2022年12月27日 10:01 弁護士ドットコム
神戸連続児童殺傷事件など、著名な少年事件の記録が捨てられていたことが10月に分かってから、裁判記録の廃棄問題が注目されている。この問題では、2019年にも『憲法判例百選(第6版)』(有斐閣)に掲載された著名事件のほとんどで審理過程の記録の廃棄が判明している。
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報道を見て、多くの人は「重要な記録なのに、どうして捨てる前にデジタル化しておかなかったのか」と思ったのではないだろうか。
こうした意見に対し、裁判記録の保存などを求める「司法情報公開研究会」の共同代表を務める塚原英治弁護士は、「デジタル化の実態とズレがある」と指摘。問題解決には「保管スペースの増設が急務」だと訴える。(園田昌也)
――どうして記録を捨ててしまうのでしょうか?
予算がなく保管するスペースがないからです。戦前は多くが毛筆でしたから、裁判記録もそんなに多くはありませんでした。しかし、コピーやワープロが普及すると爆発的に分厚くなっていきました。
たとえば、民事・行政事件については、判決原本はもともと永久保存でした。ところが、最高裁が1992年に、保管場所がないとして50年保存に変えてしまった。「このままだと戦前の判決原本が廃棄されてしまう」と、全国10の国立大学の先生方が努力されて各大学で一時保管し、立法化して国立公文書館に移管した経緯があります。
また、判決を除く記録の保管期間も1999年までは10年でしたが、2000年からは5年になりました。
――そもそも最高裁が裁判記録にあまり関心を持っていない?
最高裁の「事件記録等保存規程」では、保管期間が過ぎた記録は原則廃棄です(8条)。史料価値が高いものなどには、「特別保存」の規定があり、最高裁に報告があがります(同9条)。
しかし、東京地裁の民事・行政事件で「特別保存」されていたのは、戦前・戦中のものを含めてわずか11件でした(2019年2月時点)。特別保存した報告がないことを最高裁は知り得たのです。つまり、最高裁は裁判記録がほとんど保存されていないことを疑問に思っていなかったということです。
特別保存とは別に、裁判所が独自に保管している裁判記録もありますが、99.9%以上は捨てられています。最高裁が一貫して原則捨てろと言ってきたことに従ってきたので、現場の担当者は当惑しているんじゃないでしょうか。
――有名事件の記録を捨てるときに迷いは生まれないものでしょうか?
限られたスペースで膨大な記録を管理しろと言われたら、捨てるインセンティブが働きます。重要裁判は得てして記録が大部なので、捨てたときにより大きなスペースが確保できます。一方、逆は真ならずで、記録が大部でも重要度が低い裁判もたくさんあります。記録の量だけで重要性は判断できないのです。
そもそも、裁判記録は事件番号で管理されており、「●●事件」といった社会的な呼称が記載されているわけではありません。中身を読まないと、その重要性は分からない。しかし、事件数は膨大ですから、職員が1つずつチェックするのは非現実的です。
重要な事件記録を保存するためには、記録が一審の裁判所に戻された時点で、選り分けておくほかないと思います。そのためには記録とそのデータに予めタグを付けるなどの工夫がいります。
――裁判記録がなくなったら、裁判官や弁護士は困らないのでしょうか?
法曹関係者のほとんどは裁判の判決しか見ていません。記録を利用していたのは法制史学者など、一部の研究者くらいではないでしょうか。
ただし、これには記録を閲覧しづらいという理由もあります。弁護士であっても、担当している事件に関連していないと記録の謄写(コピー)はできません。裁判所まで行って記録を閲覧しても、メモしかできないので効率が悪いのです。
使い勝手が悪いので、裁判記録はあまり利用されないし、あまり利用されないなら、廃棄しても困らないという悪循環があります。
――利用頻度の少なさも廃棄につながっていたわけですね
たとえば、少年事件の審判(裁判に相当)は非公開なので、そこに提出される記録を見られる人は附添人(弁護士)などに限られています。被害者や遺族ですら、事件記録の閲覧・コピーができるようになったのは2008年以降で、終結後3年以内という制限があります。
今回、家裁が著名な少年事件記録の多くを廃棄していたことで、「記録が残っていれば、再発防止の役に立ったのに」といった感想が多く聞かれましたが、もともと研究者に閲覧を許可するような運用は全くされていませんでしたから、そのような可能性は現状では乏しかったのです。
このほかだと、刑事裁判の記録だけは裁判所ではなく、検察庁に保管されています。法律(刑事確定訴訟記録法)のうえでは、閲覧自由が原則なのですが、例外規定の運用により、少年事件ほどではないにしても、非常に高いハードルがあるのが現実です。
――使えないなら捨てても構わないという考え方はマズい?
