2022年12月31日 09:21 弁護士ドットコム
夫婦関係や離婚、毒親など、齢を重ねるにつれ人付き合いの悩みの質はどんどん重苦しくなっていきます。一般の人から寄せられた、そんなお悩みの数々と向き合い、今年『大人だって、泣いたらいいよ 紫原さんのお悩み相談室』(朝日出版社)を刊行したエッセイスト・紫原明子さん。
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クロワッサンオンラインの連載をもとに、新たなお悩みも加えて書き下ろした一冊ですが、相談から見えてきた社会の姿とは。紫原さんの寄稿をお届けします。
ここ数年、友人たちから“親の離婚”に関する悩みを打ち明けられることが増えた。友人たちは20代から30代。それぞれ皆とっくに自立して家を出て、自分の人生を歩んでいる。今更両親が離婚しようが何しようが好きにしてほしいというのが嘘偽りない本音だろうが、にもかかわらず彼女たちを悩ませるのは、離婚後の親の生活の問題である。
離婚をすると、当然ながらそれまで一軒で事足りていた住まいが二軒必要になる。一人は家に残るとして、家を出る方が、どうも経済的な理由から、娘である友人たちの家で同居したがっているというのだ。
親の老後問題には遅かれ早かれ向き合うことになるだろうと漠然と考えてはいても、ともすれば結婚もキャリア形成もこれからという段階で、早くも親と同居することになろうとは、彼女たちにとっては完全に寝耳に水の出来事で、だから一体これからどうしよう、と困り果てているのだ。
数年前、お悩み相談の連載を担当したことを機に、連載が終わってからも継続的に悩み相談のお手紙をもらうようになった。中でも「離婚を考えています」というお悩みは特に数多く寄せられる。離婚を考えるに至る理由は十人十色でも、踏み切れない理由は大抵の場合、子どもの心情への配慮か、離婚後の生活における経済的な心配。このどちらか、あるいは両方だ。
たとえ夫婦仲が悪かろうと、少なくとも親が離婚していないことの方が、子どもには望ましいことなのではないか。子どもが成人するまでは離婚しないでいた方がいいのではないか。夫婦のいざこざで疲弊する親を見た年頃の子どもからの「もう離婚しなよ」がきっかけとなり、離婚を選んだという人も少なくない。
さらに輪をかけて、経済的な問題はあらゆる離婚と必ずセットでついてくる。時代とともに少しずつ変わってきているとはいえ、出産、育児を機に仕事を休んだり、やめたりすることを余儀なくされる女性は多い。復職できても、出産前に比べてペースダウンせざるをえない人もいるはずだ。
そうなると、仮に離婚したくなったとしても、子どもを抱えて生活していくだけの見通しが到底立たない。ましてやいくら離婚時に取り決めておいたとしても、元夫からの子どもに対する養育費は、継続的に支払われないことの方が多いというのが現状だ。子育てにおける身体的、精神的な負担に加え、経済的負担を一手に担う。そんなことが自分に果たしてできるのだろうかと不安になるのは当然のこととも言える。
けれども離婚しない選択をしたとしても、夫婦間のわだかまりが自然と消えることは滅多になく、むしろ好ましくない夫婦関係が夫、あるいは妻の精神を次第に蝕むなどの悪影響を及ぼし、加齢と共に徐々に忍耐力が低下するのもあいまって、もうどうにも我慢の限界という状況が訪れる。
いわゆる「熟年離婚」と呼ばれる親世代の離婚の一部は、こんな風に生じているのではないだろうか。「子どものために」と離婚を先延ばしにした結果として熟年離婚となり、経済力のない片方の親が子どもの経済力に頼るほかなくなるのだとすれば、それは本末転倒である。
先日、弁護士ドットコムニュースYouTubeチャンネルに出演した。事前に募ったお悩み相談に生配信で答えていったのだが、その中で(時間の関係で放送中に取り上げることはできなかったものの)「夫の親が、夫の給料が振り込まれる預金通帳を握っていて渡してくれない」といった妻からのお悩みが寄せられた。夫の親は、夫の給料で生活費を賄っているのだという。
