トップへ

著者だたろうに訊く、漫画『北欧ふたりぐらし』から考える幸せのあり方。スウェーデン人から学ぶ「同調圧力のない自由な思考性」

2022年12月28日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

写真


  2012年から国連が発表している世界幸福度ランキングで、毎年上位を占めるのがフィンランド、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧の国々だ。この「幸福度」とは一体どこからくるのだろう。豊かな自然環境、福祉大国、教育費の無償化……目に見える暮らしやすさだけではなく、その根底にはお金やモノだけに囚われない何かがあるのでは? 掴めそうで掴めない幸せの国々について、いま話題の漫画『北欧ふたりぐらし』(白泉社)を読めば理解が深まり、ややもすると自分自身の幸せのあり方が見つかるかもしれない作品だ。


【写真】『北欧ふたりぐらし』を試し読み


 『北欧ふたりぐらし』は、自分らしく働けないと悩みを抱えながら毎日を過ごす主人公の女性が、夫の仕事の都合でスウェーデンへと突如移住することに。日本とはあまりにも違う文化を目の当たりにして戸惑いつつも、現地の暮らしに触れることで、自分らしく生きていくことの大切さに気づいていくさまを丁寧に描く。


 今回『北欧ふたりぐらし』の著者である漫画家のだたろうさんにインタビュー。なぜ本作を描こうと思ったのか、また、本作に込めた想いやエピソード、それにどれも美味しそうに描かれる料理について、作品や北欧の魅力について聞いた。


——北欧の暮らしをテーマにした本作を描こうと思ったきっかけを教えてください。


だたろう:映画『かもめ食堂』などを見て、学生時代から北欧に興味をもっていたんです。デザインのこと、コーヒーの消費量が多いこと、福祉大国であること……いろんな肩書きがある国だなと思うくらいでしたが…。


コロナ禍に今までの連載がひと段落したときがあって、次のアイデアをねっていたのですが、行き詰まっていたんですね。


そんな時気分転換に北欧に暮らしている方々のYouTubeを見て、自然とのつながりや、生きていく上で何を大事にすべきなのかといった現地の考え方にとても癒されていたんです。
ちょうどそんな時に担当編集さんとの打ち合わせの中で「北欧をテーマに描くのはどうですか?」という話が出たんです。そこから自分も実は興味があるということを伝えて企画を作り始め、連載までこぎつけることができました。


——コロナ禍だから北欧に魅力を感じた、ということもありますか?


そうですね。海外旅行はおろか外出もできないし、社会全体が窮屈でしたよね。国によって政策は違いましたけど、ロックダウンをする都市が多い中でスウェーデンは対策はしても人の自由を奪うような強い規制をしなかった。さまざまな考え方があっていいとは思いますが、そういうコロナ禍での状況を、いろんな立場の人がいろんな発信をしていましたよね。私はも大好きな北欧について噛み砕いてアウトプットできたら窮屈な気持ちを少しでも和らげることができるかなと思ったんです。


——訪れたことがないのに(注:この取材の直後にだたろう先生はスウェーデンを訪れたそうです)、すごくリアルな描写だと感じました。特に食べ物がすごく美味しそうに丹念に描かれてますよね?


ありがとうございます。毎回現地在住の日本人の方には取材をして描いています。私は食べることが本当に好きなんですよ(笑)。だから気になったものは自分で作れるようなら作るし、国内でも北欧のイベントがあれば足を運ぶようにして現地の人が食べているものをできるだけ体感したいと思っています。食は文化に直結するもので、作品をより魅力的にしてくれる要素でもあります。何より私自身が楽しいので、時間をかけて丁寧に描いていますね。あとは、自分が美味しそうと感じるまで描き込みます(笑)。


——取材した中で美味しいと思った食べ物は?


シナモンロールはとても好きですし、あるイベントでシュールストレミング(ニシンを発酵させた、世界一臭いといわれている缶詰)を使ったオープンサンドを食べたのですが、意外に美味しいなって思いました。


——常温で保存すると発酵がすすんで爆発してしまうかもしれないという、あのもらったら困るお土産ですね?


はい(笑)。旨味がぎゅっと詰まっていて、ほんの少しだったけど、すごい存在感でした。発酵している独特の味わいで、お酒のつまみにもいいなと思いました。


——主人公の食体験の描写にもつながるわけですね?


