Text by 佐伯享介
Text by 垂水佳菜
Text by 原口美穂
「未来の希望とか展望よりも、大切なことがある」
インタビューのなかで、エイドリアン・レンカーはそう語った。
Big Thiefのボーカリスト/ギタリストであり、ソロアーティストとしてもいくつかの傑作をものにしているエイドリアンは、11月18日の真っ昼間、取材場所であるSpotify O-EASTに現れるやいなや、「太陽の光が眩しいんだ」と言ってサングラスの向こうにある少し眠たそうな目を細めた。
11月14日から大阪、名古屋、東京で開催されたBig Thiefの来日ツアー。当初は2020年5月に予定されていたものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期・中止となっていた。2年半越しに実現した、待望の初来日公演だった。
ライブは圧巻だった。古くはCocteau Twins、Pixiesなどを擁し、近年ではThe NationalやDeerhunter、Grimes、St. Vincentといった先鋭的なアーティストたちの作品を世に送り出してきたレーベル「4AD」に所属するBig Thief。2019年のアルバム『U.F.O.F.』で『グラミー賞』にノミネートされ、今年発表した最新アルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』でもふたたび『グラミー』ノミネートの栄誉をものにした彼らには、きらびやかなショービズの住人ではなく、良質でフレッシュなフォークロックを奏でる穏健なバンド、というイメージを抱いていた。しかし11月17日に恵比寿ザ・ガーデンホールで行なわれた東京公演初日を目撃して、そのイメージは裏切られた。
大自然のなかでキャンプファイアを囲んでいるかのような穏やかであたたかなフォークミュージックを奏でたかと思えば、オルタナティブロックやポストハードコアを思わせる凶暴でノイジーなギターを掻きむしる。タイトなバンドアンサンブルは、丸刈り頭でパンクスのようなエイドリアンの風貌も相まって、バークリー音楽院出身らしく技巧的でありながらもニューヨークパンクのような鋭さも備えていた。エイドリアンの歌声は、森羅万象と交感するかのような神秘性を宿しつつ、声量の太さは完全にロックボーカリストそれ。曲によっては、喉から血が出そうなシャウトも織り交ぜる。
「良心的なフォークロックバンドのライブ」どころの話ではなかった。フォーク/インディーロックの歴史を引き継いで、現代の文脈を汲みながら楽曲へと昇華し、いまこの瞬間に熱とともに解き放つ。モダンなインディーロックの理想形を体現するかのようなライブだったのだ。
CINRAでは今回、バンドの中心人物であるエイドリアンと、バンド結成時からのメンバーであるマックス・オレアルチック(Ba)に対面取材する機会を得た。前夜の興奮を本人たちに伝えながらスタートしたインタビューの話題は、彼らが抱えている二面性について、「歌」をつくり歌うことについて、この世界を生きることについて、そして希望をめぐる話にまで及んだ。
取材のあいだ、思慮深げな口調ながら射るような真剣な視線をこちらに投げかけていたエイドリアンは、取材を終えたあと、彼らの英語を必死でヒアリングしようとインタビュー中に悪戦苦闘していた筆者に向かい、「私の言葉を聞こうとしてくれてありがとう」とポツリと語りかけて、はにかんだ。
大きな希望よりも大切かもしれない何かは、おそらくそんな小さな出来事のなかに宿るのだ。
―昨夜は素晴らしいライブでした! 日本でプレイしてくれてありがとうございます。
エイドリアン(Vo,Gt)&マックス(Ba):こちらこそありがとう!
―それにしても、あんなに変化に富んで、ときには激しくギターをかき鳴らすようなライブをするとは思っていませんでした。ライブではBig Thiefの激しくエモーショナルな側面と、穏やかで内省的な側面が同居しているように感じましたが、あなた方は自分たちのそういった二面性に自覚的ですか?
