2023年01月07日 08:31 弁護士ドットコム
日々問題なく働いている人でもいつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。
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トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。
今回紹介するケースは、入社5カ月で退職した元社員が「1年以内に辞めたら返す」との契約を交わして入社時に受け取ったボーナス200万円の返還を会社から求められた事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。
こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい解説を目指しています。
今回は入社して半年もせずに退職した社員が受け取っていたボーナスをめぐる事件のザックリ解説です。
会社がブッコみました。
「チミ、辞めるならさ」
「入社の時に渡したボーナス200万返してね」
「1年以内に辞めたら返すって契約だったよね」
と、退職する社員に請求。
社員さんが断りました。
すると、会社が200万円の返還を求めて提訴。
・・・結果・・・
社員の勝訴です!会社の請求が棄却されました。
(日本ポラロイド〈サイニングボーナス〉事件:東京地裁平成15年3月31日判決)
労働基準法16条・5条は、
入社時にエサを与えて縛ることも禁止しているんです。
この記事では、以下の内容をメインにお伝えします。
・サイニングボーナスって?
・ボーナス没収のおそれがあっても退職したワケ
・裁判所の判断
・退職足止めトラブルは「あるある」
それでは参りましょう! Here we go!
会社は米国ポラロイド社の100%子会社でした。
写真関係の会社ですね。
社員さん(以下「Xさん」)は、この会社からヘッドハンティングを受けました。
その後、面談で話を詰めて、雇用契約を締結しました。
その雇用契約には以下の、ヤル気あげあげ条項がありました。
・雇用開始以降、直ちに200万円を支払う
・Xさんが雇用開始日から1年以内に、自発的に会社を退職した場合には、これを会社に全額返還する
雇用契約をサインした時のボーナスを「サイニングボーナス」といいます。
目的は、入社した社員のヤル気を上げることにあります。
200万もらえればヤル気あげあげですからね。
しかし、ウマイ話だけではなく。
1年以内に退職しちゃうと全額返せ、と命じていたんです。
(あとで書きますが裁判所は「こりゃ労働基準法違反だわ」と言ってます)
Xさんが入社して2週間もたたないころ、不穏な空気が。
日経新聞で以下のような報道がなされました。
「米ポラロイド社が破産申請を検討 米紙報道」
この報道に触れて、Xさんが不安を感じるようになったようです。
Xさんは、米国ポラロイド社の雲行きが怪しくなったと感じました。
会社の将来と自身の生活どうなっちゃうんだってことです。
そこで、入社して約5カ月後に、退職しました。
・・・ヤバイですね。
なぜなら、1年以内に辞めてるから。
あの規定があるから。
案の定、会社がXさんに対し「サイニングボーナスの200万円を返してね」と請求しました。
Xさんが断ると、会社が提訴に踏み切りました。
Xさんの勝訴です!会社の請求を棄却しました。
ザックリいえば裁判所は
「Xさんを不当に縛ってるからダメ」
「労働基準法16条・5条に違反してるから無効ね」と判断しました。
労働基準法5条使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない労働基準法16条使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない
サイニングボーナスの性質については、ザックリ「そりゃ嬉しいんだけど、しばる側面もあるよね~」と認定。
↓ 判決そのまま
サイニングボーナスは、会社と雇用契約を結んだ時に支払われる金員であって、成約を確認し勤労意欲を促すことを目的として交付される性質を有するほか、1年以内に自らの意思で退職した場合にはその全額を返還することで、一定期間企業に拘束されることに対する対価としての性質をも有していることが明らか
続いて、以下のような経済的足止め策は無効!と示しました。
↓ 判決そのまま
その経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を定める約定の内容に照らし、それが労働者の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるとき
でもって、今回のケースについて検討して「こりゃ無効だわ」と判断しました。
裁判所の判断をザックリ示すと、
・200万という金額はXさんの月額支給分の約2倍
・分割ではなく全額支払いが予定されていた
・200万の返還がキツイので退職を躊躇するだろう
・よって、この規定はXさんの意思に反して労働を強制する不当な拘束手段だ
・したがって、労働基準法16条・5条に違反してるから無効だ
というものです。
今回のように、「●年以内に退職した場合には、~を返還せよ」との規定がある場合は、不合理な経済的足止め策として無効になる可能性があります(=返さなくていい)。
こんな契約が結ばれている場合は、社外の労働組合か弁護士に相談してみましょう。
退職の足止めに関するトラブルは、今回の件に限らず、あるあるです。
過去の裁判例でも、
「研修費用を出してやったのにスグ辞めやがって」
「研修費用かえせよ」
というトラブルがありました。
勝ち負けどちらもありますね。
○ 従業員の勝ち
・富士重工業事件:東京地裁平成10年3月17日判決
・新日本証券事件:東京地裁平成10年9月25日判決
・和幸会事件:大阪地裁平成14年11月1日判決
・徳島健康生活協同組合事件:高松高裁平成15年3月14日判決
× 従業員の負け
・長谷工コーポレーション事件:東京地裁平成9年5月26日判決
・野村證券事件:東京地裁平成14年4月16日判決
・東亜交通事件:大阪高裁平成22年4月22日判決
勝負を分けるのは、その費用が会社が出すべきものと認定されるか、それとも、従業員が出すべきものと認定されるかです。
業務命令なのであれば、会社が出すべきものと認定されて勝つ可能性が高いです。
逆に「それって【自主的な】技能習得だよね」と認定されれば負けるおそれありです。
己のスキルアップなんだから、それは自分で払わなきゃという価値判断です。
気になる方は事件名でググってみて下さいね。
というわけで今回は以上です。
ではまたお会いしましょう!
【筆者プロフィール】林 孝匡(はやし たかまさ):【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1