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役員報酬「月2億5000万円」は不相当に高い? 関西の味噌会社が「経費不認定」の処分取り消し求めて提訴

2022年12月21日 10:01  弁護士ドットコム

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中国で知名度の高い味噌を作っている食品グループの企業が、国(国税当局)を相手取り、約3億8500万円の課税処分の取り消しを求めて、裁判で争っている。


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当局は、この企業が2人の役員に支払った役員報酬の大半を「不相当に高額」と判断。法人税の減少につながる経費として認めなかったが、同社は「役員の働きに見合う適正な金額」と真っ向から対立中だ。



裁判は、役員報酬を企業が自分たちの裁量で決められないのか、国税当局が一定の線引きをすべきかを問うている。(ジャーナリスト・富岡悠希)



●原告は「松井味噌」のグループ企業

原告は、京都市にある「京醍醐味噌」。同社は、中国に5工場を構え、模造品が出るほどのブランド力を持つ「松井味噌」(兵庫県明石市)のグループ企業だ。



1914年(大正3年)創業の松井味噌は、3代目社長の松井健一さん(58)のもと、1990年代に中国・大連に進出。日本より大幅に安い大豆や米、塩などを使い、味噌関連製品を作り始めた。大連のインフラは未整備でトラブルは絶えなかったが、1990年代後半に軌道に乗せた。



1980年代後半に松井さんが父親から経営を引き継いだとき、松井味噌の年商は約2億円だった。それが2020年度には約80億円まで成長している。



海外進出や企業買収に乗り出す松井さんは、アグレッシブな経営姿勢をこう説明する



「僕は成功するためにリスクを取りに行くのが好き。失敗もあるけど、それは次に生きる。日本より変化の早い中国では、そうでないと勝てない」



●ベトナム事業の成功を見越して「月2億5000万円」の役員報酬を提示

そんな松井さんは2010年代前半、国内で甘酒・塩麹ブームが起きたときにも動いた。多くの食品会社が国内で需要に対応しようとするのと一線を画し、ベトナムで麹の醸造品を生産し、日本へ輸入するやり方を探った。味噌製品も作るつもりだった。



2015年、京醍醐味噌が保有する上場企業株の一部を売ることで、事業資金約20億円を確保。醸造品用の生産設備も中古で手に入れることにし、ベトナムの工場建設地のメドも付けた。250億円分の為替予約もした。



松井さんは、ベトナム事業を「初年度から利益30億円、5年後には年間100億円の利益をうむ」ほどの好採算と見立てた。



事業責任者には、弟(55歳)を立てた。弟は松井味噌グループの1社で、加工食品のファブレス事業に成功していた。工場(Fab)がない(Less)、生産設備を持たない経営方式だ。



1990年にその会社を買収したとき、年商は8000万円で、累損5000万円を抱えていた。しかし、2000年から弟が主導権を握ってファブレス事業に取り組むと、見事に逆転。2020年には年商60億円まで成長した。弟は、同社から月4400万円の報酬を得ていた。



松井さんは弟に掛け持ちしていた他の仕事をすべてスタッフに任せ、ベトナム事業に専任するため移住を勧めた。そのため、月2億5000万円の役員報酬を提示。実際、2015年12月から4カ月で10億円を支払った。



「ベトナム事業の将来性と弟の実績を勘案した結果の好待遇です。極めて妥当だと今でも考えています」



松井さん自身もこのベトナム事業の成功を見越し、2015年10月からの1年間、月5000万円、年間6億円の役員報酬を得た。



●ベトナム事業は外部要因の重なりで採算が悪化した

しかし、このベトナム事業は外部要因の重なりで、採算が悪化し、後ずれすることになる。



ベトナム事業は、環太平洋経済連携協定(TPP)の成立が前提だった。しかし、米国でトランプ政権が誕生すると、米国が2017年1月に離脱。残る11カ国の話し合いも、仕切り直しとなり、発効したのは2018年12月となった。



また、日銀による金融緩和で円安が大幅に進んだことも痛手となった。ベトナムから持ってくる製品の値段が高くなるからだ。



●国税当局が役員報酬を「不相当に高額」と指摘してきた

国税当局は2018年、京醍醐味噌の税務調査を実施。2013年~16年の4年間、松井さんと弟に支払われた役員報酬21億5100万円のうち、約18億3956万円分を「不相当に高額」と指摘した。



法人税法は34条2項で、役員給与(退職金含む)のうち「不相当に高額な部分の金額」は損金に認めないとしている。(1)職務内容(2)会社の収益(3)社員給与(4)同業種の役員の支給状況などを踏まえて、判断される。



当局からすると、「役員報酬=損金」が大幅に増えた結果、法人税が激しく減ることを避ける狙いがある。



松井さんの裁判で、国税当局は、主に(4)を主張してきた。



松井さんは、倉庫も在庫管理のシステムを持たない京醍醐味噌は、「加工食品のファブレス事業」だとする。12月6日に開かれた最終弁論でも、裁判官にそう訴えた。



かたや、国税当局は「日本標準産業分類」に則り、「卸売業」であるとした。アップルなどによって経済界で強く認知された「ファブレス事業」は、いまだ同分類には反映されていない。



そのうえで、松井味噌が本社を置く兵庫県明石市の卸売業者のうち、京醍醐味噌の売上の半分~2倍の企業をピックアップ。その企業の役員報酬の平均値を取って、松井さんや弟の「適正給与支給額」を示してきた。



それによると2016年の場合、松井さんは844万円、弟は4カ月のみの実働だったことから281万円となっている。



●沖縄の酒造会社が争ったケースも

役員報酬をめぐっては、沖縄の酒造会社が国税当局と争ったケースが知られている。



こちらの事件は最高裁まで争われた。役員4人に計12億7000万円の報酬支払いは高すぎるとされた一方、創業者の退職慰労金6億7000万円は妥当と判断された。課税処分の一部を取り消した1、2審判決が2018年に確定している。



このとき国税当局は、沖縄と熊本国税局管内(熊本・大分・宮崎・鹿子島)の酒造会社約30社を抽出して、役員の基本報酬を比較。最高額を参考にして、更正処分を下した。



最終弁論後、取材に応じた原告、京醍醐味噌の代理人をつとめる山下清兵衛弁護士は、次のように話した。山下弁護士は、酒造会社との訴訟でも代理人だった。



「いかなる企業も、経営者次第で、生み出す利益がまったく変わってくる時代である。数十億円を稼ぐスポーツ選手と同じぐらい、稼げる経営者の能力は特殊で貴重だ」



「有能な経営者を集めるための給与は、会社の裁量に委ねられるべき。実働がない親族などの『名ばかり役員』に支払った場合などは、法人税法34条2項で国税が否認するのはわかる。しかし、実働している場合、企業が自由に決定できないと有能な人材を集められない」



判決は来年2023年3月、東京地裁で言い渡される予定だ。