Text by 岩見旦
Text by 稲垣貴俊
2022年、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の「フェーズ4」が幕を下ろした。『アイアンマン』(2008年)以来の集大成、「フェーズ3」の最終作だった『アベンジャーズ/エンドゲーム』が公開されたのが2019年4月だから、あれから早くも3年と7か月以上が経過したのである。あっという間のフェーズ4だった。
ところがいま、世界のMCUファンには「ユニバース疲れ」の傾向が見られる。11月17日(米国時間)、ゲーム・アニメ・映画・テレビなどのポップカルチャーを集約する世界最大のファンプラットフォーム「Fandom」が、とある調査結果を報告したのだ(※1)。
13歳から54歳までの5,000人を対象に行なわれた調査によると、マーベルファンの81%が「マーベルならばどんな作品でも観たい」と回答。しかし、その一方で84%が「MCUの勢いに圧倒されている」と答え、さらに36%が「疲れを感じている」と回答した。
もっとも、8月の時点で兆候はあった。データインテリジェンス企業のMorning Consultが、2021年11月と2022年7月のデータを比較して、「スーパーヒーロー映画を楽しめていない」と答えた人の割合が増えていることを報告したのだ(※2)。7月の調査では、マーベルファンの18%、また一般成人の41%が「楽しめていない」と回答。2021年11月から、それぞれ5%ずつのポイント増加が見られた。このときも、マーベルファンの31%は「数が多すぎて少し疲れた」と答えたのである。
マーベル・スタジオは、MCUという巨大なユニバースそのものに注目させる戦略を取り、『アベンジャーズ/エンドゲーム』までの「インフィニティ・サーガ」を成功に導いてきた。しかしフェーズ4が終わりを迎えたいま、ファンの3分の1以上が「ユニバース疲れ」を感じている。確かにあっという間の3年半だったが、『アベンジャーズ/エンドゲーム』の世界的な盛り上がりを思えばこそ、この変化は重い意味を持っている。
では、マーベルファンが「ユニバース疲れ」を起こした期間に、いったいどれだけの作品があったのか。実際にタイトルを並べてみると、この2年間の作品数にはあらためて驚かされる。
2019年『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のあと、コロナ禍でハリウッドが一時停止を余儀なくされた2020年を経て、MCUがふたたび動き始めたのは2021年のこと。この年には『ブラック・ウィドウ』『シャン・チー/テン・リングスの伝説』『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(日本公開は2022年)の映画4作と、『ワンダヴィジョン』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』『ロキ(シーズン1)』『ホワット・イフ…?(シーズン1)』『ホークアイ』のテレビシリーズ5作が公開・配信された。
2022年には、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』『ソー:ラブ&サンダー』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の映画3作と、『ムーンナイト』『ミズ・マーベル』『アイ・アム・グルート』『シー・ハルク:ザ・アトーニー』のテレビシリーズ4作、そして「マーベル・スタジオ スペシャル・プレゼンテーション」と冠された中編『ウェアウルフ・バイ・ナイト』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ホリデー・スペシャル』の2作品が公開・配信されている。
本来は2020年にリリース予定だった作品もあるとはいえ、わずか2年のうちに映画7作とテレビシリーズ9作、中編2作というボリュームはたしかに圧倒的だ。またMCU作品ではないが、2021年~2022年には、ソニー・ピクチャーズ製作『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』『モービウス』も公開された。前者はスパイダーマンとの将来的な対決を示唆し、後者はバルチャー/エイドリアン・トゥームス(マイケル・キートン)のユニバースを跨いだ再登場を実現させて、MCUファンを巧みに自社作品に引き込んでいる。
2022年7月には、マーベル・スタジオがフェーズ4からの物語を「マルチバース・サーガ」と呼び、その最後には『アベンジャーズ』シリーズの新作2本を公開することを発表した。MCUの「作品同士が緊密につながっていく」というコンセプトを熟知するファンほど、すべての作品を履修せねばならないという意識で鑑賞に臨んだところもあったのではないか。
「ユニバース疲れ」を読み解くうえでは、作品数のほかにも大切な要素がある。批評家・観客の評価だ。調査の結果を踏まえ、2021年11月以降の作品に注目してみると、こちらにもひとつの傾向を見出すことができる。ひとことに言って「評価の伸び悩み」だ。
ひとまず映画に絞るなら、2021年7月公開『ブラック・ウィドウ』はRotten Tomatoes(以下RT)で批評家スコア79%・観客スコア91%、劇場の出口調査に基づいて満足度を判定するCinemaScore(以下CS)で「A-」評価を獲得した。フェーズ4の滑り出しとしてはまずまずの成績である。続いて、9月『シャン・チー/テン・リングスの伝説』はフェーズ4でも屈指の支持率。RTでは批評家91%・観客98%、CSでは「A」評価となっている。
この流れが変わったのは、11月公開の『エターナルズ』だった。同作は『ノマドランド』(2020年)の新鋭クロエ・ジャオ監督を起用し、新たなヒーローを一挙に登場させた野心作だったが、RTでは批評家47%と、MCU映画では初めての「Rotten(腐った)」評価に。観客スコアは77%と粘ったが、CSでは「B」評価とフェーズ4で最も低い満足度である。
もっとも12月の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、名実ともにフェーズ4最高の評価を得た一作だった。RTでは批評家93%・観客98%、CSでは「A+」という最高評価を記録。ただし、同作はマーベル・スタジオ単独ではなくソニー・ピクチャーズとの共同製作。しかもマルチバースの強みと、映画版『スパイダーマン』の歴史をフルに活かした、言うなれば禁じ手めいた魅力にもあふれる作品だったのである。
その一方、MCUの本家であるマーベル・スタジオ単独の作品は評価面の苦戦を強いられていく。2022年5月『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』はRTで批評家74%・観客85%とやや渋め。7月『ソー:ラブ&サンダー』は批評家64%・観客77%と、さらに厳しい反応となった。どちらもCSでは「B+」評価と、MCU作品としては決して高くない満足度に落ち着いている。
さらにテレビシリーズの評価を眺めてみても、RTの批評家・観客スコアがともに90%を超えたのは、2021年6月『ロキ』と8月『ホワット・イフ…?』のみ。観客スコアだけに注目すれば、2022年6月の『ミズ・マーベル』は80%、8月の『シー・ハルク:ザ・アトーニー』に至っては33%と低調だった。どちらの作品も、実際の完成度に関係なく低評価を下す「荒らし」の存在はあったが、それにしても全体的に厳しい反応だったことは確かだろう。
ファンの「ユニバース疲れ」が報告された調査は、いずれもこうした流れのなかで行なわれたもの。『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』という例外はあるものの、2021年秋以降、MCU作品の評価は少しずつ、しかし確実に下がっていたのだ。
フェーズ4は「質より量」だった……と言い切るのはさすがに乱暴かもしれない。しかし、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』が公開された2014年ごろから、『アベンジャーズ/エンドゲーム』で「インフィニティ・サーガ」が完結するまでの、約5年間の充実ぶりとは比較すべくもないだろう。もしもクオリティーの問題が、現在の「ユニバース疲れ」を招いてしまったのだとしたら?
2022年12月現在、すでにマーベル・スタジオは、この現状に対する処方箋をいくつか出している。後編では、MCUの製作陣が「ユニバース疲れ」をどうとらえ、どのように乗り越えようとしているのか、その現在地を見つめてみたい。