一緒できないかと斉藤さんに打ち明けたらご快諾下さったんです。


斉藤:一番最初にお声がけした時は、弊社もまだマンガレーベルを立ち上げるかどうかのタイミングだったので「ぜひうちで連載を!」と言えるほど体制が整っていなかったんです。一方で、坂月先生も同人誌で漫画を描くのか、他社に持ち込みするのかと迷われている状態だったので、まさかこうして連載までご一緒できるなんて思っていなかったです。『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』を経て、『星旅少年』の連載も弊社でやりたいと言ってくださった時は本当に嬉しかったですね。


■「夜を描きたい」青の色使いに込められたストーリー


――坂月先生の作品といえば、なんといっても青を基調とした色使いが印象的です。いつ頃から青をメインにして創作活動をされているのでしょうか。


坂月:最初からですね。初めてのオリジナル創作が『不眠少年』なのですが、この時からずっと青を基調とした絵を描いています。青以外の絵は描いたことがないかもしれません。


――青にこだわる理由を教えてください。


坂月:青が好きなのはもちろんですが、“夜を描きたい”という気持ちがずっとあるんです。やっぱり夜といえば青なんですよね。


――夜のどんなところに魅了されたのでしょうか?


坂月:私の一番好きな距離感を感じられるのが夜という時間帯なんです。実は、私は人付き合いがあまり得意じゃなくて、みんなで輪になってワイワイするのが苦手なタイプ。だけど人が嫌いなのではなく、むしろ人の気配がするのはすごく好き。ひとりぼっちの人が好き勝手に色々なところにいる、そういう距離感が好きなんです。


――実際に夜のどんなシーンでその距離感を感じますか?


坂月:例えば、夜に一人で窓の外を眺めていると、遠くの方で家の明かりがパッと灯った瞬間、そこに誰か人がいるんだってわかるじゃないですか。どんな人がいるのかまでは分からないし、その人と手を振って話をすることはないけれど、そこに人がいるのはわかる。あと、バイクや飛行機の音が聞こえてくる瞬間、交流はできなくてもそこに人がいるんだなって。周りから攻撃されることも、自分が相手を攻撃することもない……でも、ちゃんと存在するんだってわかる距離感が一番心地良いというか安心するんです。この距離感を漫画で描きたいなと思っているので、人がいっぱい集まっている集合絵って描いたことがないんですよね。これはイラストレーターの時からですが。


――距離感がまるで303そのものですね。303というキャラクターを作る上でも夜の影響を受けているのでしょうか。


坂月:すごい影響を受けていると思います。例えば、303って誰かとしっかりと向き合って共に歩いていくよりも、旅人としてふらっと現れてふらっとどこかに行く……そんなキャラですよね。夜のシーンでいうなら、窓を眺めていたらどこかの家の光を見つけたけどいつの間にか消えていて、眠ちゃったのかなぁみたいな。303はそういうつかず離れずの距離感を体現していると思いますし、私自身も意識して描いています。


――夜が作品の根底にあるということは、創作時間もやはり夜なのですか?


坂月:実は朝方なんです(笑)。夜9時に就寝、早朝3時に起床して描いています。3時が朝かどうかは微妙なラインですが、やっぱり寝ないと体調が持たないんですよね。一番元気な時に創作したいので、そう考えると夜の一番疲れている時間帯は私には向いてないなと。夜に寝ている分、夜への恋しさは作品に込めようと思いながら描いています。もしも夜に活動していたら、夜が好きというよりも日常になってしまうと思うんですよ。だから、ちょっと遠いくらいの方が憧れの気持ちで描けるんじゃないかと思います。


■旅の物語は風景から、人間関係の物語は結末から


――本作の緻密なストーリーはどのようにして生み出されているのでしょか。


坂月:例えば、303が他の星へ行って文化を記録する“旅の物語”は風景から、ジリ(505)や他のキャラクターたちが大きく関わってくる“人間関係の物語”は、結末から逆算して生み出しています。


――風景というのは具体的にどういうものなのでしょうか。


坂月:私の頭の中には長年の妄想によって蓄積されたもう一つの世界があるのですが、イメージとしてはその世界に自分が旅をして、スケッチをして帰ってくるみたいな……そのスケッチを風景として捉えています。“旅のお話”を考える時は、この風景に辿り着くためにはどんなお話が必要なのか、キャラクターをどう動かすべきなのかと考えることが多いです。


――ご自身のお好きな国や風景など、妄想の参考にされた資料はありますか?


