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1967年式『ローライ35』。フィルムカメラで“エモい写真”を撮ることの悦び。

2023年01月20日 12:41  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
昨年の秋、岐阜県の白川郷を観光中のことだ。



僕が古いカメラをいじって、合掌造りの家の写真を撮っていると、

「すみませーん。それ、何時代のカメラですか?」

と話しかけられた。


“何時代”って…。

僕はやや絶句しつつも、声をかけてきた若いカップルの興味津々な表情から、別にディスられているわけではなさそうだと判断。

愛機を見せながら、彼らの表現に合わせてこう答えた。



「昭和時代ですよ。1965年頃のものです。マミヤという日本のカメラメーカーの2眼レフなんです」

○■Z世代に人気のフィルムカメラ



おそらく現在は、歴史上でもっとも多くの写真が撮られている時代だ。

それは言わずもがな、スマホの普及とスマホ搭載カメラの性能向上、そしてSNSの発達によってのこと。



そしてこれほど多くの人が写真を撮り、それをネット上の空間で見せあっていると、人とは一味違う写真を撮りたいという気持ちが、自然と湧き上がってくるものなのだろう。

何年か前から続いているフィルムカメラの流行が、人々のそうした願望の表れでもあることは間違いない。



今や観光地でも都会の街でも、古いフィルムカメラや「写ルンです」のようなレンズ付きフィルムを携行し、写真を撮っている人を見かけるのは珍しくなくなった。



特にZ世代と呼ばれる10代~20代半ばの若者に、フィルムカメラで“エモい写真”を撮ることに熱心な人が多いようだ。



白川郷で僕に声をかけてきた20代前半と思しきカップルも、男性は古いニコンFを首からぶら下げ、女性の方はコダックが昨年発売したレトロ調のフィルムハーフカメラ、EKTAR H35を手に持っていた。

○■フィルムカメラはコスパの悪い趣味



しかし、フィルムカメラというのは実にコスパの悪い趣味でもある。

“ちまたでブーム”といえども、フィルムカメラに対するニーズは、デジタル繁栄・アナログ衰退という、自然な市場メカニズムに抗えるほどのトレンド力はなく、写真フィルムは生産終了する銘柄が相次ぎ、残っているものも価格が上がり続けている。



36枚撮りの35ミリネガフィルムは、現在1本2000~2500円が相場。

かつては同じものが700円前後だったことを思えば、フィルムカメラ好きとしては頭の痛いところだ。

加えて、フィルムは撮影後の現像とデータ化(かつてのような紙焼きにはしない人が多い)の必要があり、それにも1000~2000円のコストがかかる。



中判フィルムはさらに旗色が悪い。

1本あたり2000~2500円という値段は同じだが、撮れる枚数が35ミリフィルムよりずっと少ないからだ。

中判フィルムはカメラの仕様によって1本あたりで撮れる枚数が違うが、6×6cmのフォーマットでは12枚しか撮影できない。



基本的に“無料”という感覚で撮りたいだけ撮れるスマホカメラと違い、フィルムカメラときたら、シャッターを押すたびに耳の中では「チャリ~ン」という音が響く。

露出やシャッタースピードを決めるのも、ピント合わせも超面倒くさいし。



などとブツクサぼやきながらもやめられないのが、フィルムカメラの不思議なところ。

これこそ真の“趣味”というものかもしれない、という気さえするのである。

○■されど愛しきコンパクトフィルムカメラ



もともと写真とカメラが好きな僕は、これまでにいったい何台のカメラを所有したか、もう数えきれなくなっている。



高価なカメラを同時に複数所有できるほどの余裕はないので、新しいのが欲しくなると手持ちのものを下取りに出し、次々と乗り換えてきた。

一時期はレンズ交換式のレンジファインダー機に凝り、いわゆる“レンズ沼”にハマりかけたこともある。



数々の愛機と浮き名を流してきた結果、僕が到達した境地は、単焦点レンズを備えたコンパクトカメラ、それもフィルムカメラがもっとも愛しいということである。



カバンやポケットの中に入れて日々持ち歩き、何であれハッと思ったらサッと取り出し、カシャっと撮るスタイル。

写真の出来栄えは、現像してからのお楽しみ…というのが何よりも楽しいのだ。



そんな僕が現在愛用している4台のフィルムカメラをご紹介しよう。



Rollei 35

旧西ドイツ・ローライ社 1967~



独特のスタイリッシュなデザインを持つローライ35は、手の中にすっぽり収まる小型サイズながらずっしりした重量感が所有欲を満たし、前面の沈胴式レンズ両脇に配置された、いかにもアナログチックなダイヤルが、操作する喜びを喚起するカメラだ。



1967年にドイツの設計者、ハインツ・ヴァースケ氏によって作られた、高級コンパクトカメラの草分けで、昨年亡くなったイギリスのエリザベス女王が愛用していたことでも知られるローライ35。

