2022年12月20日 10:41 弁護士ドットコム
顧客からの悪質なクレームに従業員が苦しめられる「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が社会問題化して、対策を強化する企業が出てきている。
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最近では任天堂が10月、「修理サービス・保証規定」にカスハラについての項目を追加して、話題になった。「威迫・脅迫・威嚇行為」や「侮辱、人格を否定する行為」、「過剰なサービス要求」などがあった場合、交換や修理を断る可能性があるという。悪質な場合には、弁護士や警察に連絡して対処することも明記している。
悪質クレーマー対策に詳しい島田直行弁護士は「弁護士や警察と連携することの意義は大きいのですが、弁護士にも警察にもできないのは、『顧客を切る』という経営者の判断です。その基準は経営者が決めなければならない」と警鐘を鳴らす。詳しく聞いた。(編集部:新志有裕、白井楓花)
ーー弁護士にはどんな悪質クレーマー対応ができるのでしょうか。
一番は、代理人になれるということです。今後の窓口は弁護士に、ということで、会社に電話がかかっても出なくていい。弁護士が矢面に立つので、従業員を守ることにつながります。これが指南役としてのコンサルタントとの一番の違いですね。
ーー弁護士も悪質クレーマーと電話でやりとりをするのでしょうか。
証拠を残す必要がありますから、書面でのやりとりに切り替えます。悪質クレーマーの多くは、弁護士がついたというだけで「面倒なことになった」と思って手を引きます。
ただ、それでもクレームを続ける人もいますし、結局は会社のミスに起因するものであれば、賠償金を払わないといけないケースもあります。
そんな時には、訴訟や調停といった司法の場に持っていくことで、ルールなき悪質クレーマーの世界に秩序をもたらします。賠償についても、不当な要求をされた時には、債務がないことを確認する裁判をすることがあります。
悪質クレーマーが強いのは、ルールがないところで交渉できるからであって、逆に法廷というルールの枠組みに入れたら無力になります。
ーー刑事事件として、警察を動かすことも可能でしょうか。
もし悪質クレーマーが実際に店に来て困っているなら、警察を呼ぶよう促しています。私の事務所も警察を呼んだことがあります。
ただ、一般的には、110番通報する心理的ハードルは高いでしょう。「お客さんなのに警察を呼んだら話が大きくなるんじゃないか」「自分が逆恨みされるんじゃないか」と思ってしまうんです。「もうちょっと話したら何とかなるんじゃないか」という淡い期待も抱くんですが、そんな期待は大概裏切られます。
ですから、とりあえず警察を呼んでくださいとアドバイスしています。ハードルの高さを感じるのなら、最寄りの警察に「こういう案件で困っているので、今度来たら110番します」と言っておけばいい。警察に「いいですよ、かけてください」と言われると、みんな安心してかけられるようになります。そういった下準備が大事です。
実際のケースを紹介しましょう。ある病院から「クレーマーに困っていてなんとかしてください」と頼まれたことがあります。そのクレーマーは、突然やってきて待合室で声を荒げたり、3、4時間ずっと居座ったりとなかなか厄介でした。
そこで「今度来てなかなか帰らなかったら警察呼んでください」と伝えて、実際に病院が警察を呼んだら、二度とそのクレーマーは来なくなりました。警察が来ても特に何かをしてくれるわけではありませんが、警察に対して暴れたら公務執行妨害になりますし、大声を出すだけでも威力業務妨害になりますから、抑止効果は十分にあります。
ーーこれまでみてきた悪質クレーマーには、どんな特徴がありましたか。
悪質クレーマーは「特異な発想や価値観に基づく人」とイメージしがちです。例えば、少し強面の人たちが「ゴキブリが入ってるじゃないか」「お腹が痛くなった」と迫ってくるといったイメージです。
しかし、いわゆる「クレーマー」の定義やイメージがこの10年くらいで変わってきたように感じます。今現場が苦労してるのは、「普通のカスタマー」が何かの拍子で感情的な言動を繰り返すようになることです。彼らは「自分たちが正しい」という価値観で動いています。
ーー印象に残っている事例はありますか。
ある運送業者の若い男性スタッフが、家具の搬入で少し床を傷つけてしまったケースですね。会社として客に賠償すればいいだけなのに、客は男性スタッフに対して、「そんなことで会社に迷惑かけたら将来に影響するだろう」「君が自分で何とかしなさい」と言って、ポケットマネーで何十万円かを出させました。完全なる恐喝です。
「こんなことで親御さんや上司を悩ませていいのか」と言って周りとの関係性を断絶させて、どんどん孤独に追いやっていく。何か新興宗教みたいですね。
ーースタッフを守る役割を担う経営者には、何が大切だと伝えていますか。
弁護士ができないことを意識してほしいと伝えています。最終的に「顧客を切る」という判断は経営者にしかできません。
その線引きの基準を自分で決めきれないのなら、弁護士も力になれません。
もちろん、基準を作るヒントは提供します。例えば、客から「お前」と言われたらクレームとして対応する、3回電話が来たらクレーマーとみなす、といったものです。正解があるわけではないので、会社の方向性や、スタッフを守るという観点で、現場のスタッフにも理解できる基準を決めることが必要です。
ーークレーム対応は売り上げに直結するわけではないから本腰を入れない経営者もいそうですが、それだと大きなリスクを背負うことになりかねないということでしょうか。
悪質クレーマー問題は組織のバケツの穴だと思います。売り上げを伸ばす方ばかりでなく、穴を塞ぐ方も力を入れていかないと。
あと、クレーム対応はディフェンス的な面が軸になりますが、それと同様に情報を発信する能力も大事です。例えば、悪質クレーマーからSNSでの攻撃を受けた時に、会社として「従業員がハラスメント行為の被害に遭いました、不当なものに対してしかるべき所存で臨んでいく予定です」と発信して、プレッシャーをかけることが必要です。そうするとSNSでの安易なシェアもされないし、牽制球にもなります。
また、個人対個人ではなく、個人対組織の構造に持ち込むことで悪質クレーマーは非常に弱くなります。経営者が組織の問題と認識して、クレーム対応などのノウハウを蓄積していくことが大事です。クレームを糧として活かすことや、ノウハウの蓄積でクレーム対応が迅速になることが、ひいては組織の成長につながります。
【取材協力弁護士】
島田 直行(しまだ・なおゆき)弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』、『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(いずれもプレジデント社)、『院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?』(日本法令)
事務所名:島田法律事務所
事務所URL:https://www.shimada-law.com/