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VTuberへの殺害予告は「中の人に向けられたもの」、現実とネットの境界ゆらぐ時代の法的保護

2022年12月19日 10:41  弁護士ドットコム

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バーチャルユーチューバー(VTuber)として活動する女性が、ツイッター上で受けた「殺害予告」は、CGキャラクター(アバター)ではなく、本人を対象にしたものであると主張して、発信者情報開示をもとめる裁判を起こした。


【関連記事:「流産しろ」川崎希さん、ネット中傷に「発信者情報開示請求」 追い詰められる投稿主】



東京地裁は12月14日、女性の主張を認めて、殺害予告は「実在する個人(中の人)」に向けられたものと判断し、米ツイッター社に投稿者の個人情報の開示を命じる判決を言い渡した。



近年では、VTuberに向けられた誹謗中傷が「中の人」に対するものとする判決がいくつか出されている。



そのような中で、VTuberに関する事案を扱い、「中の人」への名誉毀損を認めた発信者情報開示事件の判決(今年3月28日・東京地裁)を獲得した小沢一仁弁護士に、今回の12月東京地裁判決の意義を聞いた。



●〈問題のツイート内容は?〉「お前も(巻き添え)くうかも」

VTuberとして活動する原告の女性は2021年11月、キャラクターのツイッターアカウントで発信したところ、そのツイートに返信するかたちで投稿を受けた。



この投稿には、別の配信者に向けた「1ヶ月中に✳✳✳す」のほか、「✳✳✳を回避したければ、(中略)配信者に、私にしたことを撤回させ、謝罪させろ、お前も✳✳✳✳くうかもしれないからな」といった記載や、包丁の絵文字も付けられていた。



女性は、伏せ字部分に「1ヶ月中にぶっ殺す」「大事件を回避したければ」「お前も巻き添えくうかもしれない」などの文言が入ると主張し、投稿者の個人情報開示をもとめて、ツイッター社を相手取った裁判を東京地裁に今年4月起こしていた。



ここから先は、判決をもとに小沢弁護士が解説する。



●〈小沢弁護士の解説〉「少なくとも平穏生活権の侵害が認められた」

——この裁判では何が争われたのでしょうか。



裁判で原告は、ツイートでは伏せ字の部分に入る文言を含む投稿が、VTuberのアバター(キャラクター)ではなく、いわゆる「中の人」である原告に対する害悪の告知であり、原告の人格権を侵害するものと主張しました。



これに対して被告(Twitter社)は、ツイートはアバターに向けられたもので、「中の人」である原告に向けたものではないから、原告の人格権は侵害されないと反論しています。



判決は、原告の主張と同様の理由で、ツイートが原告の人格権を侵害すると判断したようです。



——この判断をどう考えますか。



結論として、この判決の判断は妥当だと思います。



伏せ字部分が原告の主張通りのものと当然に解釈できるかは疑問ですが、伏せ字にするということは、公にするには不適切と考えられる言葉が入ると想定できます。



この投稿者は、謝罪などの要求をすることから、原告と関わりのある配信者に怨みや不満を持つことが推認されます。「お前」呼ばわりする原告にも敵意を向けているのでしょう。



そして、末尾に包丁の絵文字が付されていることからすれば、ツイートの内容は、少なくとも、関わりのある配信者に何かしらの撤回や謝罪をさせなければ、原告の生命や身体の安全を害する旨を告知していると、読み手において解釈できると思われます。



判決では、原告の人格権の内容が、具体的に何なのか明記されていないようですが、少なくとも平穏生活権(平穏に生活する権利)は侵害するものといえると思います。



——今回の判決のように、VTuberへの「生命または身体に対する害悪の告知(殺害予告)」を理由として、「中の人」に対する権利侵害を認め、投稿者の発信者情報開示を命じる判決はこれまでにあったのでしょうか。



私自身は扱ったことがありませんし、判例検索にも引っかからないので、わかりません。ただ、よく問題になる類型だと思われますので、先例がある可能性はあると思います。



VTuberには芸能人で言うところのプロダクションのような事務所があり、その事務所の案件を複数扱っている弁護士がいるようです。そのような立場の弁護士であれば、扱ったことがあるかもしれません。



●VTuberの救済の課題…裁判所の理解がまだまだ足りない

——VTuberへの「誹謗中傷」と「殺害予告」を比べたとき、「中の人」の権利侵害と認定されるハードルに何か違いはありますか。



私が扱った案件だからというわけでは決してないのですが、「中の人」の社会的評価の低下が要件になる点において、「誹謗中傷(名誉毀損)」のほうがハードルが高いと思います。



名誉毀損は、万人ではなく一定の範囲であっても良いのですが、「中の人」が誰なのか、特定されている必要があります。「殺害予告(平穏生活権侵害)」では、そのような要件を求められていないからです。



——こうした判決の積み重ねが、VTuberの活動やネットを取り巻く環境の秩序に役立つと考えられるでしょうか。



役立つと思います。SNS普及後は特に、インターネットと現実社会の境界線がなくなりつつあります。



私は、インターネットが広く普及している現代社会においては、バーチャルな空間における人々の諸活動についても、広く法的保護を与えるべきだと思います。



「私権の享有は、出生に始まる。」(民法3条1項)などと定められているとおり、人ではないVTuberのアバターは、権利義務の享有主体になり得ません。



そのため、アバターに対する攻撃も「中の人」に対する攻撃だと言えなければ、救済の余地はないのですが、アバターと「中の人」の関係をより実質的に分析することにより、VTuberを保護すべきかどうかが検討されるべきだと思います。



VTuberをめぐる法的な問題は幅広く、これから先、名誉毀損(名誉権侵害)、侮辱(名誉感情侵害)、プライバシー権侵害(「中の人」の個人情報を公表するなど)、殺害予告(平穏生活権侵害)、著作権侵害(アバターを無断で使用するなど)あたりが問題となっていく、あるいはすでに問題になっているのではないかと思います。



しかし、裁判所は、VTuberが何なのかというところから、そもそも理解していないと感じることもままあります。VTuberは、アバターという皮を被って活動する個人であり、アバターに対する攻撃は、その態様によっては「中の人」に対する攻撃になるのだと、裁判所に理解させるためにも、先例の積み重ねはとても重要なことだと思います。




【取材協力弁護士】
小沢 一仁(おざわ・かずひと)弁護士
2009年弁護士登録。2014年まで、主に倒産処理、企業法務、民事介入暴力を扱う法律事務所で研鑽を積む。現インテグラル法律事務所シニアパートナー。上記分野の他、労働、インターネット、男女問題等、多様な業務を扱う。
事務所名:インテグラル法律事務所
事務所URL:https://ozawa-lawyer.jp/