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村上隆とコラボした漫画家・松山せいじに聞く、漫画の売れる絵、上手い絵とは?「独特の素人っぽさは読者の印象に残りやすい」

2023年01月06日 11:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 松山せいじは、Twitterで漫画や絵に関して積極的に発信を続けている漫画家である。松山が描く強烈にデフォルメされ、胸や目などが極端に誇張された絵は、時には批判が寄せられることもあるというが、一度見たら強烈な印象が残る唯一無二の絵であることは間違いない。


 松山が描く絵は日本を代表する現代美術家の村上隆からも評価され、コラボ作品が制作された。また、村上の依頼で漫画も制作、掲載された書籍が2023年にも発売される予定である。


 そんな松山が考える「上手い絵」とは何だろう? そして、自身が漫画家として追求する理想の絵とはいったい何だろう? アニメ化もされた『エイケン』以来、20年以上もトップランナーであり続ける漫画家の漫画論を紐解いてみよう。


漫画家として受ける絵柄とは?

――松山せいじ先生にまず伺いたいのは、「ネットで受ける(いいねがつく)絵と、商業作家として通用する絵は違うのか?」ということです。学校の美術の授業で褒められる絵も、そうしたお手本どおりに描ける絵ですね。しかし、ヒットした漫画を見ると、必ずしもデッサンがしっかり取れたいわゆるうまい絵ばかりとは限りません。


松山:まず、漫画かイラストかによっても違いますね。ライトノベルなどの表紙を見ると、最初から技術的に優れた人が多く、のっけから神絵師の水準が求められていると感じます。ところが、漫画だと多少、絵が崩れている方が受けやすいと僕は考えています。小林よしのりさんの『東大一直線』は、最初はすごい絵でしたが(笑)、ギャグ漫画としてのインパクトは充分でした。連載初期の『進撃の巨人』とか『ちびまるこちゃん』も、独特の素人っぽさが読者に印象的に映った作品だと思います。


――素人っぽさという話が出ましたが、そういったタッチは新人の頃じゃないと出せないですよね。


松山:『進撃の巨人』をリアルタイムで読んだ時の衝撃はすごかったですね。確かに、諌山創さんは技術的には今の方が上手いけれど、衝撃が大きいのは1巻の1話の絵ですよ。あの荒々しさは、新人ではなければ出せるものではありません。デビューした時の歌手がいきなりミリオンヒットを出すのも、新人しか出せない雰囲気が共感を集めるからだと思います。


――新人は技術よりも勢いが大事だということですね。


松山:僕がデビューした1990年代ごろは、編集者は新人さんにそんなにうまい絵を求めていませんでした。技術が高い人よりも個性が強い人、そして伸び代のある人を求めていましたから。最初は上手くなくても、描きながら上手くなればいいと思える空気感もありました。アシスタントを務めるなら、多少の絵の素養が必要ですけれどね。


――松山先生の漫画は『鉄娘な3姉妹』や『ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部』のあたりから、かわいらしく洗練された作風になったと思います。ところが、『ギャル鉄』で再び強烈でインパクト抜群な絵柄になっていますね。まるで『エイケン』を彷彿とさせるような…


松山:今の僕にとって、最大のライバルは20代のときの自分です。『ギャル鉄』は昔の自分の絵柄に似せようと試みましたが、あの頃のような、粗削りではあるけれど味のあるタッチは出せませんでした。最近感じているのは、漫画家は20代のうちに出し惜しみせずに全力で描いて、想いや表現を爆発させるのが大事だということ。さらに、年齢を重ねると体力が追い付きません。現に僕も、週刊のペースでは仕事ができなくなってしまいましたからね。


『ギャル鉄』は巨乳キャラの主人公と鉄道を絡めるなど、松山せいじがこれまで描いてきたテーマをこれでもかと盛り込んだ作品。主人公の後藤寺ミオが身に着けるストラップや小物にも鉄道ファンならわかる小ネタが満載で、力の入った作画が凄まじい。
なぜ松山せいじはアンチを煽るのか?

――松山先生は19歳でデビューしたのち、23歳で「月刊少年ガンガン」で『裏剣道ZERO』を初連載。その後は「週刊少年チャンピオン」に移籍し、『エイケン』が大ヒットしました。


松山:あの頃は赤松健さんの『ラブひな』が売れていた時代で、「うちの雑誌にもラブひなが欲しい」という要求が、チャンピオンの編集部からあったんですよ。なので、『エイケン』はヒットを狙ってやった仕事といえますが、僕はずっと部活物を描きたいと思っていたので、自分の趣味も反映されています。


――私はリアルタイムで読んでいた読者の一人ですが、今思えば、あれほどアクの強い漫画が連載され、しかもヒットしたのは凄いと思います。チャンピオンは独特の雰囲気がありましたよね。


松山:売れるというのは、運の要素も大きいんですよ。時代といろいろマッチするとかね。僕の場合は、瀬口たかひろさんの『オヤマ!菊之助』の連載終了と、ラブひなのヒットがタイミングよくガチッとはまったのでしょう。僕は毎回ホームラン狙いで打席に立っているので、三振も多いんですけれどね(笑)。