こういう話を聞くにつけ、親であることの責任を最も端的に果たすには何より、経済的、精神的に自立していることなのだとつくづく思う。そして配偶者と「離婚したいのにできない」という状態が本当であればやはり、なるべく早く、体も心も元気なうちに解決しておきたい問題だと思う。
私自身が離婚歴のある物書きであるという理由でたまに「離婚してもなんとかなる」と女性たちの背中を力強く押すような記事を書いてほしい、という依頼を受ける。できることならそうしたいと私だって思う。けれども、離婚は生活と直結する切実な問題なので、必ずしもそう簡単に書くわけにもいかない。
もしも経済的な不安が多くあれば、そして離婚したい理由に命に関わるような身の危険がないのなら、すぐには離婚せず、ある程度経済的自立の目処が立つまで準備を進めていきましょうと提案することも少なくない。
ただ一方で最近、じゃあどんな準備をしておけば安心なのかと考えてしまう。物の値段は上がり続ける一方、働いても働いても給料の上がらない今の日本で、さらにAIもいよいよ実用性を高めつつある世の中で、その答えが一体どこにあるのか、正直なところ分からない。どんどん分からなくなってきている。
今やあらゆるSNSに「副業アカウント」と呼ばれるアカウントが網を張っている。彼らの薦める何らかの講座を受けると、リモートワークの副業で普段の月給にプラス◯十万円の収入になると謳う。もちろん、真っ当にスキルアップをサポートしてくれるものもあるにはあるのだろうが、中には怪しいものも決して少なくなく、この手のマルチまがいの広告の中には、明確に「シングルマザー」をターゲットとしているものも多い。
手に職を持っていることが大事。人生設計が大事。資産形成が大事。そんなことは言われなくとも百も千も承知だが、キャリアをストップして子どもを産み育てたり、離婚したり、そんな風に一度正規ルートから外れてしまうと、ただでさえ決して近くにはなかった“安心な暮らし”への入り口が、さらなる追い討ちをかけるように、ものすごい勢いで遠ざかって、たちまち見えなくなってしまう。
そんな中、何とかしてスキルアップを目指そうとすれば、そこでもまた、さまざまな有象無象が口を開けて待ち構えている。生き延びることにばかり翻弄され続けると、余暇時間を使って友人関係を築いたり、文化や芸術に触れたりして自分の人生を生きるための余裕が奪われ、今度は親でない自分としての、精神的な自立まで阻まれかねない。
折しも10月3日の臨時国会開幕に際して、岸田首相は構造的な賃上げと併せて、成長分野で活躍するためのリスキリングに5年間で約1兆円の公的支援を行うと表明した。時代の大きな転換点にある今、多くの人にとって今後どう働いて生きていくかは無視できない深刻な問題だ。さらに少子高齢化が進む現状を鑑みれば、誰もが人生の中で何度も新しいスキルを身につけ、長く働き続けることからも逃れられないだろう。
そんな中ひとり親は、ただでさえ厳しい時代の荒波を、子育てのかたわらで乗りこなしていかなければならない。
せめて真面目に働いている限り、少なくとも食べていける世の中であってほしい。夫婦であろうとシングルであろうと、子どもを産み育てることに不安のない世の中であってほしい。それが当たり前だと信じられる世の中であってほしい。
「離婚したいが、できない」が生じる背景には、そんな願いとは裏腹に、この時代に結婚をしたこと、子どもを産んだこと、子育てに時間を費やしたこと、それらが全て罰ゲームのように負担となって女性にばかり押しやられている現実が横たわっているのではないだろうか。
【筆者】 紫原明子(エッセイスト) 1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。またエキサイト社と共同での「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。