坂月:自分が夢の中で見た景色を再現したことはありますが、実在の国や街をモデルにしたことはあまり多くはないですね。参考資料はインスピレーションを受けるためではなく、自分の中にあるイメージを固めていくために使うことが多いです。


斉藤:風景といえば給水塔がお好きですよね。


坂月:塔が好きなんですよ。具体的に何の塔というよりもあの雰囲気が良いんです。幼い頃、街中にある給水塔や電波塔を見るたびに「あれはなんだろう」とずっと不思議に思っていて。もちろん給水塔や電波塔それぞれに役割や意味がありますが、一見するとなんで存在しているのかわからないという不穏さ。あの雰囲気を作中に登場する街並みや建物で表現できたらと思っているので、塔はいっぱい描いています。


――作中で描かれる食のシーンも魅力的です。こだわりはありますか?


坂月:料理は再現できそうという点を意識しています。あと、食材や調味料は、見た目から連想したファンタジックな名称にしていて、塩なら見方によっては宝石みたいだから“水晶塩”と名付けてみたり。


坂月:他にも“フリカのお茶”という飲み物が作中に登場するのですが、これは“フリカ”って言葉だけで良い香りがしそうだなって。音の響きを探って料理名に採用することも多いですね。ちなみに“フリカ”というワードは、アーティストのflica(フリカ)さんから取っています。


――食べ物の名前といえば、TAMAGOなど一部アルファベット表記になっている食材が気になります。


坂月:それは今後重要になってきます(笑)。日本語なのにあえてアルファベットにしているものに注目すると、今後の展開が見えてくるかもしれないです。


■2人が選ぶお気に入りのシーンとは


――今まで描いたなかで時にお気に入りのシーンを教えてください。


斉藤:一つに絞るのが難しいのですが、やっぱり3話のこちらのシーンですね。あまりにも込み上げてくるものがあって、ネームの段階で泣いてしまったんです。原稿が完成して、単行本になって、そして今改めて見ても本当に涙が出てきます。


――消えるものと消えないもの、本作の根幹にずっとあるテーマを体現したようなシーンですよね。坂月先生はこのテーマについてどんな思いを持っていますか?


坂月:「トビアスの木」ってお墓みたいなものだと思っているんです。その人がそこに存在していたという証でそれを見れば何かを思い出す……要はきっかけなんですよね。そのきっかけを得て、自分の心に残っているものを引っ張り出したり、誰かを思い出すことができると思うんです。


坂月:『星旅少年』の世界ではみんなどんどん眠りについて木になっています。そこで最後に何が残るのか……ぜひ今後の展開を楽しみにしてください。


――そんな坂月先生が選ぶお気に入りのシーンは?


坂月:私は1巻の12ページのラジオの音を聞いているシーンがお気に入りです。自分の空間に他者が存在していて、その人が自分の精神状態に関わらず穏やかに過ごしている……この距離感がすごく安心するんですよね。あとは2巻の8話。303の内面に踏み込んだ回で、2巻はこの話を描くためにあったので、すごく思い入れがあります。


■旅をしている気持ちで描いている、坂月先生が思う“創作”とは


――創作するうえで一番苦労されたことを教えてください。


坂月:今が一番苦しんでいます。先ほどお話した“旅の物語”みたいに、風景からお話を生み出すのはすごく得意なんですよ。一方で、結末に向かって描いていく“人間関係の物語”がすごく苦手なんです。キャラクターのことを理解しようと考え込めば込むほど、キャラクターの心情が自分に跳ね返ってきてしまう……。そういった苦しさはもちろんですが、自分がキャラクターに感情移入し過ぎてしまうと、物語を冷静に見れなくなってしまうんですよね。どうしたら自分の作品を客観視できるのかと苦労しています。