マックス:うん。その二面性がライブで出ていることは自分たちも感じてるよ。ぼくらにとってはごく自然なことなんだよね。セットリストを書いている時点でエネルギーやサウンドのアップダウンを意識したり、感じたりすることもあるし。
エイドリアン:感情って毎日変わるから、その振れ幅を音楽に反映させようとすると、サウンドも1つのジャンルやスタイルに収まりきらないのかも。
この惑星に人間として生きてるって、ある意味カオスなことなんじゃないかって私は思ってる。人間には感情みたいに自分たちでコントロールできない要素と、逆に身体の動きみたいに自分たちがコントロールしている要素があって、それが入り混じってるんだけど、生きるっていうのは、常にその2つの要素がお互いに反応しあってダンスしているような状態なんだと思う。私たちのライブや音楽には、そういうものが反映されてるんじゃないかな。
Big Thief(ビッグ・シーフ)左からバック・ミーク(Gt)、ジェームズ・クリヴチェニア(Dr)、マックス・オレアルチック(Ba)、エイドリアン・レンカー(Vo,Gt)。
Big Thiefは、ソロ活動でも高い評価を得ているエイドリアン・レンカー(Vo,Gt)を中心に、バック・ミーク(Gt)、マックス・オレアルチック(Ba)、ジェームズ・クリヴチェニア(Dr)の4人で構成される。2016年にデビューアルバム『Masterpiece』をリリース。瞬く間にインディーフォーク界で頭角を現した。2019年から4ADに移籍。同年、『U.F.O.F.』と『Two Hands』という2枚のアルバムをリリースし、『U.F.O.F.』が『第62回グラミー賞』のオルタナティブミュージックアルバム部門にノミネートされた。2022年にリリースした2枚組アルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』は、オルタナティブミュージックアルバム部門とオルタナティブミュージックパフォーマンス部門にノミネートされている。Photo by Alexa Viscius
―Big Thiefの音楽はフォークミュージックから大きな影響を受けていますよね。フォークミュージックは、特定のアーティストが歌い奏でる私的な音楽であると同時に、コミュニティーに根付いて歌い継がれる、匿名的で公共性の高い音楽という一面もあります。Big Thiefの音楽には、それらの二面性がどのように反映されていると思いますか?
エイドリアン:それはフォークミュージックっていう枠に収まらない話だと思うよ。それって「歌」の話だよね。たとえばボブ・ディランなんかも、フォークミュージックの作家というよりは「ソングライター」だと私は思う。で、彼がつくっているのは「歌」だと思うんだよね。その歌のまわりに人々が集まってきて、共感する。それぞれ異なる世界を持った歌にね。
エイドリアン・レンカー
―Big Thiefの「歌」は、どのようにしてつくられるんですか?
エイドリアン:私たちの場合、歌はまず個人的なものとして生まれる。もし誰も聴かないとしても、私たちは歌をつくると思う。だって私たちにとって、とても楽しくて、インスパイアされることだから。で、Big Thiefの4人で一緒に演奏すると、それだけですごく満ち足りた気持ちになるんだよね。
そうやって完成した曲をライブでパフォーマンスすると、歌が公の場でシェアされることになるわけだけど……公共性が高くなると、最初につくった私的な歌とはまったく違う意味が生まれてくることがある。まるで別の作品に変化するみたいにね。
2022年11月17日に恵比寿ザ・ガーデンホールで開催されたBig Thiefの来日公演より。Photo by Kazma Kobayashi
―あなた方にとって、レコーディングとライブにはどんな違いがあるんでしょうか?
エイドリアン:レコーディングはすごくプライベートで、メインのフォーカスは自分たち自身。だけど、ライブのパフォーマンスではその場にいるオーディエンスと自分たちの関係を築くことにフォーカスしている。両者はまったく異なる経験なんだけど、私は後者に関して慣れてなくて、いまだに戸惑ってしまうこともある。すごくアマチュアな感じがしてしまうというか。
私にとって歌は第一に個人的なものだから、それを人前でパフォーマンスをして、どうやってオーディエンスとつながるかを把握するまでに、まだ時間がかかってしまう。じつは昨夜もけっこう苦戦しちゃって。
―そうだったんですね。
エイドリアン:大勢の人の前で自分自身を失わないためにはどうしたらいいか。そして、どうやって「歌」をシェアしたらいいか。私はそれをずっと模索してるんだけど、パフォーマンスをしながら誠実でいること、本当の自分でいることって、バランスが難しかったりするんだよね。
私は、「ショー」がやりたいわけじゃない。もちろんファンやオーディエンスのみんなのことは大事に思っているけど、私にとって一番大切なのは、より多くの人々に受け入れられて成功したり、有名になったりすることじゃなく、自分自身でありながら、自分たちの歌を広く公にシェアすること。だから歌のパブリックな側面っていうのは、私にとってまだまだ探究しがいのある、興味深いものなんだよね。
―昨夜のライブではどの曲も素晴らしかったですが、とくに“Change”や“Not”といった曲は格別でした。会場のオーディエンスたち――普段はあまり接点のない他人同士として過ごしている人々のあいだにも、一体感やリレーションシップを感じました。
マックス:ワーオ。それは嬉しい言葉だな。
エイドリアン:すごく面白いね。ねえ、私からあなたに質問してもいい?
