2023年01月04日 10:01 弁護士ドットコム
「チョコレートは失敗しても温めれば、作り直すことができる」。一度失敗したらともすると立ち直れないほどのダメージを負う現代社会で、こんなにも優しいメッセージを送る映画が、東京・ポレポレ東中野などで公開された。
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それが『チョコレートな人々』(監督・鈴木祐司、製作・配給 東海テレビ、1月2日から全国公開)だ。愛知県豊橋市に本店を置くチョコレート専門店『久遠チョコレート』代表の夏目浩次さんとそのスタッフが繰り広げる日常を、19年間にわたって撮影したドキュメンタリーである。
約570人の従業員のうち、6割は心や体に障がいがあり、ほかにも子育て、介護中、シングルペアレント、セクシャルマイノリティ、引きこもりなど、多様な人々が映画に登場する。監督の鈴木祐司さん(東海テレビ)は「悩んでいたり落ち込んでいたりする若者に、ぜひこの映画を見て、勇気をもらってほしい」と語った。(ルポライター・樋田敦子)
代表を務める夏目さんと監督の鈴木さんは、豊橋市内の花園商店街で障がい者雇用の促進を進める「花園パン工房ら・ばるか」の代表と、商店街の再生をテーマにニュースを商店街に取材に来たディレクターとして2002年に出会った。
脱サラしたばかりの25歳の夏目さんの「障がいのあるなしにかかわらず、みんなで働けて、みんなで意見を出し合って、稼いでいける職場を作りたい」という言葉が鈴木さんの琴線に触れた。
「1カ月働いても障がいのある人は、月に4000円くらいしか稼げない」とあって、夏目さんは、健常者と同じように愛知県の最低賃金の時給681円(当時)を保障し、障がい者3人を含む7人でパン屋をやっていた。
「パン屋は手間がかかる割に利益が薄い。しかも障がい者雇用は簡単ではありません。たとえば、指定難病のプラダー・ウィリー症候群という病気の美香さんは、仕事がうまくいかないと頭を壁にぼんぼん打ち付け、それを抱えるようにして夏目さんがフォローしている。
その状態が1時間以上続くのですが、真剣に“僕が社会を変える”みたいなことを言う夏目さんの姿が魅力的で気高かった。そこから撮影を始めることにしたのです」
しかし経営はうまくいかなかった。最賃を保障するあまり、夏目さん自身が借金まみれになった。社会福祉法人を設立、日本で初めて障がいのある人を派遣する人材紹介会社への経営参画などアイデアは良かったが、半歩先を歩いていたのかもしれずうまくいかなかった。資金繰りは苦しかったが事業を続け、経営の勉強もしながら10年余が流れた。
2013年、夏目さんは日本のトップショコラティエの野口和男さんと出会う。
鈴木さんは撮影がなくても休みの日に交流を続けていたのだが、そのときに夏目さんがチョコレート専門店を開店させると目を輝かせながら話すのを聞き「きっと良いものを見つけたんだ」と思った。
「チョコレートは障がいのある人にピッタリの食材。作業スピードがゆっくりの人でも大丈夫、高温で扱わないのでやけどする心配もない。短い時間で高単価なものを作れる。正しく食材を扱えばより誰でもおいしいチョコレートが作れる」。そんな魔法の食材だった。
「2人は凄いめぐりあわせをしたと思いましたね。夏目さんの熱意が伝わり、野口さんが力を貸してくれることになった。2人でタッグを組んで “日本一をとろう”と約束したそうです。夏目さんは弱者とか支援とかそういう言葉を使うのは大嫌いです。みんな同じだから、それぞれが得意なことを生かし合って、うまく組み合わせてやっていこうとしています。彼は実行の男で自分で道を切り開いてきました」
世界30か国のカカオ、余分な油分を加えないピュアなチョコレートにこだわり、『久遠チョコレート』は今では日本全国に40店舗、57拠点(2022年12月時点)を展開し、百貨店で開催されるチョコレートの祭典にも出店するほどの店に成長した。
1973年生まれの鈴木さんは、小さいときからテレビっ子だったという。両親が共働きで、帰宅するまで家でテレビを見て過ごした。その時に見ていたのがドキュメンタリーやお笑い番組。「テレビはリアルでおもしろい」と思った。迷いもなく職業はテレビ制作を志した。
「学生時代はラグビーと音楽ばかりでほぼ勉強してなかったのに、入社していきなり報道記者です。知識もないし、だから日々新聞を隅から隅まで読んでニュースって何だろうと考えていました。でも報道記者のいいところって、興味のあることを取材して放送まで持っていけるところなんですね。特にローカル局は。一気に何十万という視聴者が見てくれるわけで、そういう仕事に携われるのはうれしかったです」
関心があったのは福祉だった。
「小さい頃、障がいのある友達と楽しく遊んで過ごしたのに、社会に出るとなぜ、世間は彼らを下に見て、不条理な扱いをするのか」と憤った。その思いが夏目さんのドキュメンタリーを作ることにつながったのかもしれなかった。
東海テレビには、ドキュメンタリーを大切にする風土がある。本映画のプロデューサーでもある阿武野勝彦さんが率いるドキュメンタリーのチームは、より多くの人に観てもらいたいと番組を昇華させて映画にして全国公開している。その数は13作品を数える。『ヤクザと憲法』『ふたりの死刑囚』『人生フルーツ』など、社会的な視点に立った重厚な作品を世に送り出してきた。
