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「質より量」で正念場のマーベル、ファンの信頼をふたたび取り戻せるか? MCU「フェーズ4」を総括(後編)

2022年12月25日 11:00  CINRA.NET

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Text by 岩見旦
Text by 稲垣貴俊

2022年秋、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に関する衝撃的なデータが報告された。世界最大のファンプラットフォーム「Fandom」の調査によると、マーベルファンの36%が「(MCUの勢いに)疲れを感じている」と答えたのだ。

コロナ禍に2021年~2022年に発表されたMCUの「フェーズ4」作品は、映画7作とテレビシリーズ9作、中編2作というボリューム。しかしそのかたわら、批評家の評価や観客の満足度は少しずつ下がっていた。「質より量」と言えてしまいかねない現状が、ファンの「ユニバース疲れ」を招いたのだとしたら……。しかしマーベル・スタジオは、すでにいくつかの対策を打ち出しているようだ。

まず注目したいのは、フェーズ4の不評を受け、マーベル・スタジオがフェーズ5~6のラインナップを見直しているという説がまことしやかに囁かれていることだ(※1)。これは米国の一部メディアが報じた噂レベルの情報であり、信憑性には疑問が残るものである。しかし、親会社であるウォルト・ディズニー・カンパニーの経営に大きな変化が起きているいま、これは絶対にありえない話ではない。

2022年11月、ディズニーである「事件」が起きた。2020年2月からCEOを務めていたボブ・チャペック氏が突如退任し、前CEOのボブ・アイガー氏が電撃復帰を果たしたのだ。ディズニープラスのビジネス的・コンテンツ的成長をミッションとしていたチャペック氏は、その使命を果たせず、業績悪化を食い止められないまま職を離れた。その一方、MCUの始動と発展を見つめてきたアイガー氏は、復帰早々に「ストーリーテリングの重視」を宣言。アイガー氏の後押しを受け、MCUがクオリティー回帰の方針を確立するのなら、それはファンの信頼をふたたびつかむことになるだろう。

事実、フェーズ4の最終作のひとつ『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は、作品のクオリティーと興行の関係をよく表しているように思われる。Rotten Tomatoesで批評家84%・観客94%を記録し、CinemaScoreでも「A」評価を獲得した同作は、フェーズ4では久々に評価を持ち直した格好。興行的にも前作『ブラックパンサー』(2018年)以来となる5週連続No.1という快挙を達成したほか、2022年のMCU作品では最高の成績に着地する見込みだ。

同作は2時間41分という長尺、シリアスかつハードなストーリー、スーパーヒーロー不在というコンセプトであり、ライトなスーパーヒーロー映画ファンがとっつきやすい作品ではない。それでも大勢の観客に受け入れられたのは、これが故チャドウィック・ボーズマンの追悼作品だからというだけではないだろう。映画としての確かな完成度と、MCUの枠組みを感じさせないほど独立したストーリーテリングにこだわったライアン・クーグラー監督の手腕は大きかった。

作品の質を追求するという点で言えば、すでに良い兆しは見えている。マハーシャラ・アリ主演『ブレイド』で監督を務める予定だったバッサム・ターリクが撮影直前に降板したことを受け、マーベル・スタジオは公開日を当初の予定から10か月延期したのだ(2024年9月6日に米国公開予定)。新監督のヤン・ドマンジュのもとで企画をきちんと練り直し、焦ることなく良い作品に仕上げる狙いだろう。

さらに『ブレイド』の遅延を受け、マーベル・スタジオは『デッドプール3(仮題)』や『ファンタスティック・フォー(原題)』、フェーズ6の最終作となる『アベンジャーズ』第6作『アベンジャーズ:シークレット・ウォーズ(原題)』の公開日を延期することも決定。第5作『アベンジャーズ:カーン・ダイナスティ(原題)』と『シークレット・ウォーズ』の間隔が1年開いたことで、ここにも製作スケジュールの余裕が生まれた。

さらに業界の内外で注目されているのが、2022年秋に始動した、ディズニープラスでの「マーベル・スタジオ スペシャル・プレゼンテーション」という中編作品のフォーマットだ。モノクロのホラー調作品『ウェアウルフ・バイ・ナイト』と、人気シリーズから派生した『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ホリデー・スペシャル』の2作は、どちらも批評家・観客の両方から高く評価され、ともにフレッシュな印象をユニバースにもたらしている。

