2022年12月20日 10:01 弁護士ドットコム
新潟市水道局に勤めていた男性(当時38歳)が自死した責任を問う裁判は、11月24日に新潟地裁で判決が言い渡された。
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「上司からいじめ・パワハラを受けた」という遺族側の主張は認められなかったものの、男性に難しい業務を任せていたのに必要な支援を行わなかったとして、水道局の安全配慮義務違反を認定した。双方が控訴せず、判決は確定した。
遺族側代理人の白神優理子弁護士は「弁護団としては、厚労省が設定しているパワハラの類型に該当することが実質的には認められたと考えている」と話す。白神氏に判決の意義を聞いた。(牧内昇平)
男性は2007年5月、「上司(係長)からのいじめに苦しんだ」旨を遺書に残して自ら命を絶った。
自死から4年後に公務災害が認定されたが、水道局は事後的な内部調査を基にいじめ・パワハラを否定。男性の遺族が損害賠償を求めて新潟市を提訴した。新潟地裁は、新潟市に約3500万円の賠償を命じる判決を言い渡した。
裁判の主な争点は以下の2点だった。
(1)上司(係長)による叱責などの「いじめ・パワハラ」はあったのか。
(2)男性が任されていた業務は困難だったか。前任者からの引き継ぎや係長らの指導・サポートは十分だったか。(業務の困難さ・支援の欠如)
新潟地裁判決(島村典男裁判長)は、(1)について「係長の不法行為を認めるに足りる証拠はない」と述べ、いじめ・パワハラを認定しなかった。(2)については「注意義務(安全配慮義務)違反があった」と水道局の責任を明確に認めた。
――係長による叱責行為などが事実として認められなかった点をどのように評価していますか?
【白神弁護士】判決は係長による直接的なパワハラを認めなかった理由として2点挙げています。
1つめは、遺族側の主張の根拠となっていた元同僚の陳述書の信用性の問題です。係長によるパワハラを直接見聞きし、そのことを記載した陳述書を作成してくれた同僚が、水道局による事後的な内部調査に対して証言内容を後退させています。
裁判で証人として呼び出された際にも、「十分な理由を示すことなく」法廷に出頭しなかったとして、判決は元同僚の陳述書の記載内容を「直ちに採用することは困難」としました。
2つめは、元同僚の陳述書以外には係長の直接的なパワハラを認定できるだけの証拠がないということです。
――男性の自死を公務災害と認定した地方公務員災害補償基金の新潟市支部審査会は、「係長による言動はひどいいじめだった」とはっきり指摘していました。
【白神弁護士】考えてみてください。水道局の内部調査は目の前に上司がいるわけです。聞き取りを受ける職員は消極的な回答にならざるを得ません。また、この同僚は今も水道局の現役職員ですので、法廷の証言台に立つのは難しい事情もあるでしょう。判決はこういった事情を考慮しませんでした。
これがスタンダードになってしまえば、公務災害が認定されても、事後的に証言した同僚に圧力をかければパワハラがなかったことにされてしまう危険性があります。判決のこの点については大変残念な判断だと考えています。
――パワハラ立証の壁はやはり高かった、ということでしょうか?