メディアから取材を受けると、「裁判記録がなくなって困ること」をよく聞かれます。ですが、「困っていない」からこそ、これまで問題になってこなかったのです。
記録保存の難しいところは、価値が出るのがもっと未来だということ。今使うものをとっておくのは当たり前です。今は使わないもの、いつ必要になるか分からないものをとっておくことが大切であり、大変なことでもあるのです。
――捨てる前にデジタル化すれば良かったのにという声もあります
この意見には2つの問題があります。第一に、アーカイブ(記録保存)は「原記録」の保存が原則です。デジタル化したからといって原本を破棄することはできません。デジタル化はあくまで公開のため、原本を傷めずに多くの人に利用してもらうための手段です。
第二に、デジタル化には労力とお金がかかります。1992年の騒動で国立公文書館に移管された明治以来の民事判決原本をPDFにする事業が国際日本文化研究センターでおこなわれて公開されていますが、明治23(1890)年分までをデータベース化するのに10年かかり、資金も労力も尽きてそこで止まっています。
また、1980年代頃までの判決書は機械で処理すると破れやすい薄い和紙のB4袋とじでした。記録もB4二つ折りとA4が混じっており、頑丈なステイプル止めがされていたりするので簡単にスキャンできるものではありません。
古い記録によっては修復が必要なことがありますし、余白の印鑑や書き込みが当時の裁判形態などを知る手掛かりになることもあります。現在の裁判記録だって、同時代だから価値を感じづらいだけで、紙を残しておくことが将来的な価値につながる可能性があるのです。
――つまるところ、課題解決には人とお金が大切ということでしょうか?
まずは保管スペースを確保することです。たとえば、国立公文書館の別館をつくって、そこに記録を送ることが考えられます。さすがにすべてを保存することは難しいでしょう。しかし、すでに多くの記録が廃棄され、かつ今後は裁判のIT化が進むことを考えれば、保管場所は一定程度の規模に収まるはずです。
歴史的な記録を捨ててしまったとなると、どうしても責任追及の方向に進みがちですが、スペースがなければ保存は物理的に不可能です。メディアも記録を残すべきと言うのなら、裁判所の予算を増やすように提言してほしいですね。
また、記録管理の意識が薄いことから、裁判所に記録管理のプロである「認証アーキビスト」を置くといったことも考えられます。保存を進めつつ、プライバシー等にも配慮された利活用しやすい仕組みをつくることが求められます。
今後は、IT化時代に記録をどう保存・管理するかということも検討課題になってきます。スペースなどの懸念が減ることは確かでしょうが、記録を管理する以上はさまざまなコストがかかるということは、今回の件もきっかけに広く知られてほしいと思います。
【取材協力弁護士】
塚原 英治(つかはら・えいじ)弁護士
塚原英治 (つかはら・えいじ)弁護士
1997年 第二東京弁護士会副会長、2004~2009年 早稲田大学法科大学院教授、2010~2020年3月 青山学院大学大学院法務研究科教授。共編著に『プロブレムブック法曹の倫理と責任(第2版)』、『ドキュメント現代訴訟』。「裁判官経歴と裁判行動」「自由競争論の中の弁護士像と民衆の弁護士」「株主代表訴訟」「企業倒産と労働者の権利」ほか論文多数。
事務所名:東京南部法律事務所
事務所URL:http://www.nanbu-law.gr.jp/