―もちろんです。
エイドリアン:日本の人たちや他の国の人たちが、言語が異なるのに私たちの音楽につながりを感じてくれるのってすごくエキサイティングなことなんだけど、私の場合、歌詞にすごく重点を置いているから、同時にそれが驚きでもあったりする。日本のオーディエンスは私の歌詞を理解して、そこにつながりを感じてくれているのかな? それともサウンドを気に入ってくれているのかな? 言語は違っても、サウンドだけで私が伝えようとしていることが伝わったりすると思う?
会場には多くのファンが詰めかけた。2022年11月17日に恵比寿ザ・ガーデンホールで開催されたBig Thiefの来日公演より。Photo by Kazma Kobayashi
―いろんなオーディエンスがいると思います。英語の歌詞をダイレクトにヒアリングできる人もいるし、ヒアリングできなくても歌詞を読んで勉強して、意味を理解して音楽を聴いている人もいる。音楽だけ聴いてそのフィーリングを楽しんでいる人もいる。
でもBig Thiefの音楽には、歌詞がわからなくても通じるものがあると感じました。たとえば昨日のライブでもおそらく歌詞の意味をちゃんとわかっていなかった人がいたはずですが、それでもみんな何かを受け取り、オーディエンスのあいだに一体感のようなつながりが生まれていたように思います。
マックス:すごい。
エイドリアン:へぇ! それって本当にクール。
マックス:フィーリングで音楽とつながるっていうのは、英語圏以外の音楽を聴くときのあの感覚ってことだね。でも、Big Thiefの曲をフィーリングだけで味わうってどんな感じなのか、ぼくには経験できないし、想像ができないから面白い。人々が言葉以外の何かでつながっているということは、すごく興味深いね。
2022年11月17日に恵比寿ザ・ガーデンホールで開催されたBig Thiefの来日公演より。Photo by Kazma Kobayashi
―日本では長年の経済の停滞もあって、未来への展望を見失っている人が増えているように感じます。彼らに向けて何かメッセージがあればお願いします。
エイドリアン:私は最近、展望って必ずしもポジティブなものじゃないなと思うようになった。
希望とか展望って、いま自分が手にしていないもの、存在しないものを未来に求めるということだよね? それって、必ず持たなきゃいけないものではないんじゃないかな。
私たちには、いま手にしているものがあるし、まわりを見渡してよく考えてみると、すでに美しいものがそこに存在していることにも気づくはず。「現在」って、それだけで素晴らしいものだと私は思うんだよ。
私が思うに、展望を見失うことよりもよくないのは、諦めること。それだけはやってはいけないと思う。いま置かれている状況で、諦めずに何かにトライするということがとても大切。
もし世界を永遠に救うことはできないとしても、いまこのとき、一瞬一瞬を大事に生きて、救おうとトライすることはできる。いますぐ世界を変えることはできないとしても、自分のやり方で自分の世界を思いやって、愛して、少しずつ変えていくこと。それが重要なんじゃないかな。
―具体的には、どういったことでしょうか?