できる限り実体験はします。あとは、自分自身が小学生の頃に親の仕事の関係でマレーシアに住んでいたことがあって、外国人として外国で生きるという感覚は持ち合わせているのかもしれません。


——なるほど。ちなみに登場するスウェーデン人のリアクションや受け答えなど、日本人とは違う感覚もあると思うのですが、どのようにかき分けていますか?


実は、結構日本人と似ているなと感じる部分も多いんです。「ラーゴム」というスウェーデン人の概念があるんですが、「ちょうどいい」「多すぎず少なすぎず」といった意味で、漢字だと「中庸」が近い言葉ですかね。日本人も「ほどほど」だったり「控えめ」というものに美徳を感じていると思っていて、それが根底にはあるとは思うんですよね。ただ、仕事や学業となると、急に全力疾走ですごいスピード感。それが常態化していてみんなに合わせてそうしなきゃと思ってしまっている。でも、スウェーデンでは人それぞれ。歩いている人もいれば走っている人もいる。それでいいとみんなが認めているんです。


 たとえば、公共交通機関でも、運転手が家の用事があるから帰りますということがまあまああるらしいんですよね。日本だとあり得ないですけど、それをわがままと捉えるか、仕方ないと思うかなんです。心のゆとりはスウェーデンで暮らす人の方があると思います。そんな風に暮らしている人たちを描きながら、「自分は締切守らなきゃ」って思うのは変な感じですけど(笑)


——確かにそうですね(笑)。他に文化や考え方の違いを感じることはありますか?


福祉大国で幸せな国、医療が充実しているという最初にもっていたイメージが少し変わりました。例えば日本だと、風邪気味と思えばすぐ医者に行けますよね。スウェーデンだと予約が取れるまで何日もかかるそうです。行く頃には治っていたり……そういう細やかな日々のケアというよりは、出産費用が無料であることや充実した福祉制度など、大きな局面での安心感があるという印象です。


あと、面白いところでは、マンションの管理組合にみんなこぞって参加したがるらしいんです。自分たちの暮らしを自分たちで良くしたいからと、人任せにしない。最近政権も変わっていますよね。投票率を見ても、一人一人がきちんと考えて行動しているのだと思います。


——国民性もあるのでしょうか?


幼少期からの教育方針ではあるようです。先生から言われたことをやるのではなく、子供たちがどうしたいかを聞いて、大人はそれに応える。子供の頃から自分の意見が自分の今後の生活に反映されるという意識が芽生えるんでしょうね。


——先ほど医療の話が出ましたが、これから先、主人公たちが暮らしにくいと感じることも出てきますか?


現実に、両手をあげて楽しいと思うことばかりではないのは確かです。冬のスウェーデンは日照時間が短く、気が病んでしまう人も少なくないようです。でも、室内の装飾を楽しんだり、太陽に感謝する夏至祭があったり……そういう状況だからこその文化や景色がそこには広がっているんだと思います。私もネガティブに感じてしまうことも、前向きに表現していきたいです。


ちなみに、日照時間でいうと、朝昼晩のかき分けが大変で。日本が舞台であれば、朝日が当たれば朝なんですが、夏はずっと明るいし、逆に冬は暗いし、時間帯の表現が難しいです(笑)。


——たしかに読者としては、漫画の背景から時間帯を認識することが多いですもんね。本作を描かれたことで北欧文化にふれることが多くなったと思います。それによって自分自身の暮らしに変化はありましたか。


今までは、休日と決めた日も仕事のことを考えていたんですけど、切り替えて何も考えないようにしています。休むことに罪悪感なんてないよね、と思うようになりました。
それから、毎日来てくれる郵便や宅急便の配達員さんへの感謝の気持ちも沸々と湧いてきています。日の光の偉大さを感じて、なるべく散歩をしたり……仕事上どうしても引きこもりがちになってしまうので、太陽を浴びようと意識しています。


——いろんなことに感謝の気持ちが出てきたんですね。読者の方にはこの漫画を通して何を感じてほしいですか?


最初に話をしましたが、私自身がスウェーデンに癒されていたのは、なんとなく気分がふさがっていて、行き詰まっている時でした。ちょっと疲れたな、仕事が嫌だな、と感じることは常にあると思います。そんな時、コーヒー片手に読んでもらえたら嬉しいですね。


北欧ふたりぐらし 1 (ヤングアニマルコミックス)

357円

Amazonで詳細をみる