【白神弁護士】今回の判決は、司法におけるパワハラ認定の水準の現状を示しています。
▽上司による暴言などを録音していた
▽上司によるパワハラを含んだメールを保存しておいた
▽日付なども分かる形で詳細に記録し、周りの人に被害内容をうったえていた
▽ハラスメント行為を目撃した同僚が法廷で証言してくれた
などの直接的な証拠がなければ、人格攻撃など上司の直接的な言動によるパワハラは認定されにくいのが現実です。
さまざまな証拠を積み上げて事実認定した画期的な判決もいくつかありますが、依然として認定の壁は高いです。
【白神弁護士】しかし、今回の判決で注目すべきは、上司の直接的な言動によるパワハラの認定が難しくても、「実質的なパワハラは認められた」という点です。
判決は、係長の厳しい対応や強い口調によって質問ができないような職場になっていたという事実を認めました。
そして、係長が被災者に対して、被災者が主担当として単独で行う知識や能力を有していないにもかかわらず、難しい業務を任せ、進捗確認や必要な指導をしなかった、もしくは質問がしやすい職場環境に改善しなかったことを「安全配慮義務違反」としました。
判決は「業務の困難性」と「支援の欠如」を認め、そうした状況で被災者が予定通りに業務を終わらせることができず、〈係長から叱責されることなどを恐れて精神的に追い詰められ、そのことが主たる要因で自殺を決意した〉と指摘しました。
「困難な業務を一人で担わせ、指導や援助をしない」という行為は、厚生労働省のパワハラ6類型のうちの『過大な要求』に該当します。適切な指導や援助なく難しい業務を行うというのは、当人からすれば相当なストレスです。だからこそ、「過大な要求」としてパワハラ6類型に挙げられているのです。
したがって私たち弁護団は、実質的なパワハラを認めた判決だと受けとめ、この点は高く評価しています。
判決は「業務の困難性」と「支援の欠如」を認めたうえで、係長には以下の注意義務があったと指摘した。
「①業務の進捗状況を積極的に確認し、進捗が思わしくない部分については、上司が必要な指導を行う機会を設ける、②部下への接し方を改善して職場内のコミュニケーションを活性化させ、亡くなった男性が上司に対して積極的に質問しやすい環境を構築する」
そして、上記の注意義務を果たさなかったことによる賠償責任が生じると認定した。
――判決がこうした注意義務を指摘した点をどのように評価していますか?
【白神弁護士】直接的な上司の言動によるパワハラが認められず、労災認定や民事訴訟で悔しい思いをされている被害者や遺族はたくさんいます。
今回の判決は、たとえ上司の直接的な言動が違法といえるレベルまで認定されなくても、上司による強い口調や威圧的な態度によって部下が萎縮し、質問ができないような職場環境下で、部下に難しい業務を強いた場合には、必要な指導をする、もしくは、職場内のコミュニケーションを活性化させるなど職場環境を積極的に改善しなければ安全配慮義務違反に問われる、と指摘しています。被害の救済の幅を大きく広げる判決だと考えています。
――使用者側にとってはプレッシャーとなる判決ですね。
【白神弁護士】判決は、困難な仕事を労働者に任せざるを得ない場合、使用者側が少なくとも果たすべき責務を具体的に示しています。安全な職場にするために最低限必要なことです。今回の判決を広げていくことによって、使用者側に注意を喚起する効果が期待できると考えています。
――過失相殺5割。この点だけ見ると、“喧嘩両成敗”のようにも感じられてしまいます。
【白神弁護士】判決は「水道局の中堅職員として自らの苦境を解消するために可能な対応を十分に採らなかった」と判断していますが、被災者の遺書には、「答えがあるのに教えないで考えさせ、あげくに説教」「相談しろとたてまえ的には言うけれど回答がもらえるわけだ(原文ママ)もない」とあります。
被災者なりに対応を試みていたのですが、係長自身が同僚や部下に強く当たり、質問しやすい環境を整えなかったことから、適切なフォローが得られず、絶望的な状況にあったわけです。この点については、判決も、「係長には強い口調で発言する傾向があり、これらの影響もあって、職員が業務に関する質問をするような雰囲気もなかった」などと認定しています。
それにもかかわらず過失相殺の議論においては、判決はこういった実態を踏まえず、中堅職員だったのだからもう少しなんとかできたでしょうと指摘しています。不当な過失相殺だと考えていますし、仮に裁判所の指摘を前提にしても、5割もの過失相殺は明らかに不当でしょう。
判決に問題点は多々あります。しかし全体としては、直接的なパワハラを目撃した同僚が十分に証言できない中で、職場の実態を踏まえて水道局の注意義務違反を認めた点は高く評価できると考えています。
【取材協力弁護士】
白神 優理子(しらが・ゆりこ)弁護士
中央大学法科大学院卒。八王子市在住。自由法曹団・青年法律家協会・労働弁護団等に所属。横田基地騒音公害訴訟、原爆症認定訴訟、過労死事件など多数に取り組む。労働・憲法の講演で全国を回る。著書『弁護士白神優理子が語る日本国憲法は希望』。
事務所名:八王子合同法律事務所
事務所URL:https://hachiojigodo.com/