どことなく気品とインテリジェンスが漂い、持ってるだけで満足できるカメラの代表格だったりもする。



長年にわたって生産され続けてきたため、レンズは時代やモデルによって違うが、僕の持っているローライ35は、定評のあるカールツァイス製のテッサーレンズを搭載。

程よくシャープな描写力で、なんとも言えぬノスタルジックな写真を生み出してくれる。



アメリカの写真家スティーブン・ショアも、ローライ35を愛用していた。

彼は、作品といえばモノクロと相場が決まっていた写真界に、カラーフィルムで乗り込んだ人物。

1970年代に世に問うた、ローライ35とカラーフィルムを使って撮ったアメリカの何でもない風景写真は激しく賞賛され、写真界にはその後カラーの時代が訪れる。



ローライ35のファインダーをのぞくたび、スティーブン・ショアのような写真を撮りたいなと思うのだが、なかなか難しいものだ。


NATUR A BLACK F1.9

日本・富士フイルム社 2001~



実用に耐えうる新しいデジカメが続々と登場し、フィルムカメラが徐々にその役割を終えようとしていた2001年に、ナチュラ ブラックF1.9が新発売された。

決して高級機ではなく手頃な価格だったため、当時、特段の気負いもなく買っていたのだが、今になってこれほど手に入れておいてよかったと思えるカメラはないかもしれない。



コンパクトカメラとしては驚異的なF1.9という明るいレンズを搭載していて、高感度フィルムと合わせると天国のように明るく綺麗な写真が撮れるナチュラ ブラックF1.9。

フジフイルムは明るいレンズを搭載したナチュラシリーズのカメラ発売に合わせ、ISO1600という超高感度フィルムも展開していた。



そのフィルムと組み合わせて撮るのが最高なのだが、残念なことに生産を終了してしまい、今では他メーカーのものでも手に入るフィルムは、ISO800が最高となってしまった(そして、これがまた高い)。



つまり、このナチュラブラックF1.9も本領を発揮できなくなってしまったのだが、実はマニアの間では今も非常に人気が高く、中古市場での価格高騰状態が続いている。

ネットでその状況を見るたび、「メルカリで売っちまおうかな」という気持ちが微かに生じるのは否めないものの、なんとか耐えている。

これからも大事に使い続けたいカメラだが、超高感度フィルムの生産再開も期待したい。


LOMO LC-A

旧ソビエト連邦・ロモ社 1983~



1983年の旧ソ連において、日本製のカメラCOSINA(コシナ)CX-2をパクる形で開発されたロモLC-A。

かつてはソ連国内だけで年間150万台も販売されたが、ソ連崩壊後は生産中止になる。

しかし、このカメラを愛用していたウィーンを中心とする欧米の若手芸術家有志が支援し、ロシアで生産が再開された。



品質が不安定なため一台一台の性能にバラつきがあり、レンズ設計上の欠陥から画面周辺に光量落ちが見られるロモLC-Aは、そのダメなスペックが逆に愛され、1990年代末~2000年代にかけて世界的ブームとなった。



ロモLC-Aはかつてのソ連製、再生産以降のロシア製、その後に生産工場を移した中国製と、三種に分けられる。

ソ連時代のものは無印で、再生産以降のLC-Aはファインダーバリアに通称「ロモ蔵」と呼ばれるキャラクターが描かれている。



僕が持っているロモLC-Aは、実はちょっとしたレアもののようだ。

「ロモ蔵」が描かれているので再生産期以降に販売されたもののはずだが、レンズバリアに記されているのは通常の再生産品の「MADE IN RUSSIA」ではなく、「MADE IN USSR」という文字。

つまりソ連時代に製造されてデッドストックとなっていたものが再生産品と一緒に出荷され、「ロモ蔵」マークを追加して売り出されたものだったのではないだろうか。



トイカメラブームの端緒にもなったロモLC-Aで撮った写真は、やっぱりいま見ても実に趣深い。


MAMIYA C-33

日本・マミヤ光機 1965~



コンパクトなフィルムカメラが好きな僕だが、このマミヤC-33は例外だ。

何しろこちらさんの重量は約2キロ!

殺人的に重たいカメラで、首から下げているだけでだんだん肩が凝ってくるほどだ。



1965年に発売された日本製の蛇腹式二眼レフカメラであるマミヤC-33は、中判フィルムを使用し、6×6cmの真四角な写真が撮れる。

マミヤCシリーズは2眼レフとしては世界で唯一、レンズ交換機能を備えたユニークなカメラでもあるため、僕はMAMIYA-SEKORという専用レンズを3本(80mm、105mm、135mm)持っている。



そして僕にとってマミヤC-33は、1940~60年代に活躍したアメリカの写真家ダイアン・アーバスの愛機であるという点が、ひときわ大きな付加価値となっている。



ダイアン・アーバスいわゆる“フリークス”と呼ばれる異形の者のポートレイトを撮ることに執心した挙句、精神を病み、1971年に自殺した悲劇の人だ。

彼女の生き様は、2006年に公開されたニコール・キッドマン主演の米映画『毛皮のエロス~ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』を見ると詳しくわかるだろう。



ローライ35も同じだが、このマミヤC-33はフルマニュアルなので、いざ撮影しようと思ったら、露出を測り、絞りやシャッタースピードを考え、ピントを合わせるという一連の動作をしなければない。



カメラを構えてからシャッターを切るまで数十秒もの時間がかかるうえ、何枚かに一枚は必ず失敗するが、あがった写真はどれも、スマホでは絶対に出せない深みがあるものになっている。


というわけで、実に楽しくも奥深きフィルムカメラの世界。



僕にとってスマホカメラで撮る行為が軽いメモのようなものだとすれば、フィルムカメラでの撮影は俳句をひねるような感じかもしれない。



撮れる写真の良さもあるが、アナログなメカを操作する感覚がたまらず、手入れと整備を兼ねて夜な夜な机の上に引っ張り出し、眺めたりいじったりしてしまう。



僕はこれからもフィルムカメラ道を追求する。



願わくば、フィルムの価格だけはもう少し安くなってほしいところだが、このご時世、それは叶わぬ願いなのだろう。



文・写真/佐藤誠二朗



佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000~2009年は「smart」編集長。カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドア、デュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)。ほか編著書多数。 この著者の記事一覧はこちら(佐藤誠二朗)