『エイケン』はアニメ化もされた松山せいじの代表作で、当時のラブコメ漫画を代表する作品のひとつ。とにかく登場人物の胸が大きい。

――2ちゃんねるも盛り上がりましたよね。絶賛する人もたくさんいましたが、アンチも相当ついていました。


松山:2ちゃんねるでは神の視点で見ていましたし、悪口が僕にはちょっと心地よかったんですよね(笑)。それに無視されるくらいなら、話題になってくれた方がいいですから。


――2ちゃん時代に培った芸風は現在のTwitterでも健在ですよね。このインタビューを始める前にもアンチとバトルを繰り広げていましたが、あんなに煽らなくてもいいと思ったりしてしまうのですが(笑)。


松山:さっき言ったような2ちゃんねるの経験があるので、アンチの悪口に抵抗がないんですよ。それに、アンチの書き込みを無視しているとストレスがたまるので、返信を始めてしまいました。ひろゆきさんに絡んでも返信をくれないでしょ。僕だったら構ってもらえるので、アンチも嬉しいんでしょうね(笑)。それに、悪口を言われているときほど、それを上回ってやろう、驚かせてやろうという気持ちが芽生えて、どんどん濃い絵になっていきました(笑)。アンチの意見が僕を成長させてくれた側面もあるんです。


巨乳アイドルブームがキャラに影響!?

――松山先生の代名詞といえば胸の大きな女の子、というのは誰しもが認めることだと思います。『エイケン』の東雲千春や春町小萌に始まり、最新作の『ギャル鉄』の後藤寺ミオまで一貫して描き続けていますね。


松山:僕は1990年代にイエローキャブが生み出した巨乳アイドルブームを体験しているので、巨乳キャラが凄く好きなんですよ。ところが、それまでの漫画では、巨乳のヒロインはほとんど脇役に据えられていました。僕はそれが不満だったので、それなら巨乳キャラを漫画のセンターにおこうと試みたのが『エイケン』でした。


――なるほど、松山先生にとって巨乳キャラを出すのは必然だったのですね。そして、『エイケン』はキャラの描き分けも巧みですよね。


松山:コナンやミッキーのように、漫画のキャラクターデザインはシルエットでそれとわかるのが理想です。僕は身長差とか胸の大きさ、体型で描き分けています。ギャル鉄だと主人公190cm、後藤寺ミオが140cmで、身長差でパッと見ればわかりますよね。僕は高身長ですが、小学生の頃には170cmを超えていたので、わかりやすく体格差をつけることに抵抗がないんです。


――松山先生の絵はキャラクターが非常に漫画チックである一方で、背景や列車は緻密に描いています。この手法は先生ならではのこだわりと感じます。


松山:『ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部』や『ギャル鉄』は、鉄道漫画ならではの臨場感を出すために、背景は特にこだわって描いていますね。もともと背景を忠実に描くのが好きなのですが、将来的には漫画チックな鉄道描写もやってみたいという思いもあります。鳥山明先生が描いていたような、デフォルメの効いたメカの造形にも憧れます。


松山せいじの作品でもっとも世間を騒がせたのは、「チャンピオンRED いちご」に連載された『奥サマは小学生』だろう。「東京都青少年の健全な育成に関する条例」改正の論議の中で、東京都が作中の問題視し、実名を挙げた漫画でもある。ちなみに記者は本作を読んだことがあるが、それほどまずい表現とは思えなかったのだが。 『ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部』は作中に登場する鉄道のネタは相当に濃い一方で、キャラクターが柔らかいタッチで描かれ、アクの強い描写が抑えられている。何より、巨乳キャラがほぼ登場しないのだ。松山せいじの漫画では異色の作品といえる。


松山せいじが目指す絵柄とは

――デジタルの進化やAIの登場で、リアルな絵は場合によっては写真をそのまま加工したのではないかと思われるようになっていますが、いかがお考えでしょうか。


松山:写真加工が簡単にできるようになって、リアル絵の価値が落ちたなと思っています。あと、SNSは「いいね」という数値化によって、個性よりも画一化をもたらしているように思います。鉄道写真も定番撮影地からお手本通りの構図で撮影されたものが良しとされていますし。僕自身は、キャラ人気にあやかろうとする動機は悪いことではないとは思いますが、コスプレや二次創作も人気キャラクターを抑えれば「いいね」がもらえる……という塩梅ですからね。


――今後、松山先生はどのような絵柄を模索していくのかが気になります。いわゆる万人受けする絵とは、違う方向を目指されるのでしょうか。


松山:僕は一目で作者が誰とわかる絵が描ける漫画家を目指したいです。『グラップラー刃牙』の板垣恵介さんや、『賭博黙示録カイジ』の福本伸行さんのような絵が理想ですね。僕自身は、ラブコメはだいぶ出し切ってしまいましたし、そもそも50歳近いおっさんが描くテーマではないと思っているのですが、描きたいテーマはまだまだたくさんあるんですよ。特に、イケメンのキャラクターが主人公の漫画を一度、描いてみたいという思いはありますね。


――松山先生は次回作を現在構想中とのことで、発表を楽しみにしています。今回はどうもありがとうございました。