2022年12月16日 10:11 弁護士ドットコム
侮辱罪が厳罰化され、匿名投稿者の情報開示手続きが簡略化するなど、2022年はネットの誹謗中傷をめぐる法整備が進んだ。
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プロレスラー・木村花さんの死をきっかけとして、遺族や、さまざまな被害の当事者らが声を上げてきた一つひとつのアクションが、その流れに寄与したと言えそうだ。
ただ、いかに規制が進もうとも、中傷の根絶までは現実的に難しい。そこで、被害者ではなく、「やってしまった」経験者の言葉から、背景や動機を少しでもつかめないか。
「誹謗中傷の加害経験者」からの情報提供をもとめたところ、一定の反応があった。
ネット掲示板で、性風俗店のキャストを「性病」などと指摘する事実無根の投稿を繰り返していた50代の男性は、その行為が明るみとなり、慰謝料などの支払いで、約100万円を失ったという。
「相手が悪い、許せない。すべてはそこから始まってるんですから、書き込んでるときに悪いことをしている意識はありません。ただ、僕みたいなバカなことをするなという思いで取材を受けることにしました」
水商売や性風俗の世界で働く人の中には、卑劣な書き込みを苦にして、仕事を辞めるまで追い込まれるケースもあるという。(編集部・塚田賢慎)
(※記事では当事者の特定を避けるため、仮名とし、さらに情報の一部をぼかしている)
都内在住の関山さんは4~5年前、性風俗店ではたらく「モモ」さんに夢中になっていた。
週に1度は店に通い詰める中で、連絡先も交換し、総額で100万円ほど費やしたという。
「ほとんど好きになりかけていた」という関山さんだが、サービス中のモモさんの態度が許せなくなり、何も告げないまま店に行くのをやめると同時に、ネットの匿名掲示板でデマ・中傷を数カ月にわたって続けるようになった。
スマホから「モモは性病だ」などと事実無根の投稿を書くだけでなく、モモさんのツイッターに書き込みがあれば、掲示板ですかさず言いがかりをつけた。
モモさんからは、急に店に来なくなったことを心配されたが、そのLINEは無視したという。
「悪口を書かれているとも知らず、連絡してくる相手をバカにしていました」(関山さん)
あるとき、契約しているプロバイダから自宅に書面が届いた。掲示板に書き込んだ人の情報の開示を求められているので、応じてもよいかと尋ねる内容だ。
自分の投稿が記載された紙を持つ手はさすがに震えた。すぐに承諾し、その足で弁護士に相談した。
「損害賠償請求の裁判になって長期化する可能性もあります。お金も持っていたので、とにかく穏便に済ませたくて」
弁護士からは想定される事態の説明を受けた。そして、展開はその通りになった。モモさん側から数百万円の慰謝料請求が届き、弁護士間での交渉により、最終的に示談が成立した。関山さんの負担は、弁護士費用を含めて約100万円にのぼったという。
弁護士ドットコムニュースによるアンケート(今年1月・回答数1355人)では、「誹謗中傷をしたことがある」(176人)と答えた中で、性年代別にみると、「50代の男性」「40代の男性」が約半数を占めていた。
また、動機として「正当な批判・論評だと思った」なども半数を超えた。
中年男性の関山さんはまさに「加害者のボリュームゾーン」に該当する。
今回の取材は、編集部が「加害者」の経験を呼びかけたことに、関山さんが答えたものだ。募集にあたって当初、「加害者」の自覚がないため、誰も応じてくれないのではないかという点が懸念された。
「悪口を投稿しているときに、悪いことをしていると自覚できているわけがありません。それに、僕の投稿は屈折した愛情表現で、困らせたいという欲求からのものでした」
慰謝料請求によって初めて「悪いこと」を自覚できたという。
「だって、『アイツが悪い』という思いからスタートして書き込み始めているんだから、投稿する側は悪いことしているって思っていないし、自分では、悪いなんて認めたくないんですよ。名前を明かして書くならまだ意見かもしれないけど、匿名でやってる以上は攻撃になります。
あの掲示板だって、風俗のサービスの良し悪しを情報交換する場所だったのに。いつの間にか誰かを攻撃する場所になってしまった。『死ね』とか、僕よりひどいこと書いている人もいっぱいいるでしょ?」
腕には高級ブランドの時計が巻かれ、親と同居し、家業に携わり、結婚歴はなく、経済的には困っていないとみえる。
「僕は慰謝料を払えたけど、払えない人のほうがきっと多いじゃないですか。昨日だって、借金を返すために牛丼屋をハシゴして強盗を繰り返した男が捕まったとニュースで見ました。何年も賃金は上がらないし、誹謗中傷の刑罰は罰金の額を上げるより、すぐ懲役に行かせたほうがいいと思う」
