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好きな販売員と店外で会いたくて理不尽クレーム 華やかな「アパレル」のカスハラ

2022年12月25日 09:21  弁護士ドットコム

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客から暴言や暴行、不当要求などで働く人の就業環境を害するカスタマーハラスメント(カスハラ)。顧客と対面で接客するアパレルメーカーの販売員は、カスハラ被害を受けやすい業種だ。


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大手アパレルメーカーで20年以上顧客対応にあたる川田隆さん(仮名)は「ECやSNSなど顧客との接点が増える中で、カスハラの内容も多様になっている」と話す。川田さんに販売員への悪質クレームの実態と対策を聞いた。(ライター・国分瑠衣子)



●性自認や障がいを悪用するカスハラが増えた

川田さんはお客様相談室の責任者のほか、顧客の声の分析業務も担当している。クレームは店頭で受けるものと、コールセンターやお客様相談室に寄せられるもの、チャット接客やSNSを介するものなどチャネルが増えているという。



深刻なのが店舗の販売員が受ける過度なクレームだ。川田さんは「うちは全国に1000以上の実店舗があります。逃げ場のない店頭での悪質クレームは、販売員への精神的なダメージがとても大きいんです」と話す。その多くがサービスの過剰要求だ。1着に不具合があった場合に2着分の返金を要求したり、ドライクリーニング表示の服を自宅で洗い「1回の洗濯でダメになった」と返金を求めたりする。



最近、20年以上クレームと向き合う川田さんが感じる、ある変化がある。東京五輪・パラリンピックの前後から多様性を認め合う社会の流れとともに、性自認や性的指向、障がいを悪用したカスハラが増えているのだ。



「女装した男性客が、フィッティングルームで女性の服を試着して服を汚したまま帰ってしまったり、聴覚に障がいがある人を装い販売員に筆談を求め、販売員の手を握ったりなどの被害が目立っています。多様性が認められるのだから何をやってもいいと解釈する人が増えた気がします」と話す。



●アパレルはもともとサービスへの期待値が高い

暴言や暴力もある。川田さんの会社では顧客からのクレームのデータをとっているが、暴言は40代女性が多く、暴力は高齢男性が多い傾向がある。



アパレルは、店頭で受けるサービスへの期待値が高いという特徴がある。ブランドのファンの中には、接客も含め付加価値の高いサービスを望む顧客もいる。販売員が期待と違う対応だったり、店内が混雑していて接客に十分な時間がとれなかったりといった時に、期待を裏切られた怒りが暴言や暴力で現れる。



販売スタッフが客から暴力を受けた場合、被害者の同意を得て訴訟に持ち込むこともある。ただ、提訴されると相手は取り下げを求めて謝罪や、和解金を支払うケースが大半だという。「暴言だけではなく手が出るのは、以前役職についていた高額所得者が多い印象です。プライドなのでしょうか」(川田さん)



●「あなたの誠意を見せてほしい」と不明確な要求

川田さんが「アパレルのカスハラの特徴の1つ」と指摘するのが、販売員へのつきまとい行為だ。客が気に入った販売員の接客を受け、洋服をたくさん買い、上客になる。その上で「店の外で会おう」などと誘う。販売員が誘いを断ると買った服を持ち込み、店頭で長時間にわたり製品へのクレームを言い続ける。



「販売員が服の交換を申し出ても『そうじゃない。あなたの誠意を見せてほしい』と要求を明確に言わないんです。顧客にとっての誠意は店外で会うことで、それを販売員に言わせるのです」



こうした悪質なケースは店長やマネージャーや川田さんが対応し、販売員に二度と接触しないよう客に警告する。それでも収まらない場合は警察に通報する。



「本来、お客さまの声は現場の改善や商品企画に生かすための貴重な意見です。でもごく少数の過度なクレームの対応に追われ、現場スタッフは疲れています」



最近続いたのがマスクを巡るクレームだ。客がマスクをつけていなかったので、スタッフが店のマスクを渡した。翌日、その客が『店で渡されたマスクのせいで肌が荒れた』などと言い、金品を要求したという。「次から次へと新手のクレームが出てくるんです」(川田さん)



●店舗からのホットライン開設 対応の線引きを明確にする

川田さんの会社では10年前から販売員向けの店舗運営マニュアルに、クレーマーやカスハラ項目を設け、対応方法を載せている。マニュアルでは、人権を侵害されるような暴言を受けた場合など大きく5項目に分け、初期対応から「これ以上対応できない」まで線引きを明確にした。「販売員は対応の線引きがはっきりしていると安心します」。



また、緊急時に店頭から川田さんの部署に直接電話がつながる「ホットライン」も365日設けている。



ただ、多くの中小アパレルでは、川田さんの会社のように専門でクレームに対応する人員がいないのが現実だ。販売員らのカスハラ被害を防ぐためにアパレルメーカーなどでつくる「日本アパレル・ファッション産業協会」は2021年、お客様相談室など専門部署のない企業に向けて、消費者対応の事例集を発行した。



川田さんは「自社だけでカスハラ対策に取り組むのは限界がある。アパレル業界全体での基準作りや異業種の団体との連携も必要です」と話している。