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第168回 芥川賞・直木賞受賞式レポート 受賞4作品の評価ポイントは?

2023年01月20日 01:01  リアルサウンド

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左から千早茜、小川哲、佐藤厚志、井戸川射子

 日本文学振興会主催による第168回芥川賞・直木賞の選考会が1月19日、東京丸の内にある・東京會舘本館で開かれ、芥川賞は井戸川射子『この世の喜びよ』、佐藤厚志『荒地の家族』に決まった。直木賞は小川哲『地図と拳』、千早茜『しろがねの葉』の合計4作品が選ばれた。


 今回の選考を務めたのは(50音順・敬称略)、芥川賞は選考委員(五十音順) 小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一。直木賞は、選考委員(五十音順) 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、髙村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき。


 芥川賞を受賞した井戸川射子は1987年生まれで関西学院大学社会学部卒。国語教師であり詩人としても活動をし『する、されるユートピア』で第24回中原中也賞を受賞。「ここはとても速い川」で第43回野間文芸新人賞を受賞している。


第168回芥川賞を受賞した井戸川射子

 『この世の喜びよ』は『群像7月号』に掲載され、芥川賞初のノミネートでの受賞となり、作品数はまだ少ない中だが、人気作家へといち早く駆け登った。


 『この世の喜びよ』はショッピングセンターで喪服を販売している「あなた」(「穂賀さん」)がフードコートで出会った15歳の少女と話したことをきっかけに、家庭での悩みを打ち明けられるようになり、言葉にならない感情を呼び覚ましていく作品だ。


 もう一方の佐藤厚志は1982年生まれ。東北学院大学文学部英文学科卒業。仙台市在住、書店で勤めながら2017年、第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞しデビュー。『境界の円居』で第3回仙台短編文学賞大賞を受賞。『象の皮膚』で第34回三島由紀夫賞候補となっている。『荒地の家族』も『この世の喜びよ』と同様に芥川賞初ノミネートでの受賞となった。


 『荒地の家族』は、宮城県亘理町にする40歳の植木職人・坂井祐治が、震災の二年後に妻を病気で亡くし仕事道具もさらわれた苦しい日々を過ごす中でのさまざまな生活について描いた物語だ。





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 芥川賞の選考委員を代表して堀江敏幸は、受賞作について「どれでも素晴らしい作品だった。その中で受賞した2作品は対照的な作品だった」と述べ、まず受賞をした『荒地の家族』について「震災にこれほどまでに真っ直ぐ向き合った作品はこれまでなかったのではないか。造園業の主人公が震災で一変した季節の中でどんなふうに過ごすかということをしっかりと書かれた、まさに地に足のついた作品。肉体を通して書かれていると評価をしている選考委員もいた」と語った。


芥川賞の選考について総評をする堀江敏幸


 一方の『この世の喜びよ』について「文章の言葉がそれぞれ粒が立っていた。平凡な舞台設定でありながら、その題材を輝かせる言葉の一つひとつがとても丁寧に描いてある素晴らしい作品。この世に喜びを与えるようなタイトル通りの表現になっていた。特に「あなた」という文体を入れた二人称の作品ながら、実験的な作品というよりもしっかりと効果的に使われている」と評価。育児に対して悩みもつ多くの母親にとっても「大きな呼び掛けになっている」とまとめた。


 受賞会見では、まず井戸川射子が登壇。「素直に嬉しい。努力をしていればやっぱり報われるものだと思う」と言い、「二人称はいつか書きたいと思っていたけれど、必然性がないと書けないと考えていた。きっかけは育児がとてもしんどい時に私が子どもたちを見守るように私も誰かに見守ってほしいとの思いから二人称を使うことができた。私にとって、書くことと本を読むことが自浄作用になっている。『この世の喜びよ』が書けたことで自分の中でも癒しになった」と語った。


第168回芥川賞を受賞し喜びを語る佐藤厚志

 次に登壇した佐藤厚志は震災をテーマにした『荒地の家族』について「災忌としているが、東日本大震災があったから生まれた作品。震災についてのテーマはなかなか取りづらい内容だと思うので、今回このような賞をいただけたことで興味を持ってくれたら嬉しい。震災についてはみなさんそれぞれの思いがある。この作品に触れることで自分との経験を重ね合わせて少しでも癒しを感じてもらえたら」と語った。仙台の書店員として働く佐藤は、今回の受賞作品が4作品になったことについて「書店員としてはラッキーという気持ち」と語り、出版不況が続く中だからこそ佐藤が働く書店にとっても明るいニュースになるであろう。


