2023年02月02日 10:51 弁護士ドットコム
急な腹痛でトイレに駆け込んだという経験は誰しもあるだろう。しかし、トイレがいつも空いているとは限らない。そんな大ピンチに、「向こうの女性用(男性用)トイレは空いている」という状況だったら——。
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弁護士ドットコムにも、お腹が弱いという男性の相談者から、「本当に切羽詰まっているのにトイレが混んでいる時は、男性用トイレに女性が、女性用トイレに男性が入っても罰せられないのだろうか」という疑問が寄せられた。
過去には、高速道路のサービスエリアで、女性が男性用トイレを緊急使用する「今だけ男」を禁じるポスターが掲示され、話題となったこともある。女性用トイレに長蛇の行列ができる一方で、男性用トイレは空いているという場合、男性用トイレを使いたいと思う女性が少なからずいるということだろう。
では逆に、男性用トイレに長蛇の行列ができる一方で、女性用トイレは空いているという場合、男性が女性用トイレを使おうとしたらどうだろうか。
男性用トイレは個室の数が必ずしも多くないことがある。「自分史上最大のピンチ」に陥った男性が最終手段として女性用トイレに駆け込むことがあっても不思議ではないが、「今だけ女」は犯罪になってしまうのだろうか。伊藤諭弁護士に聞いた。
——男性が女性用トイレに入った場合、どのような罪に問われる可能性がありますか。
女性用トイレは原則として男性が利用することを想定しておらず、管理者の許可なく男性が立ち入れば建造物侵入罪に該当することになります。
刑法130条
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する。
そんなことは当然理解しているものの、本当に緊急事態になったときに、男性がやむにやまれず女性用トイレを使わざるを得なかった、という場面もありうるでしょう。
そういった行為が、刑法130条にいう「正当な理由がない」とはいえない、あるいは緊急避難(刑法37条)として許されるかどうかが争いになった事案(静岡地裁沼津支部平成29年3月14日判決)を紹介します。
刑法37条
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。 ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
——どのような事案だったのでしょうか。
男性であるAさんが、公園駐車場入口にある公衆トイレの女子トイレに入ったことから、建造物侵入として起訴された事案です。
Aさんは、大便の便意が生じたときに、身体障害者用トイレがふさがっていたこと、本件男子トイレの個室2室の内、1室がふさがっており、もう1室が大便等により便器が汚れておりトイレットペーパーがなく使用できず、本件女子トイレにやむなく入り、大便をしたものであるから、正当な理由があるか、若しくは緊急避難的に使用したもので無罪であると主張していました。
裁判所は、Aさんが大便のためにやむなく本件女子トイレに入ったと認定するほかはなく、正当な理由があったか、少なくとも正当な理由があると被告人が相当な理由をもって誤信していたか、ないしは緊急避難(刑法37条1項本文)であったとみるのが相当であり、いずれにせよAさんに刑事責任を問うことはできないと判断しました。
この事件では、男子トイレの個室が本当に汚れていたのか、女子トイレで個室から頭を出していたのがのぞき行為であったかどうか、当時のAさんの所持品からのぞき行為を推認できるか、Aさんの自宅から押収されたアダルトビデオなどからのぞき目的を推認できるか、などを証拠から検討しています。
裁判所によれば、事件当日は、ゲームアプリ「ポケモンGO」の流行により相当数の利用者がいたとのことで、身体障害者用トイレがふさがっていたり、本件男子トイレの個室が2室しかないことから、本件男子トイレの個室がふさがっていたり、汚れていたり、トイレットペーパーがなくなっていてもおかしくない状況であったとして、「のぞき見目的であったと認定することはできず、大便のためであったと認定するほかはない」と判断しています。
——色々な事情を検討していますね。
ところで、Aさんの供述によれば、本件男子トイレの個室の内1室がふさがっており、もう1室は汚れておりトイレットペーパーがなく、大便を我慢できなかったというものであり、本件男子トイレの使用が完全に不可能であったというものではありませんでした。
裁判所は、このような場合に、男性が女子トイレに立ち入ることについて正当な理由があるかについても検討しています。
その上で、判決では次のように述べています。
「問題となるトイレの個室の設置状況、客観的な衛生状態、他の利用者の有無や人数、付近のトイレの距離、場所や個数、本人の便意の強さ、便意を我慢することによる精神的・身体的苦痛の程度、不衛生な便器で用を足すか、大便を便器外ですることになる本人や社会の不利益等の諸事情を考慮する必要があると思量されるが、少なくとも、いかなる場合でも男性が大便のために女子トイレに立ち入ることが一切許容されないとする社会通念が確立されているとは断定できないところである」
——結果として無罪だった判決ですが、留意点は何でしょうか。
気をつけていただきたいのは、単純に「便意が我慢できない状況で異性のトイレに入ったのであれば無罪」というわけではないということです。
緊急避難というのは、犯罪に当たる行為ではあるけれどもやむをえない特殊な事情下においては罰しませんという規定ですので、その判断は個別の事情によって大いに変動します。
今回紹介した事案においても、あらゆる事情を子細に判断し、Aさんの行為が違法かどうかを認定しています。少なくとも事前に「こういう状況であればこういう行為をしても大丈夫」といえるものではありません。
また、最近はトランスジェンダーの方が女性用トイレを使用できるかどうかという議論も盛んになっています。社会通念は時代とともに変容します。多くの人が互いに気持ちよく生活できる社会通念が確立されることを願ってやみません。
【取材協力弁護士】
伊藤 諭(いとう・さとし)弁護士
1976年生。2002年、弁護士登録。神奈川県弁護士会所属(川崎支部)。労務など中小企業に関する法律相談、交通事故、刑事事件などを手がける。趣味はマラソン。
事務所名:弁護士法人ASK川崎
事務所URL:https://www.s-dori-law.com/