どこまで本音かわからないが、あまり感情を表に出さず、淡々と言葉を述べる。
「僕に近づくのはお金目当てな女性ばかりな気がする。今は子どもがほしいです。子ども産めそうな年齢なら30代後半かな。女性次第ですが、人工授精でもいいです。朝、会社に行く前に散歩するんですが、保育園の前で子どもたちがかわいくて。じっと見つめると、ママさんに変な顔をされます」
表情を変えずに話す関山さんは、精神的に満たされないことがあるのだろうか。
店にはもう通っていない。ただ、誹謗中傷した相手と、チャンスがあればもう一度会いたい気持ちはあるそうだ。詳しく聞くと、示談成立後に、LINEを送ったことがあるという。
「LINEはブロックされず、今でもつながっています。示談のあと、長文でちゃんとした謝罪文を送りました。『敬語を使った丁寧な謝罪文』ってあるじゃないですか。インターネットで調べたものを、僕自身の言葉ではないかもしれませんが、相手に送りました」
モモさんからは「楽しく過ごしているつもりだったのに、ショックだった」という返事が届いたそうだ。
その後も「許してほしい」とLINEした。「気にしてないと今度は言っていました。許さないとは言っていませんでした」
本当なら、モモさんにはまた会いたい。端々からその気持ちがのぞかせる。
「相手は僕の投稿による精神的なショックから収入が減ったとも話していました。でも、客商売だし、そんなの僕だけのせいかどうかなんてわからないじゃないですか。
当時は僕も軽蔑されることをしたと思ってたけど、時間がたった今なら1万円くらい渡して、あのときはごめんね。これでラーメンでも食べてよと直接謝ることができる」
風俗・性風俗がらみの誹謗中傷事案に詳しい中嶋俊明弁護士によると、投稿に悩む風俗店で働くキャストに匿名で中傷するのは、多くが男性客だという。ただ、年齢層は10代の学生から幅広い。女性の場合は、実は同業者というケースが少なくないそうだ。
投稿の主な動機は、関山さんと同様のものが目立つという。
「私が知る限りでは、キャストを好きになって、勘違いから裏切られたとの思いが目立ちます。弁護士が入って、特定されると、すぐに謝る方が多いですね。『あのときは自分が正しいと思っていたけど、とんでもないことをした』。しかし、本気で悪いとは思っていない方もいて、裁判をしても逃げ切る方もいます」
依頼者には、必ずしも特定できるわけでもないし、赤字になりえることがあると説明している。
「ただ、それでもいいから法的措置を取りたいという方の中には、実際に投稿によって、鬱など精神的に苦しみ、お店を辞めざるをえない状況になることがあります。
キャストが目にするのは『金を出せば本番行為をさせる女』とか、『性病で過去に何人も病気にさせている』、身体的特徴をあげつらうものなど低劣な投稿です。
今回の取材の男性も、自分が正しいと言いつつ、罵詈雑言を言っているだけで、人を正しく導こうなどの動機はありません」
侮辱罪に刑事罰が科される厳罰化があっても、誹謗中傷への抑止力は感じられないという。
「加害者側への影響は感じませんが、被害者側には侮辱罪で刑事告訴したいと求める人が増えました。しかし、そこまで簡単に受理されるわけではないため、今のところ、厳罰化されるから簡単に罪に問えるとして、被害者の被害感情、あるいは怒りばかりが高まっているように感じます。改正法がまだ始まったばかりで、今後の運用には課題がまだあると言えそうです」
関山さんと中嶋弁護士の指摘の中で、たまたま一致したのは、身元を特定されても慰謝料を支払わない人が存在するという問題と、刑事罰の存在そのものが抑止力になるのではなく、「刑事罰が科された場合」に抑止力になりうるという可能性だ。
関山さんには最後に、特に自らの利益にもならない取材に応じた理由を聞いた。
「こんなアホなこと、バカなことでお金を損した人間がいると知ってもらって、反面教師として、誹謗中傷をやめてほしいなと思ったからです」
きっちり1時間の取材が終わると「仕事がある」と言って、足早に喫茶店を去って行った。
【取材協力弁護士】
中嶋 俊明(なかしま・としあき)弁護士
2008年弁護士登録。第二東京弁護士会所属。2014年から東京新宿法律事務所。インターネットのさまざまなトラブルのほか、家庭や相続などの個人間の問題、さらに太陽光発電などの再生可能エネルギー分野の法務も得意としている。
事務所名:弁護士法人東京新宿法律事務所
事務所URL:http://www.shinjuku-law.jp/