2023年01月31日 10:01 弁護士ドットコム
「令和5年度 税制改正大綱」が閣議決定され、相続財産に加算される生前贈与の加算期間が「3年」から「7年」に変更されることになりました。相続税対策の定番とされてきた「生前贈与」に規制がかかることになり、特に富裕層を中心に「今後どうすればよいのか」と心配の声が聞かれます。
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この改正は、2024年1月1日以降に適用されることから、2023年は駆け込み贈与が増えるのではないかと言われています。どれだけ贈与が増えるかわかりませんが、相続税対策において大きな転換点であることは間違いありません。
そこで、今回は、そもそも生前贈与とは何か、税制改正によってどのように変わるのか、今後の対応策などについて解説します。(ライター・岩下爽)
生前贈与とは、文字どおり生前のうちに財産を相続人などに贈与することです。人が亡くなった場合、その人の財産は相続財産として相続人に相続されます。そして、相続税の基礎控除額などの各種控除を超える相続財産がある場合、相続税が課されることになります。
特に多額の資産を保有している人が亡くなった場合、多額の相続税が発生することになります。そのため、資産を多く保有している人は相続税対策が必要になります。その相続対策の代表的なものとして「生前贈与」がありました。
生前に財産を贈与した場合、相続税より税率が高い贈与税が発生しますが、贈与税には年間110万円の基礎控除額があるため、年間110万円以内であれば、非課税で財産を移転することができます。この贈与を毎年繰り返していくことで、資産を無税で移転するというのが生前贈与による節税対策です。このように年単位で贈与税を課すことを「暦年課税」と言います。
また、生前贈与のメリットとして、自分が生きているうちに財産を移転したい人に確実に移転できるということがあります。遺言に自分の意思を書いたとしても遺産分割協議によって、故人の意思と異なる内容で遺産分割がなされる可能性があり、確実に意図する人に財産が移転されるとは限らないからです。
なお、生前贈与した場合でも、遺留分侵害請求が主張されるなど、相続争いに発展することがあります。遺留分侵害請求とは、遺留分を侵害された人が受遺者に対して金銭を請求するものです。
遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人が有する最低限の相続の取り分です。ただ、生前贈与は被相続人が生前に行ったことなので、被相続人の意思が明確な分、争いは生じにくくなっています。少なくとも、特定の財産を誰が相続するかと言った争いがなくなるという点でメリットがあります。
生前贈与は、110万以内で贈与するだけというようにわかりやすく、時間はかかるものの確実に財産を移転できるということから相続対策として人気がありました。ただ、死期が迫った人が相続税を回避するために急遽財産を贈与することはあきらかに相続税逃れであることから、贈与者が亡くなる日から遡って3年間になされた生前贈与は相続財産に加算するというルールがありました。これを「生前贈与加算」と言います。
この生前贈与加算の期間が、今回の改正で、「3年」から「7年」に延長されました。事実上、生前贈与による相続税対策は封じられた形です。「4年間延びただけ」と思われるかもしれませんが、相続対策を考える時というのはそれなりに高齢になっているので、そこから生前贈与をはじめても手遅れになる可能性が高いということがあります。
仮に男性の平均寿命である81歳で亡くなると仮定して考えてみると、生前贈与加算が7年になると、74歳以降の贈与は相続財産に組み込まれることになります。つまり、74歳より前に生前贈与を済ませておく必要があるということです。毎年110万円を贈与したとしても10年間で1人当たり1,100万円しか贈与することができません。相続対策をする必要がある人は、多額の資産がある人なので、相当早い年齢から始めなければなりません。
(1)改正後も生前贈与をするメリット
生前贈与が3年から7年に延長されたことで、相続税対策としての魅力は減りましたが、確実に財産を移転するというメリットは依然としてあります。生前贈与加算されたとしても、相続財産に加算されるだけで、生前贈与しないで相続した場合と何ら変わらないからです。
なお、2023年は駆け込み贈与が増えると予想されていますが、その理由は、この改正が適用されるのは2024年1月1日からだからです。つまり、2023年中に生前贈与をした財産は、2027年以降に相続が発生した場合には相続財産に組み込まれません。何も対策をしなければ相続税が発生する可能性が高いという人は、2023年中に生前贈与しておいて損はありません。特に子どもや孫が複数いる場合には、子どもや孫に贈与することで、相続財産を大きく減らすことができるので有効です。
生前贈与対策では、110万円の非課税枠を使うのが主流ですが、110万円を超えても節税として有効な場合があります。特に高齢で多額の資産があるような場合には、贈与税を払ってでも生前贈与した方が相続税を減らすことができる可能性があります。
贈与税の税率は相続税の税率よりも高いですが、110万円の基礎控除後200万円以内までは税率が10%なので、相続財産を減らすことで相続税の負担を回避することができれば、贈与税を払った方が得な場合があるからです。計算は個別事情により変わりますので、気になる人は、税理士に相談してみると良いでしょう。
(2)相続時精算課税の利用
次に、相続時精算課税を利用するということも有効です。相続時精算課税とは、生前贈与した場合に2,500万円までは贈与税を課さずに、相続時に相続財産として相続税を課すというものです。贈与者が贈与をした年の1月1日現在で60歳以上であり、受贈者(贈与者の直系卑属である推定相続人または孫)が贈与を受けた年の1月1日現在で20歳以上であることが必要です。
相続時精算課税は、一度この制度を利用すると永久にこの制度が継続されます。つまり、暦年課税には戻れません。また、資産の評価も贈与時点になるので、相続時に時価が下がっていても考慮されません。さらに、宅地等の評価を下げることができる「小規模宅地等の特例」が使えなくなるというデメリットがあります。税務署に届出が必要ということもあり、これまではあまり利用する人がいませんでした
しかし、今回の改正で、相続時精算課税も改正され、年間110万円までは課税されないことになりました。そのため、相続時精算課税を利用することで、これまでと同様、年間110万円の範囲内であれば非課税で生前贈与ができるようになりました。
今回の改正は、相続税対策封じであることは間違いありませんが、相続時精算課税で110万円まで非課税にしたことは評価できます。一度相続時精算課税を選択すると暦年課税に戻れないというデメリットがあるため、慎重な判断が必要になりますが、2024年以降の有力な選択肢になると思います。