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 直木賞の受賞作『地図と拳』の著者である小川哲は、1986年生まれ。東京大学教養学部卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。2015年『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(上・下)で第38回日本SF大賞受賞、第39回吉川英治文学新人賞候補、第31回山本周五郎賞を受賞した。『噓と正典』で第162回直木賞候補となり、『地図と拳』は、第13回山田風太郎賞受賞していた。


第168回直木賞を受賞した小川哲

 『地図と拳』は、単行本で600ページ超という大作。満州の名もなき都市を中心に、多数の人物が入り乱れる物語は、国家と戦争を巨大な視野で描き切った。出版当初から大きな話題を集め、第十三回山田風太郎賞を受賞した作品だ。


 『しろがねの葉』で受賞した千早茜は、1979年生まれ。立命館大学文学部卒。2008年「魚神(いおがみ)」で第21回小説すばる新人賞を受賞。『魚神』で第37回泉鏡花文学賞受賞。『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞受賞、第150回直木賞候補となり『男ともだち』でも第151回直木賞候補、第36回吉川英治文学新人賞候補。『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞受賞。『ひきなみ』で第12回山田風太郎賞候補、第38回織田作之助賞候補と、軒並みが作品賞にノミネートされるなど、かねてより高い実力が評価されていた。


 『しろがねの葉』は、戦国末期のシルバーラッシュに沸いた石見銀山。そこで働くこととなった少女ウメの物語。生きることの官能を描き切った著者初となる歴史の長篇作品だ。


 今回の直木賞受賞作について選考委員を代表して宮部みゆきが総評。「『地図と拳』は最初の投票から飛び抜けていた」と選評会で高い評価だったとし、「600ページという大ボリュームでありながらもその長さを感じさせないようなオーソドックスの歴史小説ようで冒険小説やさまざまな要素を盛り込んだ驚きの作品。こんなに大風呂敷を広げられる作家は現在ほとんどいない」と言い、「この作品を書き上げる上での取材と膨大な資料の読み込み、それらをしっかりと咀嚼することを惜しまなかった創作への姿勢に敬意と拍手をしたい」と宮部自身も手放しでの賛辞を送っていた。


直木賞の選考について総評をする宮部みゆき


 一方の千早茜『しろがねの葉』については「今回の候補作の中で最も短い小説。けれどもそれは、余計な部分を削ぎ落としたことによって生じたこと。千早さんにしか書けないようなリアリティの空気感が見事に表現されていて、匂い立つような文章。千早さんの魅力が120パーセント発揮された作品」と評価。千早さんの作品の今後にも聞かれ「今作では、鉱山という一本調子のとても窮屈なテーマであり、それが大変魅力的に描かれているが、次に期待したいのは、自由奔放な作品」と期待を寄せていた。


 直木賞の受賞会見では、まず小川哲が登壇。今の感想を問われて「早くお酒を飲みにいきたい」と語り場を和ませつつ冒険小説と評されたことに対して「自分自身ではそうは思っておらず、気づかなかった部分を端的に表現してくれた」と素直に喜びを表現していた。小川は小説の着想に対しては「ジャンルで着想をしたことはない、自分が読みたい本を作っている」という。


 これまでSF作品での評価の高い小川は、自身もSF作品が好きなようで「現実社会だと心情で判断されていくことが多いが、SFは理性と科学で判断していくもの。感情だけで左右されないので、読んでいて気持ちいい」という。「これからも面白い小説をつくり続ける」と抱負を語った。





満洲国にも理想や夢を託す人はいたーー「地図=国家」と「拳=戦争」を描き切った大作『地図と拳』

地図は国家。拳は戦争(暴力)。小川哲の『地図と拳』は、満洲の地を舞台に、多数の人物を絡ませながら、国家と戦争を描いた大作である。…







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第168回直木賞を受賞した千早茜[/caption]


 「こんな大きな賞をもらえるとは思わなかった。私はネガティブな人間なので良いことが起きると何か悪いことが起きるんじゃないかと不安になるんです(笑)でも今日くらいはゆっくりと寝てみようかなと」と千早らしい表現も印象的だった。


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今回の候補作は下記の通り。
■第168回芥川賞 候補作
安堂ホセ『ジャクソンひとり』(文藝冬季号)
井戸川射子『この世の喜びよ』(群像7月号)
グレゴリー・ケズナジャット『開墾地』(群像11月号)
佐藤厚志『荒地の家族』(新潮12月号)
鈴木涼美『グレイスレス』(文學界11月号)


■第168回直木賞 候補作
一穂ミチ『光のとこにいてね』(文藝春秋)
小川哲『地図と拳』(集英社)
雫井脩介『クロコダイル・ティアーズ』(文藝春秋)
千早茜『しろがねの葉』(新潮社)
凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社)