2022年12月29日 09:51 弁護士ドットコム
新型コロナウイルス対策のマスク着用指示に従わず、マンション居住者に不安を与えたことなどを理由とした解雇は不当だとして、管理人の70代男性が管理会社(大阪市)に未払い賃金などをもとめた裁判で、大阪地裁は解雇を無効とし、約90万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
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男性側の代理人弁護士によると、12月5日に出された判決は確定しているという。判決は、マンション管理人が「マスク着用」していなかったことは、会社の指示に違反するものとしたが、それでも解雇までは認められないとした。
判決文によると、男性は大阪府摂津市のマンションで管理人として働き、2021年5月にコロナ陽性と診断された。復帰したが、「マスク未着用」とのクレームが居住者から届いたとして、賃金の安い清掃員への職務内容変更を打診され、それを拒否したところ、「マスク着用指示に従わず、居住者に不安を与える行為」などを理由に同年6月、解雇通知を受けたという。
男性は同年7月、労働審判を申し立て、大阪地裁は解雇無効と賃金支払いを命じた。これに管理会社側が異議を申し立て、裁判に移行していた。なお、係争中に男性は定年を迎えたため、地位確認請求は取り下げた。
裁判の争点は3つ。
(1)退職合意の有無、(2)解雇権の濫用にあたるのか、(3)管理会社の行為の違法性
これらを裁判所はどのように判断していったのか。労働事件にくわしい島田直行弁護士が解説する。
——退職合意はあったのでしょうか
裁判所はまず、退職が労働者の生活に与える影響の重大性を考慮して、〈口頭での発言〉をもって直ちに確定的な退職の意思表示と評価することは慎重であるべきとの姿勢を示しました。
そのうえで、(1)退職の意思表示を認定するだけの客観的な証拠がない。(2)退職の意思表示がなされたとされる後に労使双方が退職合意と相容れない行動をとっている。そうしたことなどから、退職の合意を否定しています。
——マンション管理人という仕事における「コロナ対策のマスク着用義務」を裁判所はどのように考えたでしょうか
解雇事由の1つがマスク着用指示に従わなかったことでした。
裁判所は、管理会社としては住民に不安を与えないようにすることが業務上必要であること、会社が従業員に感染防止対策としてマスク着用等の徹底を求めていたことなどから、男性が〈会社の指示に従い、コロナ感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていた〉と認定しています。
ここでのマスク着用義務は一般論ではなく、あくまで業務内容や従前の指示などを前提に、着用を含めた感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を認定しています。
裁判所は、そのような義務を男性が負っていたことを前提として、住民からの苦情などから、男性が業務中や通勤時にマスクを着用していなかったことを認定しています。
主な根拠は、おそらく苦情の内容でしょう。住民からの苦情は1回のみであるものの、男性が日常的にマスクを着用していなかったことが推測されるものでした。
今回のケースでは、「マスク未着用」のほかに「通勤手当の不正受給」を根拠に解雇がなされています。裁判所は、いずれについても〈本件解雇は解雇権を濫用したものとして、無効である〉と判断しました。
まず裁判所は、労働者がマスクを着用していなかったことは上記のように会社の指示に違反するものと認定しています。
しかし、(1)寄せられた苦情が1件、(2)会社に契約解除などの実害が出ていない、(3)労働者のマスク未着用に対して会社が指導した実績がないことなどから、この違反をもって直ちに解雇までは認められないとしています。
次に通勤手当の不正受給です。不正受給の事実については認められています。ただし、(1)勤務期間の途中で通勤経路が変更になった、(2)意図的な不正受給の証拠がない、(3)損害が軽微で男性が事後的に清算する意思を示しているなどの理由から、解雇までは認められないと判断しています。
——管理会社が清掃員への配転を命じたことや、解雇を判断したことについて、裁判所はどのように評価していますか
男性は、会社による配転命令や解雇は違法だとして慰謝料などを求めています。裁判所は、いずれの行為も不法行為法上の違法性を認めていません。
まず配転命令については、(1)男性のマスク未着用が常態化していることからすればマンションからの異動は相当、(2)定年まで約6カ月と限られていることから清掃員への配転も首肯できることなどから、配転命令の必要性を認めています。
そのうえで会社に不当な動機・目的も認められず、清掃員としての業務が男性に特段の負担を強いるものでもないことから、配転命令について不法行為法上の違法行為とまでは言えないと判断しています。
次に解雇については、解雇が無効だとしても、直ちに不法行為法上も違法となるわけではないと指摘しています。
そのうえで裁判所は、解雇の根拠となった「業務指示に反するマスク未着用」や「通勤手当の不正受給」という事実が存在することなどから、解雇という判断については「一見して明白に不当」とはいえないとして、不法行為法上の違法行為とまではいえないと判断しています。
つまり、解雇の有効性と不法行為法上の違法性は別に検討されるべきということです。
このようになんらかの義務違反があるからといって、直ちに解雇が認められるわけではありません。会社側としては、安易に解雇をすることがないように留意する必要があります。
マスク着用の有無というのは、個人の価値観などもかかわるナーバスな部分です。そこに労働契約という法的ルールが重なることで新たな問題が生じることは容易に想像できるところです。判決を受けて、各社及び各社員が個人の価値観と業務としての感染防止対策のバランスをいかに図るべきかを検討する契機になればと考えています。
【取材協力弁護士】
島田 直行(しまだ・なおゆき)弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』、『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(いずれもプレジデント社)、『院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?』(日本法令)
事務所名:島田法律事務所
事務所URL:https://www.shimada-law.com/