エイドリアン:たとえば、誰かが自分に対して失礼な態度をとったり、意地悪をしたり、そういうことがあったとするよね? でも自分が他の人に同じことをしなければ、そのサイクルを止めることができる。そんなふうに、まずは自分や自分のまわりからスタートすることが大事だと思う。
だから、あえて大きな希望や展望を持たなくても、一人ひとりが自分自身を信じていれば、それでいい。私はそう思う。
で、私個人はどうかっていうと……私も諦めないでトライし続けたいと思ってる。たとえば今日だって、頭は痛いけど、だからってインタビューを諦めるんじゃなくて、どうにかやりきりたいって思ってるし。
―頭痛、大丈夫ですか?
エイドリアン:昨夜、アルコールを飲みすぎちゃって。日本酒は私にはきつかったのかも。ふだん家ではあまり飲まないんだけど、ツアーに出るとたまに飲んじゃうんだよね。慣れてないから、すぐ具合悪くなっちゃう(笑)。
―無理しないでくださいね。
エイドリアン:ありがとう。そう、私たちにこうやって、日本でライブをする機会を与えてくれてありがとうっていう感謝の気持ちを持つことが大切だよね。このインタビューだってそう。いまも頭痛に苦しんでる私にスタッフがお茶を入れてくれたりもするし(笑)。ほんと感謝してる。みんながその気持ちを忘れず、お互いに助け合う。そんな小さなことが重要なんだと思う。
マックス:ぼくはこれまで前向きなほうだったんだけど、最近はコロナなんかもあって、けっこうネガティブになってた。「コロナなんてじつはたいしたことじゃなくて、将来はそれよりもっと大きな何かが起こるんだろうな」って感じるようになってさ。でも同時に、だからと言ってすべてを投げ出してしまったら終わりだな、とも思った。
自分一人だと、ちっぽけで無力だと感じることもあるよね。でも、それを感じているのが自分だけじゃないって思えば、頑張れることもあるはず。さっきのぼくらのライブの話とも似てるけど、言葉が通じなくても、何かを介して通じ合うっていうのは、最もパワフルなことだと思うんだ。
エイドリアンが言ったみたいに、ぼくらは自分自身や身の回りをコントロールして、誰かを思いやることができる。それをみんなが実行すれば、「自分」という枠を超えて、やがてそれが「世界」になるんだ。
マックス・オレアルチック
エイドリアン:私たちって、みんなで1つのミステリーをシェアしてるんだって思ってる。私たちのなかで、人類がどこから来たのか、どこに行こうとしているのか、生まれる前や死んだ後はどこにいるのかを知っている人は誰一人いない。広い宇宙で自分たちがどこにいるのか、何が起こっているのかさえ、誰もわからない。大きくて答えのない、素敵なミステリーだよね。それを世界のみんなでシェアしているのは、すごくクールなことだと思う。そういうミステリーを介しても、私たちは1つになれるはず。
―では最後の質問です。今回の日本での滞在経験で、印象深かったことはなんですか?
マックス:大阪にいたときに、友達の友達が日本に住んでたから会ったんだけど、バーにいたら、その友達がそこに来て友達になって、またその友達がきて、また友達が来てって感じで、どんどん新しい友達ができたんだ。オーガニックに人がつながって輪ができて、みんなで次のバーに行ったり、たくさん話したり。それがすごく楽しかったね。もちろん言葉の壁もあったけど、境界線をまったく感じなくてさ。次回は数週間くらいステイしたいな。もっと日本を探索して、良い面も良くない面も、日本をもっと知りたい。すごく特別な国だと思うから。
―エイドリアンは?
エイドリアン:世界って意外と小さくて、じつはどの国も思ってたより似ていたりする。みんな同じ人間だし、それってクールなこと。でも、日本はやっぱり文化が特別に美しいと思った。こんなにリスペクトでいっぱいの国はこれまで訪れたことがないかもしれない。アメリカの何倍も「アリガトウゴザイマス」の精神が溢れてるよね。レストランに行っても、どこに行っても感謝の気持ちが表現されているのはすごく素晴らしいと思う。
あと、一番印象深かったのは、大阪でタトゥーを入れたことかな(と左の首元にある蝶のタトゥーを見せる)。
日本でタトゥーを入れたことは、すごく特別な経験だった。このタトゥーを見れば、今回こうやって日本に来たことの記憶をいつでも思い出せる。