――生みの苦しみと葛藤するなかで、何が坂月先生を奮い立たせるのでしょうか。


坂月:自分も旅をしている気持ちで描いているからだと思います。創作って、自分しか知らない旅先に一人で行って、そこで見てきたものを描くという行為だと思うんですよ。新たな風景やキャラクターの側面が見えてくると、“旅の楽しみ”みたいな感じで自分自身もワクワクしてくるんです。だからこそ辛くても描いていけるのだと思います。


――とてもハードな旅ですね。担当編集の斉藤さんは坂月先生にどのようなアドバイスをされているのでしょうか。


斉藤:私は言わば『星旅少年』の最初の読者なので、基本的には一読して分かりづらかったり、矛盾を感じたところを指摘したりという感じですね。


――過去の斉藤さんからのフィードバックで印象的なものはありますか?


坂月:2巻に収録されているある話の部分で「303はこんなこと言わない」と言われたことですかね。当時は、えっ私が作っているのに!? と思いましたが(笑)、結果的に修正して良かったなと思っています。もしもあのまま描いていたら303は現在の姿になっていなかった、むしろ台無しになっていたと思うのでこのアドバイスは本当に助かりました。


斉藤:そんな大したことは言っていない気がします(笑)。でも、その回は303のキャラクターが全体的に甘めだったような印象があったんです。


坂月:私はキャラクターの過去も含めて全て知っている立場なので、それを踏まえて描いてしまうのですが、読者の方は知らないから時にちぐはぐな印象を受けることってあると思うんです。その辺りを斉藤さんが最初の読者としてしっかりと防いで下さるのでとてもありがたいです。


――斉藤さんは漫画の編集を担当するのは『星旅少年』が実質初めてということですが、意識されていることはありますか?


斉藤:ストーリーの矛盾やキャラクターの印象がいつもと違うとか、そう言った点は漫画編集の経験年数に関わらず気づけるところだと思うんです。なので、漫画編集者だからって特別身構えたりせずに、フラットな気持ちで作品を読んで気づいたことをお伝えするようにしています。


■コラボカフェ、ガイドブック……『星旅少年』を通して実現したいこと


――今後、作品を通してやってみたいことはありますか?


坂月:コラボカフェに興味があります。昨年個展を開催したのですが、その時に来場された方に『星旅少年』に登場するシナモンティーをお出ししたんです。それがすごく評判が良くて、皆さん喜んでくださったんですよ。だから、キャラクター推しではなく、作中の食べ物を再現したコラボカフェができたら良いなって。


坂月:もともと “作品の世界のなかにみんなで旅しにきてほしい”という気持ちで作品を描いていて、例えるなら旅行のガイドブックを作っているみたいな感覚なんです。コラボカフェって作品の世界を体験できる貴重な機会でもあるので、いつか実現できたら良いなと思っています。


斉藤:私は『星旅少年』のファンブックを出すのが夢です。実は、本編では出せていない細かいキャラクターの設定がたくさんあるので、一人一人の裏話を皆さんにお見せできたら嬉しいなと。


坂月:地図とか載せていないですもんね。


斉藤:そういった未公開設定もまとめて「星旅ガイドブック」とかできたら面白そうですよね。


――ガイドブックといえば、単行本のカバー下が凝っていて、本編と同じくらい読むのが楽しみです。


坂月:カバー下は本編と同じくらい気合を入れて描いているので、もう副読本的な感じでまとめたいです。購入特典で、ホテルや宿舎の鍵のキーホルダーをつけたり……そういう楽しいことはたくさんやっていきたいですね。


――実現する日が来るのを楽しみにしています! それでは最後に読者の皆さんへメッセージをお願いいたします。


坂月:いつも読んで下さって本当にありがとうございます。皆さんにとって一番心地良い距離感で『星旅少年』を楽しんでもらえたら嬉しいです。私もお応えできるようにベストを尽くして描いていきます。


文=ちゃんめい