2023年01月10日 10:31 弁護士ドットコム
職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。
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連載の第25回は「復職トラブル、会社との交渉の仕方」です。うつ病など精神疾患を理由に休職する人も多いですが、復職をめぐって会社とトラブルになったという相談が弁護士ドットコムにも複数寄せられています。
笠置弁護士によると、ポイントは休業の原因となったけがや病気が、労災に当たるかどうか。労災に当たらない場合には「どのレベルまで病状が回復していれば、休職の必要がなく、復職が可能と言えるか」が問題になるといいます。
仕事をする中でけがや病気になり、休業を余儀なくされている方の割合は増加傾向にあるという統計データが出ています。労働問題との関係では、労働災害が多い業種において、男性高年齢層の休業率が高いということも明らかになっています。
今後、日本全体で人口減少が続き、様々なバックグラウンドを持つ方が労働市場に出てくる中で、病気を理由に休業を余儀なくされるというケースはますます多くなることが予想されます。
このような場合、休業の原因となったけがや病気が、労災に当たるかどうかによって、適用される法律が大きく変わってきます。
まず、労災によるけがや病気の場合には、労基法19条1項が次のように定めています。
「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間…は、解雇してはならない」
つまり、労災のけがや病気によって療養している期間中は、使用者は絶対に解雇することができません。この条文は、普通解雇だけではなく懲戒解雇や自然退職扱いをも禁止したものと解釈されています。
この条文の適用を受けるためには、事業所を管轄する労基署から、業務上災害として労災認定を受けている必要があります。
そのため、労災によるけがや病気で長期休業を余儀なくされたという場合には、いかに会社が就業規則などで休職期間のリミットを定めていたとしても、その期間を過ぎてもなお休業が必要であるという場合には、解雇や自然退職扱いにはできないことになります。
使用者としては、高額の打切補償を支払うなどしない限りは、被災労働者の療養が終わるまで、粛々と待ち続けなければならないことになります。
一方、労災認定を受け、働けない状態にあったとしても、これ以上治療の見込みがないという症状固定の状態にあると判断された場合には、労基法19条の保護を受けることができません。
その場合、後述するような復職の要件を充たさない限り、使用者から解雇や自然退職扱いを受けたとしても違法ではないということになります。被災労働者は、労災制度の中の障害補償給付の制度を利用するなどし、それ以後の生活を維持していくということになります。
なお、労働者が自己都合退職する場合や、労働契約の期間の満了による退職、定年退職の場合には、労基法19条は適用されません。そのため、労災認定をされた後、自ら退職するよう迫られたとしても、断固として拒否するべきです。
労災とは認められない、私傷病により休業を余儀なくされたという場合には、各企業で定められている所定の休職期間中に復職できなければ、解雇や自然退職扱いを受けることになります。
そのため、休職期間内に果たして復職できるまでに病状が回復したか否かという労働紛争が頻発しているのです。
ここでポイントとなるのは、どのレベルまで病状が回復していれば、休職の必要がなく、復職が可能と言えるかという点です。
これは原則として、休職前の従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した時を意味すると考えられています。
しかし日本では、欧米とは異なり、職種や業務内容を限定せずに労働契約を締結していることがほとんどです。そのため、それ以外の業務であれば担当が可能なレベルに回復しているのに、休職からの復職の場面においてだけ、従前の職務への復帰に限定し、これができないのであれば解雇が許されるという解釈は不合理です。
この点が争われたのが、「片山組事件」(最高裁平成10年4月9日判決)です。
この事件では、職種や業務内容を限定せずに労働契約を締結した労働者が、私的な傷病により休職を余儀なくされた場合の復職の可否が争われました。
最高裁は、以下のように述べています。
「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」必ずしも休職前の原職(もとの職業)に復帰できなかったとしても、「ただちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべき」
つまり、仮に今の仕事が遂行できなかったとしても、使用者はその労働者の能力、経験、地位、会社の規模、業種、会社における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らし、配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべき義務を負い、解雇が許されるためには、このような検討を行ってもなお復職が不可能だと言える事情が必要だということになります。
したがって、このような検討もせずして、主治医や産業医からも、復職可能との判断が出ているにもかかわらず、使用者が元の仕事への復帰以外認めないと固執したり、元の仕事への復帰ができないなどとして放置することは許されません。
復職を求める労働者側としては、元の仕事への復帰が可能かどうか、可能でないとしてもどのような就労条件のもとであれば復帰が可能なのかを主治医との間でよく検討し、復職に関する主治医意見を作成していただくことが必要になります。
人口減少社会の中で、病気と仕事の両立は社会的な課題となっています。そのため、社内の休職制度がなかったり、あってもあまりにも短い場合や、元の仕事への復帰を強制されるような運用がなされているような職場では、労働組合が積極的に制度や運用に対して異議申立てを行い、見直しを求めていくべきです。
休職制度の内容に対する法規制は存在しません。そのため例えば、病気が再発してしまった場合に、従前の休職期間と合算するか否かといった事項は、基本的に各企業のルールに委ねられています。
ただし、再び休職をすることになった場合、その病気が本当に前の病気が再発したものと言えるのか否か、従前の病気とは異なり労災によるものと言えないか否かを全く考慮せず、一律に解雇事由とするような解雇は、解雇要件を充たさず違法無効と言えるでしょう。
(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/