本作も2021年の日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリを受賞しており、作品の評価も高い。それを映画用にリメイクした。
「阿武野もドキュメンタリーにのめりこんできましたが、その前の先輩方が東海地方で起きた四日市公害や徳山ダムの問題など体を張って取材していたのです。そういう歴史があってドキュメンタリーに力を入れてきたのですが、暗に批判するだけでなく、紹介し続けていくことでそれを世に問い続ける。そんなドキュメンタリーの良さや伝統を大切にしてきて、今があるのだと思います」(鈴木さん)
夏目さんは「東海テレビのドキュメンタリーは観るたびに答えが違い、いつも答えがないから考えさせられる」という。この映画をどう観るのだろうか。
フィクションではないドキュメンタリーの場合、取材する側とされる側の生身の信頼関係が、成否を決めると言っても過言ではない。鈴木さんはどのようにして、夏目さんやスタッフたちとの関係を築いてきたのだろうか。
「何度も取材してきたのはもちろんですが、夏目さんは、何かあるごとに僕がニュースで伝えてきた内容を見て、信頼できると感じてくれたのだと思います。1回限りの取材であるとか、興味本位で撮影に来ているのでは信頼関係はできません。夏目さんのことをきちんと伝えていると感じてもらえてるからこそ、プライベートも撮らせてくれるようになりました。いつも取材といってもお店のスタッフたちと8、9割世間話をしているようなものなんですが(笑い)」
それでも鈴木さんにはこだわる点がある。「取材して放送することによって、その人の人生が大きく変わることがある」ので、相手の信頼を裏切らないようにすること。映画に出てくる小次郎さんのお母さんとは、喫茶店で半日話し合ったという。「どうしても取材を受けなければいけないんですか」と悩むお母さん。自分たちの番組の意図を伝えて「何とか取材させてください」と粘る鈴木さん。
「横に一緒にいた中根カメラマンが“わけわからないことばかり言ってたぞ。まあ熱意は伝わったと思うけれど”と呆れていました。お母さんは僕のことを、ちょっと変わった人だけで悪い人ではないと判断して取材に応じてくれることになりました」(鈴木さん)
そして心に銘じているのは、出演してくれた人の気持ちを傷つけないこと。かかわってくれた人の人生がいちばんいい形で進むように心がけている。
「撮りづらかったこと、苦労したことはないですか、とよく聞かれるのですが、まったくないです。取材対象の人との時間が楽しくて僕のほうが充実してしまうくらい。やれることをやるだけ。一生懸命やってきたことで勝負するしかないと思ってます」
豊橋工場で2年半勤務する匹田さんは自閉症。手先が器用なことをいかして、飾り付けなどを担当する。月給は15万円。均一にチョコレートを形作っているが、「大きすぎてもまた作り直せば大丈夫です」
洋菓子の専門学校を出てケーキ職人として働いていたまっちゃんは以前、洋菓子店で心ない言葉を投げかけられて傷ついた経験がある。久遠チョコレートの面接を受けた時、履歴書の性別欄には男性に丸をつけたが、夏目さんは分かっていた。「自分が女性であることを伝えられて気が楽になりました」。今ではまっちゃんは焼き菓子の新店舗で、菓子を製造しエプロンをつけて接客に当たっている。
神戸店の加藤さんは大学1年生の時にくも膜下出血で緊急搬送され、一命を取り留めたが、左半身にマヒが残り何もできないと自暴自棄になった。オープン初日はレジを任された。ぎこちないが、それを見ていた夏目さんからは「かっこよかったよ」と言ってもらえた。
前述の美香さんは、看板娘だったパン屋を17年前に去っていた。パン屋の商売が上手くいってないことを悟った母親が辞めさせた。その後、美香さんは授産所で働くが、1カ月の給料は6000円で、大好きなB’zのコンサートにも行けない。店にチョコレートを買いに来て、夏目さんに再会。ほろ苦い思い出だっただけになんとも言えない表情の夏目さん。
チョコレートな人々が、笑ったり泣いたりさせてくれる。私は試写会で観たところ、ラストは拍手が起こった。プロの評論家が観る試写会ではあまり見ない光景だった。
「夏目さんを見ていて思うのは、従業員をちゃんと見ているということ。一般的な会社では高学歴でエリートの人はうまく会社を回すと思いますが、それは事務処理能力だったり、問題解決能力が優れているということ。
それとはまた違って、チョコレートな人々のスタッフが生み出すアイデアは新しい。障がいのある人もない人も、ありのままでいい。そういう社会になればいいと思っています」(鈴木さん)
鈴木さんが持ってきてくれた久遠チョコレートの抹茶味には、みんなの温かさが詰まっていた。
【プロフィール】 樋田敦子。ルポライター。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経てフリーランスに。雑誌でルポを執筆のほか、著書に「女性と子どもの貧困」「東大を出たあの子は幸せになったのか」「コロナと女性の貧困」等がある。