重要なポイントは、約40分前後というボリューム、そして配信リリースという形式が、映画にもテレビシリーズにもありえない身軽さを作品に与えていることだ。創作面で大胆な取り組みや実験に踏み切れるだけでなく、前者では監督に作曲家のマイケル・ジアッチーノを起用。作曲家としては経験豊富だが、監督としては商業作品の経験がない新人を抜擢することができた。また、コミックのマイナーなキャラクターを扱える点でも自由度が高い。大手業界紙のThe Hollywood Reporterは、この「スペシャル・プレゼンテーション」こそが「ユニバース疲れ」の解決策だと論じた(※2)。

マーベル・スタジオは、これまでファンの「ユニバース疲れ」に対してほとんど懸念を示してこなかった。2022年7月の時点で、企画統括を担うヴィクトリア・アロンソ氏は「私たちはどんなことでも心配しています」と述べつつ、笑顔を浮かべて「私たちのライブラリーには約6,000ものキャラクターがある。語るべきストーリーもたくさんあるんです」と語ったという(※3)。

かつて2017年に、ケヴィン・ファイギ社長は「(MCUに)疲れることがあるならば、それはマーベル・スタジオのメンバーが最初でしょう」と話していた。「だって1日24時間、週7日もそのことを考えているんですよ。だからこそ、どの映画も、どの決断も、自分たちが興味を持てるものにしないといけません。つねにフレッシュに、予想外に」。

しかし2022年11月、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のプロデューサーであるネイト・ムーア氏の言葉はもう少しシリアスだ。「MCUはいつ終わるのでしょうか?」という質問に、ムーア氏は「長く続けられるし、続けなければいけません。しかし、成功に甘んじるわけにもいかない。ジャンルの限界、自分たちの描きたいことの限界に挑まなければ」と答え、終了の時期は「私たちにもわからない」と述べている(※4)。

このときムーア氏は、さまざまな事情から映画ではできないことを実現できるのがディズニープラスなのだと語った。これまで描けなかった物語を描ける、だからこそMCUは永遠に続けられる、もう終わりだとはまったく思っていないと。すなわち、「スペシャル・プレゼンテーション」が「ユニバース疲れ」の解決策だと見る向きは正しいのかもしれない。テレビシリーズが増え続けることは、むしろ「ユニバース疲れ」を加速させることにもなりかねないけれど。

2023年には、ふたたび大量のMCU作品がリリースを控えている。映画館では2月に『アントマン&ワスプ:クアントマニア』、5月に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』、そして7月に『ザ・マーベルズ(原題)』。テレビシリーズとしては、『ホワット・イフ…?(シーズン2)』『シークレット・インベージョン』『エコー』『ロキ(シーズン2)』『アイアンハート』『アガサ:カヴン・オブ・カオス』の6本が配信予定だ。

ちなみにMCU外のソニー・ピクチャーズ作品としては、アーロン・テイラー=ジョンソン主演『クレイヴン・ザ・ハンター』と、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)の続編映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』もある。すべてを追いかけるのは大変そうだが、逆に言えば、ファンの「ユニバース疲れ」がどう転ぶかの正念場となるだろう。

本稿ではマーベル作品、特にMCU作品に焦点を絞ってきたが、これは近年のハリウッドにおいて、スーパーヒーロー映画≒マーベル映画と言っていいほど、マーベル映画の存在感が極めて高まっているためである。

現在、DCコミックスは以前のユニバース戦略を限りなく緩めており、2021年以降の映画作品も『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』『ザ・バットマン』『ブラックアダム』の3本のみ。冒頭の調査では、DCファンのうち「疲れを感じる」と答えたのは20%にとどまり、「DCならどんな作品でも観たい」「DCユニバース自体に興味がある」と答えた割合もマーベルより低かった。この結果はファンの純粋な関心ではなく、むしろスタジオのコンセプトや製作ペースに起因するところが大きいだろう。

しかしいま、DC映画も大規模な再編に取り組んでいる。新たに設立されたDCスタジオのCEOに就任したのは、なんとMCUで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズを手がけてきた映画監督のジェームズ・ガン。電撃移籍を経て、DCの映画・ドラマ・ゲームを通じた巨大な物語に取り組む。最近の報道によれば、『ワンダーウーマン』第3作の製作中止、ヘンリー・カヴィルのスーパーマン復帰断念がすでに決まっているとのこと。計画の正式発表は2023年初頭になるというが、すでにガンはDC映画をイチから立ち上げ直そうとしているのかもしれない。

全貌は不明だが、ふたたびDCも大型のユニバース構想に打って出る。しかし、マーベルの「ユニバース疲れ」が懸念されるなか、こちらの計画は吉と出るか、それとも凶と出るか……。